この日から始まるゲオルへの祝福
戦いは熾烈を極める。
人外であるメシュケントでさえ。その速度に驚きを隠せないでいた。
義手が刃を弾き返して、傷ひとつつかない。
さらに叩き込んでくる拳や蹴りの威力が鎧を貫通して、ダメージを行き届かせていく。
(なんだこの感覚は……、さっきまで全然効かなかったのに確かな手応えを感じる!)
特に義手での攻撃はメシュケントにとっては大きなダメージを与えられる。
まるで闇を光がかき消すように拳の一撃がメシュケントを老人のようにふらつかせた。
「おのれ小僧……、貴様何者だ!? なぜ、その力を使える!?」
「何者もクソもねぇよ。俺はただの村人、いや元村人だッ!!」
カッと目を見開き、腰を低く落として左腕を曲げるようにして後ろに引いた。
正拳突きにもよく似た構えで、メシュケントを睨みつけるその眼光に先ほどの脆弱さはなく、牙を剥き出しにした猛獣のような気迫を宿している。
「人間の小僧風情がッ!!」
「ンだとこの骸骨野郎がッ!! ぶっ飛ばしてやる!!」
青筋を額に走らせたゲオルは呼吸を整え、斬りかかるメシュケントを待ち構える。
これから放つは、この義手に秘められた力のひとつ。
(────聖鋼の黒義手・一式ッッッ!!)
ガチャンとなんらかの機構が作動し、義手から蒸気のようなエネルギーが放出される。
それと同時に繰り出される光線のような正拳突きが、メシュケントの胴部に直撃した。
メシュケントは一瞬自分がなにをされたかわからず、まるで羽毛のように宙に浮いたかと思えば、磔にされるが如く壁にめり込んだ。
「いよっしゃあああああああッ!! どうだこの野郎思い知ったか!! ハッハー!!」
ズルリと石畳の上に落ちたメシュケントに中指を立てながら、ズカズカとにじり寄る。
負ける気がしない、その思いが義手に雄々しく宿っていた。
だが不利と察したメシュケントが、現れたときと同様に闇の中へと消えようとする。
「覚えていろ……次は必ず殺す」
「あ゛ぁ゛ん゛!? 待てやテメェ、逃げんじゃねぇ!! 散々ビビらせといて逃げるとかアホかバカタレがッ!!」
「……ここを長らく守護していたが、それが貴様に宿った以上、もはや我がここにいても無意味。……貴様の命とその義手、必ず刈り取ってやろう。それまでせいぜい、生き残ることだ」
「なぁにカッコつけてんだこの野郎待てや!! 逃げんなぁぁぁああああッ!!」
ゲオルの怒号が至聖所に虚しく響く。
ただひとり取り残された青年は悪態をつきながらも、この場所を離れることにした。
その際ゲオルは聖母像を一瞥すると、一言だけ礼を言った
「アンタが助けてくれたってんなら、ありがとよ。もし違ってたらアンタからそいつに伝えてくれ。一杯くらいなら奢ってやるってな」
歩いていくと霊廟はもとに戻っている。
来た道は一本道だったが、あの至聖所へ行く道は封鎖されていたところのひとつだったようだ。
聖盃は見つからなかったが、こうしてこの聖遺物を手に入れることができた。
すでに自分のものとしてみたが、これはオルタリアにとっても大きな収穫にはなるだろう。
「へへ……まさか俺が、な。さぁてこんな辛気臭い場所とっとと……」
そう言いかけたときだった。
彼の前方に見覚えのある影が見えた。
────墓荒らしのアルクスだ。
巨大なハンマーを片手に、ゲオルを見つけるやニヤリと微笑む。
メシュケントとはまた別のオーラを放ちながら、殺気をむき出しにする。
「あら、あらあらあら~? ドサクサにまぎれてお墓の中に入っちゃう人がいたからさぁ~。誰かと思ったら……プフフ、すっごい弱そ~なお兄さんじゃん」
「テメェ……」
「ねぇお兄さん、名前なんていうの? アタシはねぇ~……」
「墓荒らしだろ?」
「まぁ失礼しちゃうわね。アルクスって可愛い名前があるのよ? お兄さん女の子の扱い下手くそね? モテないでしょ? ぷっ、カワイソ~」
初対面のはずなのにやたらと煽ってくるアルクスに青筋を隠せないゲオル。
少女でありながら初対面でなお且つ年上である自分に対する態度があまりにも癇に触った。
だが、それ以上にアルクスの持つ闘気は凄まじい。
メシュケントもそうだったが、ゲオルの前に立ちふさがる存在はあまりにも強大だ。
(もしかして……世の中ってこんな強い奴しかいないのか? ……だとしたら、コイツも相当な手練れってことになるな)
まだ体力的には余裕はある。
自分よりも小さな女の子に手を上げるのは主義ではないが、相手が相手なだけに四の五の言っていられない。
ゲオルは拳を前にするように構える。
拳闘のように身体をリズムよく揺らしながら、仄暗さの中で不気味に笑うアルクスを見据え、戦う覚悟を決めた。
アルクスも興が乗ったとハンマーを振り上げ戦闘態勢に入る。
大きな得物を振るうにはいささか不利な環境でも、彼女に一切の迷いや戦意の澱みはない。
「行くぞぉおお!!」
「アッハァアアアア!!」
ゲオルは声を張り上げ、義手で殴りにかかった。
アルクスも嬉々として肉薄しハンマーを振ろうとした、次の瞬間────。
「はいボンソワァァァアアアアアアアアッ!!」
アルクスの背後から聞こえる女性のふざけた掛け声。
こんちわーとよく似たイントネーションの挨拶もどきの謎の掛け声とともに、声の主はアルクスの背中に強烈な蹴りを喰らわせた。
この声の主を知っている。
オルタリアだ。
だがそれを知った直後にはもう勝負は決していた。
「ぐえぇええええええッ!!」
「あ゛……」
ゲオルが前方に突き出しかけた拳が飛んできたアルクスの腹部に直撃。
ガマガエルを踏みつけたような悲鳴を上げながら、彼女は身体をふたつ折りに白目を向いた。
軌道的に一番力が加えやすい位置に当たったことによりダメージは絶大。
これにはゲオルも苦い顔をするほかなかった。
半ば事故のようなものだ。
そのまま彼女は壁に叩きつけられ、腹部を押さえながら悶絶している。
罵倒する元気もなく、涙と涎を地面に流しながら、意識を途切れさせまいと必死に呼吸を繰り返していた。
「うっし、背後からの挨拶式奇襲作戦成功ね」
「いや唐突過ぎるわ! 最高のタイミングでやってくれたな。お陰で俺までビビっちまったよ」
「ふふ~ん、もっと褒め称えなさい。────あれ、アナタその腕」
「あぁ、これか? 聖遺物、らしいぜ」
「見りゃわかるわよ……。なんでアナタがそれを……ッ」
オルタリアは驚いたようにゲオルの左義手をまじまじと見つめる。
無理もない、聖盃ではないにしろ聖遺物という超級ともいえるお宝を、目の前の青年は自慢げに取り付けているのだから。
「ちゃんと話すよ。まずはここ出ようぜ。景気の良い話は墓の中でやるもんじゃない」
「フフフ、それもそうね。……でもその前にあの娘にとどめを」
容赦のないオルタリアがアルクスのいるであろう方向に視線を向けたときだった。
彼女の姿はすでになく、足音が出口のほうまで遠のいていくのが聞こえる。
「許さない……許さないッ!! よくも私を殴ったわね! アンタたちなんか、こうしてやる!!」
ハンマーを振り上げ壁を叩く。
直後に派手な衝撃が全体に行き渡り崩れ始めた。
「ア~ララ、これじゃ生き埋めね」
「任せろッ! 今ならどうにかできそうな気がする」
地下に長らくそびえ、崩れ行く死の栄華たち。
彼女の一撃によって土くれの中へと沈みゆく中、ゲオルは義手の拳を天へと勢いよくかざした。
「見ろオルタリアッ、これがこの義手の力だッ!!」




