vs.ヴェロス
「おい爺さん、どこまで行くんだよ」
「……」
「完全に裏路地じゃねぇか。こんなところに酒場なんてあんのか? 街のほうにもっと良い店が」
ヴェロスの足が止まったと同時に、ゲオルの背筋が凍りつく。
先ほどの好好爺の雰囲気が一変した。
モノクルの奥の瞳から温もりは消え、禅的ながらも残忍な暗さを以てゲオルのほうを振り向く。
「やれやれ、これだから無知蒙昧な田舎者は。こんなにも簡単に着いてきてくれるとは思いませんでしたよ」
「テメェどういうことだ!」
「その義手が、例の聖遺物ですね? 実に美しい……。わかりますか? アナタのような下賎な輩が持つべきものではないのです」
ヴェロスは聖遺物を知っている。
そればかりかゲオルに対して嫌悪感にも似た敵意を抱いているようでもあった。
裏路地の不気味な静けさと暗さがかけ合わさって、ヴェロスの姿が余計に不気味に写る。
紳士姿の老獪は彼に向き直り、ニコリと殺意のこもった笑みを向けた。
「下賎な輩たぁご挨拶だなオイ。テメェに恨みを買うような真似した覚えはねぇんだが?」
「口の慎み方を知らないようだ。君が『お嬢様』にどんな仕打ちをしたか……」
「お嬢様? ……あ」
思い出したことで、頭の中でこれまでの出来事がいくつか繋がった。
「改めましてゲオル君。私はヴェロス。アルクスお嬢様の世話係並びに補佐を勤めさせていただいております。あのときは別件で動いておりましたのでご同行できませんでした」
「あの生意気なガキの部下か」
「口に気を付けろ若造。……おっと失礼。さて、ここからはビジネスだ。はっきりと申し上げます。その黒義手をいただきに参りました。それは我々教団が持つべき物です」
「テメェらスカタンが欲しいのは聖盃だろう! だったらそっち探してこいよ。俺に構うな!!」
「フフフ、そういうわけにはいきません。我々は基本的に掘り起こし、先に取られていたのなら、返してもらうまで。これが我々のスタンスでしてね。我が教団の意に逆らう者には、天罰を与えねば」
そう言うとステッキを剣に見立て片手で構えるヴェロス。
そのキザったらしい構えは勿論だが、教団の方針にゲオルの腸が煮えくり返る。
愛だの善だのを謳っておきながら、こうも盗人猛々しいとは。
罰せられるべきはどちらなのかと、信仰対象である聖母に問いただしたくなった。
「聖母様って奴も意外に見る目がねぇんだな。こんなドグサレどもに信仰されてるようじゃ器が知れてるぜ」
「なんという口の汚さだ。知性の欠片も感じられない。……まぁ無理もありませんね。所詮は『持たざる者』側の人間だ。我々とは住む世界が違う。もういい、この場で殺します。アナタに存在価値などありません。あるのはその聖遺物だけですので」
「能書き垂れてんじゃねぇよゴルァアッ!!」
底上げされた身体能力を活かしてヴェロスに向かって跳躍。
顔面めがけて大きく振りかぶった拳を放つ。
まるで強風にでも見回れたかのような圧力に、ヴェロスは軽やかな身のこなしで飛び上がる。
ゲオルの頭上までくると、ステッキによる鋭い突きを繰り出した。
「ふがっ!」
「ふっふっふっ、中々のパワーとスピードですね。しかし、フフフ、そんな野蛮な喧嘩スタイルでこの私に挑むなど……フフフ、野蛮ここに極まれり、ですな」
頭をおさえるゲオルの背後に着地したヴェロスの罵倒に、彼はピキピキと青筋を走らせる。
アルクスの口の悪さはコイツからではないかと妙な確信を抱いたところで、ゲオルはドスを利かせた咆哮を1度行い、気合いを入れ直した。
「たった一撃いれた程度で調子乗ってんじゃねぇぞゴル゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ッ!!」
「おーおー、大声を出してなんとはしたない」
指揮者のように華麗にステッキを振ると、再度刺突の構え。
ゲオルも体勢を立て直し、タップを踏んで拳を前に。
ゲオルの雰囲気が変わる。
喧嘩の血が全身に流れ、筋肉と神経をより活発化させた。
それは黒義手にも伝わり、彼の闘争本能をあと押しする。
先ほどは一本とられたが、まだ負けてはいない。
否、負ける気がしない。
それを見て、少しは楽しめそうだと含み笑いを浮かべるヴェロス。
「うぉぉおおお!!」
裂帛の気合いをともに、またしても突っ込んでいく。
先ほどとは比べ物にならないほどの圧力に、ヴェロスの動きが一瞬鈍った。
華麗なステッキ捌きと身のこなしをモノともせず、ラッシュめいた拳打の渦がヴェロスを襲う。
「んだらぁぁあああッ!!」
「まさしく野獣のような爆発力ですな。ですが、戦いとはもっと頭を使うものですよ」
「うるっせぇえんだよぉおお!!」
ヴェロスへ瞬時に肉薄したケオルの抉りこむような左アッパー。
それをステッキで器用に軌道をずらし、膝蹴りをお見舞いする。
ゲオルの腹に彼の膝がめり込むが、持ち前の気合いで持ちこたえると、右手で掴みかかった。
その手を避けるように後方へヒラリと宙返りして回避。
(くふふ、なんともまぁ単調な攻撃だ。これでは遊びにもなりませんな)
余裕の笑みで着地をしたときだった。
「オルゥゥゥラァァアアアア!!」
ヴェロスの表情が一変。
ゲオルがなにかを投擲してきたのだ。
────鍋のふただった。
後方に宙返りをしているほんのわずかな間に、裏路地に転がっているゴミの中からそれを選出したのだ。
喧嘩が強いだけの賎民と侮っていたため、ゲオルの咄嗟の機転と判断力に度肝を抜かれた。
ズガンッッッ!!!
「うぐぁああああッ!?」
鍋のふたが頭部に直撃した。
余裕の表情は消え、苦痛に歪んだところをさらなる追い討ち。
ヴェロスの体勢が崩れ、大きな隙が生まれた。
それを見計らっていたかのような高速移動で一気に距離を詰める。
────そして。
「────聖鋼の黒義手・一式ッッッ!!」
黒義手による一撃がヴェロスの顔面に炸裂する。
勢いとスイートスポットが合致し、会心の一撃とも言える一撃がヴェロスの意識を肉体ごと吹っ飛ばした。
錐揉み状に宙を舞うヴェロスを見て、狂喜するゲオル。
「YEAAAAHHHHHHHHHHHHHHHH!! ざまぁみやがれクソジジイ!! 喧嘩最強の俺を舐めんじゃねぇぞこのボケタレ!! ハッハー!!」
ドシャリと落ちるヴェロスに中指を立てるゲオル。
オオマガツのメシュケントとの戦いでも発揮された爆発力が、今回の戦闘でも活きた。
教団の人間を吹っ飛ばしたというだけで、かなりの快感が脳内をよぎっている。
「……やれやれ、私としたことが……一本取られてしまったようですな」
「うおぉぉおッ!? もう起きやがった、だと!?」
「ふふふ、腐っても聖遺物に選ばれた存在、ということですか。いやはや、こんな小僧に出し抜かれるとは、己が恥ずかしい」
「テ、テメェッ!」
ゲオルは再度身構える。
ヴェロスは立ち上がり帽子を拾い上げ汚れを払うと、キザったらしくかぶってみせ、歯を剥き出しにした邪悪な笑みをゲオルに向けた。
「いいでしょう、お遊びはここまでです。先ほどの一撃の礼として、少しお教えしましょう。……本当の殺し合いと言うものを!」
ヴェロスの周囲の空気が変わった。
可視化されるほどに凄まじく邪悪なエネルギーの奔流。
「私の獣法は『灰』。さて、アナタはどこまで耐えられるか」
「な、なに? おい待て! 獣法ってなんだ!?」
「おやおや、そんなことも知らないとは。知らないことが多いというのは実に危険です。そう、無知な者にとって世界とは残酷なもの。……ではご招待しましょう。灰のように崩れる悪夢へと」
ヴェロスの醸し出すオーラに、ゲオルは一瞬背筋を凍らせた。
だが、闘志は今なお前を向いている。
「どんな技かは知らねぇが……────かかってこいやぁああッ!!」




