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不死の力、火の獣法

 背後の人物はくぐもらせた笑い声のまま、闇の奥から輪郭を浮き彫りにしていった。


「クッフフフ、廊下が汚いおもちゃ箱だ。そこら中にバカの破片ばーっかり。後片付けしないとママに怒られるんだぞ? クーッフッフッフッフ」


「……アナタは?」


「オイラ、可愛い道化のミルディンさ。この世で最高のエンターテイナー」


 現れたのは宮廷道化師の妙な男だ。

 オルタリアは恍惚なる瞳に艶やかな殺意を宿す。


 明らかに先ほどまでの敵とは違った。

 まずミルディンの持っている得物からして、その殺意の量の桁が違う。


「でっかいナタ。大きさだけならお揃いね私たち」


「あぁ本当だね。……だが、力はどうかな?」


「力比べは大好きよ」


 ミルディンはナタを、オルタリアはハサミを構える。

 戦闘及び解体に特化した巨大な武器を操るふたりの間に、強大な闘気の渦が巻き起こった。


 血溜まりは震え、骸の骨はパキパキと音を奏でる。

 その異常な気の流れにあおられた王はその場にて腰を抜かした。


「ひぃいいぃあぁぁあああッ!!」


「はぁぁあああッ!!」


 迫るナタの刃を挟んで受け止めると火花が飛び散る。

 オルタリアはミルディンの背後に素早く回り込もうと、踊り子のように軽やかに身を捻ると、一気にヤクシニーを分裂させて斬りかかった。


 その重みに耐えるようにナタを盾にしながら身を返し、オルタリアの攻撃をいなしていく。


 そこからはお互いまるで鉄と鉄を叩きつけあっているような大立ち回りとなった。


 ミルディンはサーカスの演目のひとつであるかのように、狂った笑い声を発しながら力任せにナタを振るう。


 オルタリアは彼の膂力りょりょくに口笛を吹いて称賛しながら、軽い身のこなしからなる素早くも重い一撃を繰り出していった。


 近接戦闘におけるパワーではミルディンが上回っていたが、技能においてはオルタリアが上らしかった。


 ここまでまだ数秒。

 相手の攻撃を見切ったオルタリアが脇腹に一撃入れる。


 血を噴き出し、あと一歩かと思ったそのとき、ミルディンの瞳が妖しい光を帯び始める。


「グゥッ! ふふ、フフフフ……オイラの真の力を見せてやる。────『月の獣法オーム』よ!!」


 ミルディンの姿が消える。

 異形の力の働きによるものだ。


 そして、獣法オームというワードを知らないオルタリアではない。


 これぞ異形の力の名称であり、オルタリアも持っている能力だ。

 ただこのふざけたピエロが持っているとは思わなかった。


「……」


 姿は見えなくなったが、感覚としてミルディンがまだ近くにいるのはわかる。


「隠れんぼかしら? シャイなピエロは人気出ないわよ」


 そんな軽口を叩いていると、廊下の端にある柱の陰から、ミルディンが使っていたナタが転げるように倒れた。


 いつの間にあんな場所にと警戒心を強めながら一歩ずつ前へ進んでいた矢先、オルタリアの腹部に熱と鋭い痛みが走る。


「なっ……がふっ……死体が、剣で……ッ!? いや、これは!」


 死体だったはずの武将のひとりが剣を手にオルタリアの背後から腹を貫いていた。

 しかし、生気のない顔は途端に狂喜に歪み、その正体を露わにする。


「クフフ、これがオイラの月の獣法。どんなものにも擬態できるのさ!」


 勢いよく引っこ抜くと、ミルディンは左手でナタを引き寄せる。

 どうやらワイヤーかなにかで繋がっているらしく、すぐに手元に戻った。


 オルタリアが反撃をする前に剣とナタの十文字斬り。

 その勢いで奥へと転がり、ドロドロと血溜まりを作っていく。


 うって変わって敗北濃厚となったオルタリアを見て、王は身が軽くなったように歓喜した。


「お、おぉ! 見事じゃミルディン! ハッハッハッ! まさか、貴様にこのような力があったとは」


「クフフフ、まぁだだよ王様。あの女、まだやる気……クフフフ」


「当ったり前よ……。この程度で、くたばるわけないじゃない」


「いーっひっひっひっ! 大ウソつき~。今のお前にそのデカブツを振り回せるほどの力がある、と────」


 ミルディンの不気味な笑みが急に引きつったように固まる。

 そればかりか呼吸も荒くなり、どんどん苦痛の表情へと変わっていった。

 

 王はなにが起きたかわからず、オドオドし始める。

 やがてミルディンは断末魔を上げて身体を掻きむしり始めた。


 身体のあらゆる部位から血が噴き出し始める。

 ジョキン、ジョキンと金属を擦り合わせるような音を立てながら、ミルディンの体内から溢れ出してきた。


「ぎぃぃいあああああああああああッ!?」


 稚魚の群れのように、噴き出す血の中から出てきたのは"真っ赤なハサミ"だ。

 血でできたそれはミルディンの身体を食い破っていた。


 腕から、腹から、足から、背中からと、異様な金属音とともに肉体を斬り裂いて地面へと落ちていく。

 体外へ出たハサミは役目を終えたのか、元の血液へと戻り、血だまりになっていった。


「な、なんだこれはぁぁああッ!? なぜ、オイラの血が……ッ! ……────まさか、お前も!!」


「そうよ、私もアンタと同じ……獣法が使える」


 血を身体のラインに伝わせながらオルタリアは立ち上がる。

 月の光が蒼白な顔をより不気味に浮き上がらせた。


 彼女はまだ諦めない意志を見せている。

 否、負けなどないという自信であろうか。


「クソッ! クソッ! クソがぁぁあああッ!!」


 なんの獣法かもわからず、その上気に食わない表情をしているオルタリアを見て、ミルディンは怒りに我を忘れる。


 力を振り絞り、裂かれていく脂肪や筋肉、そして内臓からくる激痛に耐えながら、オルタリアに止めの一撃を喰らわせた。


 握られたのは短剣で、オルタリアの胸目掛けて投擲される。

 彼女は避ける間もなく貫かれ、そのまま力なく後方に仰け反りながら倒れた。


「くひゃ……クヒャヒャヒャヒャッ!! 倒した、倒したぞ! ……お、あのハサミの攻撃が止んだ。血を操る獣法とは……ククク、中々に手強い奴だったが、相手が悪かったな」


「やったか!? 今度こそ、やったんだな!?」


 動かないオルタリアを笑い飛ばし、勝利の余韻を味わうふたり。

 しかし、それすらも瞬く間に覆された。


 ミルディンを襲ったのは、ハサミではない。

 それよりも、もっと大きなものだった。


 今にも弾き出そうに、それはミルディンの腹の中で蠢いている。

 ボコボコと波打ち、火のように熱い。


「あぐッ! あぐぉおおッ!! なんだ、どうなっている!? ぐぉぁああああッ!!」


「ひぃいいいッ! こ、今度はなんだというのだ!! もう終わったのではなかったのか!?」


「ぎぃいああああッ!! ぎぃぃいいいあああああッ!! ……────ゴバァッ!!」


 ミルディンの腹が急激に盛り上がり、一本の腕が内側から突き破って出てきた。

 血と臓腑を噴き出しながら出てきた存在に、王は形容しがたい悪寒に襲われる。


「ハァ~イ、王様。さっきぶりね。()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 血に濡れながらも快活な姿を見せるオルタリアだった。

 これが彼女の持つ不死の能力、『火の獣法』である。


 血とは生命の熱。

 体内を円環するエネルギーにして、魂が宿す光明と暗黒を暗示する因子の通称。


 彼女はそれを操る術を持っていた。

 術者であるオルタリアを傷つけた敵は、自らの血を以てその罪を償う。


 仮に彼女を仕留めたとしても、彼女の死体もしくは殺した敵の血肉を媒体に再誕させるのだ。


 まさしく殺しても死なないとはこのこと。

 心臓を抉られようと、身体を細切れにされようと、何度でも復活する。

 それはさながら不死鳥のように。 


 オルタリアの格好は、相手に精神的な刺激を与えることにも役立ってはいるが、それ以上に能力を活かすことでもあった。

 極限まで防御力を落とすことで、獣法が発動しやすくなる。


 そしてなにより、最高のスリルが得られるのだ。

 もぎ取った勝利だけでなく、ときとしてそれは痛みや死からも感じ取れる。


 戦うたびに、自らの血も滾るのだ。

 その勢いは鋭い槍で貫くように留まるところを知らない。


 そして今、ミルディンに向けられていた眼光と歪んだ口角は王へと向けられる。


「ま、待て……待ってくれ!」


「なによバースデーケーキでも焼いてくれるの? ダメ、待てない」


 そう言うや足元の剣を蹴り上げるようにして手に取り、王ににじり寄る。

 恐怖で自由が利かなくなった王は声を張り上げながら命乞いを続けようとするが、口の中に切っ先を入れられた。


「はがッ……が……」


「じゃあ、ふたつだけお願い聞いて?」


「……ッ!」


 王はこれが最後の希望と言わんばかりに、口内を斬らぬよう頷いた。


「……オフロどこ? 血でべっとりだから洗いたいの。あ~あ、こんなことなら自分の死体から出てくればよかったわ、もう」


 王は風呂場のあるほうを指差した。

 詳しく聞くと下の階の割とすぐ近くだ。


「はいありがとね。じゃあ最後のお願い」


「は……はは……」


「アンタの首ちょうだい」


「へ? ……────ぐばッ!!」


 直後、王の首なし胴が力なく倒れる。

 驚愕の表情をした王の頭部は廊下の突き当たりまで勢いよく転がっていった。


 オルタリアは任務を終えた。

 自分の死体は突如火を噴いて燃え始める。


 能力によって一定時間放置するとそうなるようになっているのだ。

 灰、そして塵芥ちりあくたとなったのを見届けると、オルタリアは軽快に口笛を吹きながら王の首とヤクシニーを手に取り、浴場へと降りて行った。


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