仕事は派手にぶちかまそう!!
ある大雨の戦場。
山岳に造られた難攻不落の城塞を前に味方の命は流血となって大地を染める。
撃ち込まれる大砲で、味方の兵士たちは無様に宙を舞い、歴戦の敵兵たちによって行く手を阻まれていた。
戦況が著しく悪化していく中、将軍はこれを打開するための奇襲作戦を立案し、丁度増援で送られてきた傭兵の寄せ集めで、奇襲部隊を作る。
だがこの作戦はあまりにも無謀であった。
城塞の背後から忍び込むには険しい地形を乗り越えなければならない。
そのための人員も道具も不足している。
あまりの作戦のできの悪さに不満が殺到するが、ただひとり、嬉々として受け入れた者がいた。
この苛烈な戦線に参加したオルタリアだ。
「へぇ、いいじゃん。ヤバい仕事は大歓迎よ」
「え?」
この作戦を考案し彼らに通達した暗愚な将軍でさえも彼女の発言にキョトンとするほどだ。
陰鬱な空気が場に漂う中で、オルタリアただひとりが平然としていた。
傭兵の中にはオルタリアと同じ女もいるが、そんな彼女たちでさえ、オルタリアを異質に捉えている。
だが、逆にオルタリアの放つ特異な雰囲気に、誰もが一種の安心感めいたものを感じる。
傭兵も正規軍でさえも、妙な一体感を生んだのだ。
────この女と一緒に行動すれば上手くいくかもしれない、と。
本人に自覚はないだろうが、彼女の態度は皆の不安や不満を取り除き勇気に変えていった。
そして、夜になって作戦は決行される。
3日目の夜のことだった。
敵城塞内部では、兵士たちに酒を振る舞い、王や武将たちも勝ったも同然と言わんばかりの祝祭で浮き足立っていた。
「敵が滅ぶのも時間の問題。彼奴らは未だこの城塞に近付くことすら叶わず。たとえ近付けたとしても中へ攻め入ることは困難でしょう」
「さよう。この自然の要害を利用した我らの城を落とす術など……ククク」
酒と料理でさらに酔いしれたそのとき、宴の席の外から騒ぎが聞こえてくる。
最初は兵士たちの不始末かなにかかと思ったが、それは徐々に尋常ではない規模になってきているとわかった。
酒が回ったせいで判断が鈍ってしまったことに苛立ちを覚えながらも、武将たちは外へと出た。
火薬だ。
ところどころで火の手が上がり、敵と戦闘になっている。
そればかりか城門は今にも開けられそうになっていた。
武将たちは急いで応戦にかかる。
「……えぇい、これはどういうことだ! なぜ奴らの侵入を許しておる。兵たちはなにをやっていた!!」
惨状を見た敵の王が怒号を挙げる。
王は残りの武将と兵士数人を引き連れ、城の奥へと入っていった。
……するとどうだろう。
全身から身の毛立つほどの恐怖を前方の暗闇から感じた。
硬い靴音は軽やかに。
さりとて向けられる殺意は重厚そのもの。
口笛と一緒に金属が鋭利に擦れ合う音が混ざって、それが王たちを後退りさせる。
そして今までに感じたことのない重圧が、女体の姿で現れた。
「ハァイ王様方。ウチの奇襲はどうだった?」
「き、奇襲だと? 貴様は……ッ!!」
「オルタリア・グレートヒェン。奇襲部隊リーダー……ってことになってるわ」
「な、なんだと! えぇい! 曲者だ、出会え! 出会えぇええい!!」
王を守る武将と兵士たちが剣を抜き、あとから来た兵士たちが数十人が槍やメイスを構える。
オルタリアを囲むようにしてジリジリと距離を詰めていくが、彼らの表情は緊張というよりも、得体の知れない恐怖で張り詰めていた。
まるで男漁りにでもきたかのような流し目で見渡し、自分の背丈ほどある巨大なハサミ『ヤクシニー』を勢いよくひと振り。
そしてふたつに分裂させると、大剣二刀流のように大仰に構えた。
あれだけの得物であれば、大の男が持っても完全に扱うことはおろか、振り回すことさえてこずるだろう。
しかしオルタリアの表情や身体の動きからはそれらしい制約は見られない。
夜闇と朱色で城内はほんのりとした影色を宿す中、ただひとり戦場には似つかわしくない出で立ちの女が注目を浴びる。
さながら冷酷な天使か、それとも艶美な悪魔か。
オルタリアの存在に、誰もが現実を疑う。
もう一度王が怒鳴った。
武将たちも指示を出す。
正気を取り戻したように、兵士たちは斬りかかった。
槍で突き、メイスで叩きのめし、剣で薙ぐ。
熾烈な集団攻撃の中でも、彼女は笑っていた。
重い物を持っているとは思えないほどの俊足で翻弄し、流れるような動作で命を刈り取っていく。
双剣による曲線的斬撃とハサミによる直線的斬撃の合わせ技。
間合いが離れた敵の群れには大剣をブーメランのように、超速回転させて投げることで斬り刻み、また手元に戻しては近接攻撃を繋いでいった。
「くそう、なんだ……なんなんだコイツはぁぁあああッ!!」
人間離れした剣技を繰り出す様は、まさにソードダンサー。
血飛沫と野太い断末魔が飛び交う中でも、彼女の美しさは変わらない。
「アッハァア!! もっとぉ……アツいの、ちょーだい!!」
「ヒィイッ!!」
怯える兵士たちの足元を潜るように両膝立ちで滑り込む。
その速度を利用した双剣による大回転斬りが、噴血の渦を作り上げ天井を染めていった。
嫋やかに立ち上がるや、ヤクシニーを天井スレスレまで投げ上げる。
全員がそれに気を取られている間に、今度は重さから解放されたような動きで、拳と蹴りの素早い連携技を繰り出した。
軽やかに見えてもその威力は、鎧を着こんだ武将や兵士の肉体を抉るほどのもの。
フワリと花弁のように舞ったかと思えば、両足の踏み込みは崖から落下してきた岩の如く豪快にして強烈。
大きく横一閃に弧を描く裏拳が兵士ふたりの顎を一気に弾き飛ばす。
相手の防御など知ったことかと鎧も武器も破壊していく様に、一撃必殺の文字を見た。
「な、なんだ……なんなのだこの女は」
目の前であれだけいた臣下たちの魂が、ただの血煙となっていくのを、恐怖の眼差しで見ることしかできない。
オルタリアの動きとあの楽しそうな顔を見て、王の身分であるにも関わらず、どこまでも自分は"人間の枠の存在"であると思い知られる。
ふと王が見上げると、天井へ投げたヤクシニーが落ちてきた。
それはまだ生き残っていた兵士ふたりの頭上へと落下する。
まるで紙でそうしたように、彼らの身体は重さと鋭さでひしゃげてしまった。
幕引きとしては呆気ないが、王をさらに恐怖に陥れるには十分だったようだ。
「フゥ~、これだけの男の相手なんて久しぶりだからちょっと張り切りすぎちゃったかな。さ、次はアンタね」
「ま、待てオルタリアとやら! 素晴らしい、素晴らしい腕だ! 貴様……いや、お主のような強者が傭兵などという境遇におるのはあまりにも惜しい。……どうだ? 連中など捨てて余に仕えぬか? 報酬は思いのままぞ。なんなら今ここで金塊をくれてやってもいい」
「は~……まぁ命乞いはこの際いいとして、スカウトはやめてよね。折角のムードが台無しじゃない」
ヤクシニーを再びひとつに。
ジャキン、ジャキンと双刃を景気よく擦り合わせて近づく。
果物のヘタにそうするように、その首を挟んで斬ればもう終わり。
だが、オルタリアは足を止めて背後の気配を感じとる。
その表情に不愉快さはない。
むしろまた敵が現れてきてくれたことに感謝を抱かずにはいられないのだ。
しかも今度は散らばる骸とは比べ物にならないくらいの強者の圧の持ち主。
オルタリアは余裕の佇まいで、視線を背後に向けた。




