真夜中に美女ふたり。オルタリア、仕事やめるってよ
────その能力と美しさから『不死の聖女』と言われる女戦士がいた。
聖女といっても宗教的な意味合いではなく、味方した側に勝利をもたらすといった利益的な意味合いでだ。
ある日彼女は王国に仕えることになり、王直属の精鋭部隊にして選りすぐりの美女で編成された『戦乙女』にてその力を発揮する。
だが5年前、突然部隊も王国も捨てたのだ。
その前日、部屋まで押しかけてきた同僚になんどもしつこく止められることに。
「なぁオルタリア、考え直さないか? 今ならまだ間に合う。王もお前を大層気に入っておられる」
「生憎、私は王の女になりに来たんじゃないの。そういうのはアナタがやれば?」
「バカな。王の寵愛を受けられるのは、我々ヴァルキリー部隊の者にとってどれほど栄誉なこと……ってうわなにを!?」
その女性は目の前で新しい衣装を身に着け始める。
肌がほとんど露出しているため、一瞬下着姿と見まごうほどだ。
途轍もなく豊満な乳房を包み込みこむ布地、月明かりで白く浮かび上がる鎖骨。
そしてあらゆる曲線美を強調するその衣装に、同性である同僚も思わず赤面し、顔を背けた。
真夜中の一室で、相対するふたりの美女。
戦乙女の鎧で、興奮と羞恥を宿した身を包む同僚と、堅苦しさから解き放たれた肉感的な女性。
名を『オルタリア・グレートヒェン』という。
エキゾチックな肉体を持ち、腰まで届く蒼みがかった銀色の髪。
紫がかった赤い瞳は何者をも魅了するまるで聖母のような眼差しで、一見慈悲深い顔立ちをしている。
だが、その扇情的な美しさとは裏腹に性格は好戦的かつ好色なもの。
彼女の武器であり、『ヤクシニー』の名を冠した凶悪なデザインをした、自分の背丈ほどある巨大なハサミが傍らで不気味な光を刀身に宿している。
オルタリア・グレートヒェンは部隊の中でも最強の戦闘能力を持ち、自ら率先して戦場を駆け抜けて武を振るい、ときには小隊を率いて血の海を作ってきた。
王はその血と美しさに飢えたオルタリアを大層気に入り、ずっと傍に置いておきたいとしていたのだが、この環境が一気に彼女を萎えさせた。
待遇は良い、本来なら身に余るといってもいいくらいの金銀財宝をオルタリアは与えられたりもした。
王の間でも常に自分の傍に置いて、その美しさを愛でながら王は毎日の政務に励んだ。
だが、オルタリアにとってそれは実に空虚な長い時間だった。
挙句の果てには、王に何度も夜の相手を求められる始末。
好色な彼女でも、そんな王に心燃え上がるものがなかったため、何度も断りをいれるが、しつこく迫られる日々。
ほかの仲間にそういうことについて悩んでいることを告げても驚かれるだけ。
皆、王の寵愛を受けたがっていた。
オルタリアにはそれが"異常"に見えてならなかった。
────自分が本当に欲しいものはなんだろう?
それを考えていくうちに、答えに辿り着いた。
「なにを殺したいか、なにを愛するか。これからは全部自分で決めるわ」
「バカな!! そんな、……そんなくだらない理由で」
「あら、自分の人生よ?」
「……王への忠誠はどうなる?」
「忠誠って? 夜に抱かれることに憧れを持つこと? だったらそんなのいらないわ」
「お前……まったく、そんな格好しておいてよくもまぁそういうことが言えるな」
「ふふふ、開放的でしょう? 一度こういうの着てみたかったのよ。特注よこれ。高かったんだから」
「ふしだらだ!」
「そう? でも私には丁度いいわ」
そう言ってオルタリアはクルリと回って見せる。
美しくくねらせる腰に、それに合わせて揺れる髪。
本人にその気がなくとも、相手をその気にさせてしまう。
さながらそれは魔性じみた天性の美貌と肉体であった。
「お気に召さない?」
自分のやりたいことをやる、世間のしがらみや常識などよりも、己の思うままに生きる女。
『こうあるべき』『こうするべき』という壁に、獅子の如き強い自我を以て自分だけの道を切り開く。
その在り方は戦乙女のそれとは真逆、────悪女の域だ。
ここまでくるともう同僚も諦めかけてきたのか、声のトーンが落ちてきている。
「確かにそういった格好をして戦う女はいるぞ。だが、ヴァルキリー部隊だった女が、しかもこの王国で不死の聖女とまで言われた者が王以外にそうも肌を晒すなど」
「あら、自分の魅力は自分で発信していくものよ? 変に着飾ったり言いつくろうよりずっといいわ。それに勘違いしないで。王の前で脱いだことなんて一度もないから」
「いや、だからってなぁ」
「それにこの格好のほうが、私の『能力』的に都合がいいのよ。これなら誰でも傷を付けやすいでしょう?」
まさに聖母のような微笑を浮かべる悪魔だ。
同僚はその言葉に怖気を走らせる。
彼女の"真の恐ろしさ"を戦場で常に目の当たりにしてきたからだ。
今のこの女はまさに、野に解き放たれんとする狼そのもの。
手放してはならないと同僚に一気に熱が入る。
「なぁ、やはりお前は部隊を抜けてはダメだ。お前ほどの戦力が抜けることで、どれだけ士気が下がるか!」
「残念だけど、もう決めたことよ」
「そんなの王が許されるはずがない。それはワガママというものだ。……考え直せ。今の待遇に不満があるのなら私が進言する。だから……」
「ごめんね。お金とか地位じゃないのよ。それに、ワガママなんて上等じゃない。こんなイカれた時代だからこそね」
「そんな生き方は野蛮で低俗な輩がすることだ!! 根無し草なぞみっともない!」
同僚の言葉をよそに、オルタリアは窓のほうへと歩み、カーテンを大きく開くと一気に窓を開放した。
「素敵じゃない。きっとスリルに満ちてるわ。私が欲しいのはそういう自由」
その直後、オルタリアは窓へと身を乗り出し飛び降りるような体勢になる。
因みにここは城の2階部分に該当するのだが。
「こら待て! お前まさかこのまま……ッ!」
「ごっめ~ん。王様に辞めますって言っといて。じゃ、あとはよろしく」
そう言って投げキッスをしたのち、華麗に宙を舞いながら下へと降りていく。
同僚の制止を振り切り、彼女は今日この日、自ら居場所を捨てた。
────夜闇に紛れて、鳥たちがはばたいた。
オルタリアがいた窓に2枚の羽根が舞い降りる。
同僚はそのうち1枚を拾いながら、自由を求めて城を出たオルタリアのこれからの身を密かに案じた。
王にはなんと伝えるべきか。
そして同じ戦乙女の仲間たちにも……。
巡る思考の中で、ぼんやりと今宵の月のヴィジョンが浮かび上がる。
まるでマトリョーシカのように、払っても払ってもそれは拭えない。
「オルタリア……。お前の行く先は、きっと地獄だぞ。王に愛でられ生きていくことがどれほどの幸福か後悔するほどに」
窓の外側から大きい蜘蛛が伝うのを視界に入れる。
月を仰ぐように足を宙で振り回し、糸を編んでいる姿を見ながら、同僚は羽根を握りしめた。
「お前にとっては、ここは居場所じゃなかったのか? 私たちより……その野蛮な自由を選ぶのか。わからない……私はお前が……わからないよ」
時間を置いてもう一話投稿いたします!