依頼報告
「これが聖遺物……『聖鋼の黒義手』。なんて濃厚な美しさなんだ」
「おい、いい加減に離せベタベタ触んじゃねぇ」
「いいじゃないか。もうちょっと……もうちょっとだけ。あ、少しだけ舐めても、いいかなぁ? えへぇ」
「ブッ飛ばすぞテメェ!!」
マドグチへ行く中、アンゲルスはゲオルの持つ聖遺物にべったりだ。
普段は静かな酒場に賑やかな若者の声が響く。
オルタリアはそのやり取りを面白がりながらも、マドグチへの扉を開いた。
「たっだいま~。良い知らせ持って来たわよ」
マドグチの神父は機嫌が悪そうだった。
酒場がやかましくなるのが気に食わないらしい。
自分も大声で怒鳴るくせにと揚げ足のひとつでも取ってやろうかと思ったが、オルタリアは今とても気分がいい。
それに、この報告を聞けば彼もガラリと変わるだろう。
「イライラしながら酒は飲むもんじゃないわよ。ホラ、聖盃は見つからなかったけど、聖遺物は見つけてきたんだから」
「……なに? どれだ」
「私の後ろの彼、見てみなさい」
「……ただのガキじゃねぇか」
「違う彼の左腕!」
アンゲルスの拘束を振りほどき、ドカドカと尻を蹴り上げるゲオル。
しかし、神父やオルタリアのただならぬ雰囲気を感じ取り、一瞬肩を震わすがすぐに服装を正し、胸を張って神父と対面する。
「テメェの左腕……それが聖遺物か?」
「見る分はタダでいい……だが触ったり舐めようとすんのはやめろよ? そんなのはアイツで精一杯だ」
「俺はそんなことはしねぇ。だが……ふ~ん、大した義手だ。見ればわかる。熟練の職人でもここまでのものは作れねぇ。おいアンゲルス、お前の見立てはどうなんだ? これは本物の聖遺物ってことでいいのか?」
「イテテ、あぁ間違いないよ。これまで色んな聖遺物が各地で発掘されたけど、その義手はまだ発見されていなかったんだ。特徴もそっくりだよ」
「なんでそんなこと知ってんだよ変態」
「なんでって……僕は専門家だよ? トレジャーハント、特に稀少価値の高いお宝のね」
「加えて、ガセネタのスペシャリストだクソ野郎」
「心外だ!!」
「はいはいはい、喧嘩はそこまで。さて、報告も終わったし一杯どうゲオル?」
先に一杯ひっかけていたオルタリアが上機嫌でとりなし、カランとグラスの中の氷を揺らした。
18歳ともなれば、飲酒は認められているためゲオルからしたらこの上ない誘いだ。
「飲める歳になってんでしょ? 奢ってあげる」
「おぉお、いいねぇ! クソマズい安酒しかなかったからよ。こういうところの酒飲んでみてぇと思ってたところだ」
「フフフ、そうこなくっちゃ。お酒を飲みながらでも、これからのこと話しましょ?」
「ん? これからのこと?」
「決まってるじゃない。その腕のことよ」
「あぁ、待ってくれ。僕も一緒にいいかな?」
「勿論。いいでしょ神父様?」
「フン、勝手にしやがれ」
マドグチから出て、カウンターへと移動する。
オルタリアはお気に入りの酒をふたりに振る舞った。
酒の知識やうんちくはなかったが、ひと口で美味しい酒とわかるとゲオルは少しずつ含んで上品なコクと余韻を楽しむ。
「いいお酒でしょ?」
「あぁそれにすんごい美人も一緒だ」
「わかってるわね」
「ねぇ僕も忘れないでほしいな」
酒のことで忘れかけそうになったが、今後の話だ。
手に入れた聖遺物、そしてそれを身に着けているゲオル本人のこと。
「ゲオル、お仕事お疲れ様。さて、早速本題に入るけどね。お宝探しまでがアナタとの協力関係だったわよね」
「あぁ、そうだったな」
「んで、聖盃は見つからなかったけど別の聖遺物は見つかったわ。正直な話これだけでもかなりの快挙よ」
「だろうな」
「ねぇ、確認したいんだけど……アナタはまだ聖盃を求めてる?」
この問いにゲオルは黙る。
心の中でずっと揺れていたことだ。
半信半疑の伝説に踏み入ってみれば、思いもよらない試練に出会い、そして力を手に入れた。
そのきっかけを作ってくれたのがオルタリアだ。
この義手の力を使って自分ひとりで気ままに生きていくことがどれだけ魅力的かを考えた。
過去はもう戻らない、こうして生きていくだけでもいいのではないかと。
だが、そう思うほどになぜか『聖盃』への思いが強くなっていくのが分かる。
あれほどの修羅場をくぐり抜けたからこそ信じられる希望の綱。
「この黒義手が俺の左腕についたときは、心底ビックリしたぜ。俺みたいな奴にどうしてって。……もしかしたらよ、これくれた奴が俺の背中を押してくれたんじゃないかって」
グラスに残った酒を一気に飲み干すと、ゲオルは微笑んだままのオルタリアに目を向ける。
「俺は……やっぱり欲しい。へっ、なんだかよ、アンタみたいにロマンを追うってンじゃあねぇけど、ちょいと信じてみたくなったんだ」
「決まりね。多分だけど、その黒義手は聖盃への鍵だと思うのよ。ほかの聖遺物と違って色々秘密がありそうだもの」
「そこについては僕が話そうかな」
ずっと話を聞いていたアンゲルスが口を開く。
「聖鋼の黒義手は聖盃ほどではないけど、かなり謎の多い代物なんだ。なんのために作られたのか、なぜ左腕なのか。よくわかってない。それと店の前で少し話してくれた『甦り』というのも気になるね。そんな伝承は今まで聞いたことがない」
「ほぉ~」
「実に興味深いなぁ……。うん、興味深い」
「……アンゲルス、また妙なこと考えてたりしないでしょうね?」
オルタリアが溜め息交じりに酒をひと口含みながら、やや鋭い視線を送る。
「妙なこと、というか。……ねぇゲオル。物は相談だ」
「なんだよ」
「いい義手職人を紹介しよう。料金も払う。だから……その義手を譲ってはくれないかい?」
アンゲルスの目はトレジャーハンターか卑しい窃盗犯のそれだ。
目をギラつかせながらチラチラと黒義手を舐め回すように見ている。
「冗談じゃねぇ。これは俺が手に入れたもんだ」
「でも、依頼主は僕だよ?」
「お前が望んでんのは聖盃だろ? あと、これも聞いたぞ? その聖盃はオルタリアに渡すって。そしてオルタリアは俺に譲るって言ってる。そこにお前が介入する隙間がどこにあんだよ?」
「ぐ……」
「勘違いすんなよ。オルタリアには恩を感じちゃいるが、テメェみたいな変態にはまったくもって恩なんざ感じちゃいねぇ。余計なことすんな」
ゲオルに気おされてアンゲルスは黙り、また酒をあおった。
それを見てオルタリアは肩をすくめながらも大袈裟に溜め息をひとつ。
「ごめんねアンゲルス。彼ったら喧嘩っ早い性格らしくてね」
「君が謝る必要はないよオルタリア。お酒ありがとう」
「どういたしまして。……さ、ゲオル。宿、行きましょうか」
「おう」
ふたりは席を立ち、店を後にする。
いつの間にやら日は落ちかけて、夕方になりかけていた。
酒の余韻と涼やかな風がなんとも心地よい。
オルタリアはこれからの冒険に胸を躍らせていた。
ゲオルの顔は、アルクスを通して教団に割れている。
そしてメシュケントというオオマガツもまた、ゲオルを狙っているだろう。
これまで感じたことのないスリルが、手招きしているようで血が騒いだ。
ゲオルはまだ緊張が抜け切れていないようだが直に慣れる。
(フフフ、久々かも。こんなにムズムズしちゃうのは)
ふと、後ろを歩くゲオルを横目に舐めるような視線を向けた。
歳下の青年とはいえ、オルタリアから見れば良い男の分類に入る。
(少しぐらいツマミグイしちゃっても……大丈夫よねぇ)
また前を向いて、小さく舌なめずり。
(なんだ? なんか今……誰かに見られていたような……)
ゲオルは周囲を見渡したが、特に異変はなく、ただオルタリアの案内するままについていく。
宿に着いたとき、やけにオルタリアがウキウキとしていたことにクエスチョンマークを飛ばしながら。