聖鋼の黒義手
どうやら内部は地下霊廟となっているようだ。
濃厚な闇が張り詰める石と土の空間。
人間の持つ想像力が、さらに不気味な影を忍ばせていく。
なぜならここは死者を弔う場所。
ところどころにある石櫃が暗闇の中で規則正しく佇んでいる。
カンテラの光で作り出される陰影が死者の眠りを妨げてしまうのではないかと、ざわめきが胸をよぎった。
死と闇に対する原初の生命本能。
この不気味な地下の世界で、ゲオルの息遣いと靴音、そしてカンテラの金具の軋む音がただただ響く。
「これが墓か。宝がありそうな雰囲気ではあるな……さみっ」
ここまで目立った分かれ道はなかった。
むしろほとんどが封鎖されているのか、入れそうもないし、こじ開けようにもできそうにない。
こうして行く内にゲオルの思考が段々と冷静さを取り戻していく。
だが、それがある違和感を抱かせた。
最初はなんなのかがわからなかったが、あまりに不自然な現象であることが理解できた。
壁を見ると不自然な黒い斑点が無数にある。
しかもそれは不気味な動きでをして壁を這うようにして、ゲオルより前方のほうへ一点に集合していき、巨大なカビかなにかに変異していった。
そしてそこから出てきたのは、大剣を持った、身長2mは越すであろう骸骨だ。
赤黒い光に包まれて出てきたその骸骨は立派な漆黒の鎧を身にまとい、爛々と光る瞳をゲオルへと向けた。
「この霊廟に入りし者は、すべからく処刑する」
鎧の重苦しい音が反響し、大剣の切っ先がゆっくりと向けられる。
闇の奥底から響くような野太い声に、不良染みたゲオルでさえ正気を失いかけた。
濃密なまでの死の気配。
魔獣症候群の両親に腕も姉も喰われたあのときとはスケールが違う。
巨怪な死のオーラが、ゲオルの心臓を掴んで離さない。
身体の震えが止まらず、それがカンテラにも伝染して金具がガチャガチャと揺れた。
逃げようと必死に後退りをするが、思うように足を動かせないでいた。
揺れる光で影が躍る。
そんな視界の先で髑髏の騎士は、言葉通りの死を告げた。
「死は平等である。子供であろうと赤子であろうと、この場所に足を踏み入れた者は、この『メシュケント』……容赦せん」
「なんだよ……なんなんだよチクショウ!!」
突如、妖光たる煙めいたものを鎧の節々から噴き出したメシュケント。
大声を出して身体の緊張をある程度ほぐし、覚悟を決めてゲオルは全力を振り絞って逃げ出す。
(あんな化け物いるなんざ聞いてねぇぞ! いや、今は逃げろ逃げるんだッ!!)
「ならぬ。待て」
「うわぁああ! 来るんじゃねぇええええ!!」
「ならぬ、許さぬ。死ね」
メシュケントは鎧を鳴らしながらゲオルを追った。
左手を伸ばすと妙な力を使ったのか空間や次元を操り、様々な障害物が現れゲオルの行く手を遮ろうとする。
そればかりか、この地下霊廟がとぐろを巻くように蠢き、枝が伸びるように通路が分かれ、迷路のように入り組み始めた。
もうなにがなんだかわからなくなったゲオルは兎に角メシュケントから逃げることに専念する。
一歩でもあの化け物から離れることこそが、今の優先事項なのだ。
だが、その思いも虚しく右へ左へと逃げていたゲオルは行き止まりに辿り着いてしまう。
そこはドラゴンの上に乗る聖母の像が奥に佇む至聖所。
「行き止まり……? ふざけんな、ふざけんなよチクショウ。……こうなったら」
ゲオルは村のときのように勇気を振り絞る。
桁違いの圧力が鎧の音を響かせながら暗闇から迫って来た。
「ここはこの墳墓において最も神聖なる場所。愚か者の血で穢してしまうことになるが……偶然とはいえ是非もなし」
そう言って振り下ろされる大剣。
それを回避しながら拳や蹴りを叩き込むがまったく効かない。
むしろ自身にダメージがいくばかりで、体力の消耗が激しくなる。
痛みが走ったせいで隙が現れた瞬間、大剣の切っ先がゲオルの肉体を抉った。
「ぐ、……あ、あ゛ぁ゛……ッ!」
ヨロヨロと後退りをしながら傷口からボタボタと落ちる流血と口から噴き出る血を交互に見る。
滴る血の音は死への時間を刻一刻と告げるように、不規則な音色を奏でた。
熱が失われていく感覚が不意に訪れる。
その瞬間魂の奥底まで凍り付いたような気がした。
ゲオルの生存本能が悲鳴を上げる。
思わず大声を張り上げそうになったが、思うように声が出せない。
気が付くと奥にある聖母像、その前にある祭壇前まで来ていた。
もう退くことも進むこともできない。
(ふざけんな……こんなところで、死ぬなんて……嫌だ、嫌だ嫌だ……嫌だ!!)
「死ぬがいい……愚かなる者よ」
メシュケントの袈裟斬りがバッサリとゲオルの胸を抉った。
カッと目を見開くゲオルは、声を上げることなく祭壇に背中を預けるようにして座り込み、動かなくなる。
その際、祭壇の上に飾ってあった物品が転げ、中央にあった壺が転げて内部の灰がゲオルにかぶさった。
「……ぬ、もうひとりいるな。迷っているようだ。では……そいつも」
メシュケントが踵を返して至聖所から出ようと歩みを進める。
その間、ゲオルは死の淵を彷徨っていた。
真っ暗な水面に浮くような感覚に身を委ねている。
この安楽な状態に甘んじれば、そこに死があるのだ。
不思議と恐怖はなかった。
あれだけ避けていた死が、今は抱かれているように優しい。
(へ、へへへ、ざまぁ、ねぇな。やっぱ……こんなもんか、俺の、人生……)
そう諦めかけていたときだった。
ゲオルがもたれかかっている祭壇が蒼白く光り始めた。
「ぬ、これは……祭壇が反応している!? どういうことだ?」
メシュケントが振り向くと、ゲオルの肉体がある異変を起こしていた。
抉ったはずの傷が修復し、肉体に生気が宿り始めたのだ。
『目覚めなさい』
(ん、誰だ……?)
『目覚め……ので……────る……君よ』
(なんだ? なにを言ってる? 誰だ俺を呼ぶのは……)
『失われた……────力を』
────ゴポゴポ、ゴポゴポゴポ……ッ!!
「ぷはぁああッ!! ────ハァ、ハァッ!」
ゲオルは甦ったのだ。
まるで深い水底から這い上がってきたかのように呼吸を荒くしながら、自らの蘇生が信じられないかのように身体を触る。
「ありえぬ……貴様、なにをした……?」
「なにって、ハァ、ハァ、知るかンなのッ! ……なんださっきのは、一体誰だったんだ?」
「小賢しい。ならばもう一度、屠ほふるまで……────ぬ!?」
大剣を構えたメシュケントだったが、ゲオルの肉体が輝き始めたのを見て眩しそうに顔を手で覆った。
この状況にゲオルも慌てたが、それは内側から湧き出る力の奔流によって掻き消える。
すでに存在しないはずの左腕がうずいた。
次の瞬間、根本の部分から蒼白い光が伸び出て、それが腕の形になる。
光が消えると、ないはずの腕に『義手』がはめられていた。
(これは……腕だ。鋼鉄? いや、鉄なのかこれ? だが、馴染む。まるで昔からコイツを動かしてたみてぇに。初めから腕なんて失ってなかったみたいに……ッ!!)
ゲオルはギチギチと義手を動かしながら立ち上がる。
あれだけのダメージが嘘のように存在していない。
「まさかそれは……『聖遺物』!? バカな……ありえぬ。なぜ貴様に『聖鋼の黒義手』が!?」
「聖遺物? 聖鋼の黒義手? へぇ……じゃあ聖盃とは違うってわけか。ってことは、もうコイツは俺のもんってことだよな?」
ゲオルに勇気が湧いてきた。
義手の拳を握ると、心の奥底から力がみなぎってくる。
────戦える。
彼の中の喧嘩の血が騒ぐ。
「勝てる確率は五分にも満たねぇかもしれない……だが、負けるわけにゃいかねぇんだよ!!」
「おのれ猪口才な……報いあれ!!」
ゲオルは拳を構える。
義手を中心として彼に可視化された闘気が湧き出た。
これまでの恐怖や絶望を吹き飛ばすように、ゲオルはこの義手の真名を告げる。
「────『聖鋼の黒義手・コルトパイソン』、いっちょ派手にぶちかますぜッ!! いくぞぉおお!!」
今度はこちらが責める番と言わんばかりに雄叫びを上げながら駆け抜けていった。




