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Épisode 29「死んでも嫌です」


 そこでユーフェは、はたと気づく。


「ちょっと、待ってください。ダニエル様、さっき、何て言いました?」


 ル・ルーの一族を、また作るとか言っていなかったか。


「さっき? どれのことでしょう?」

「ル・ルーの一族を、作るって」

「ああ、言いましたよ。彼らは今ではもう、存在しているのかさえ危ういですからね。探し出したとして、そんなに数もいないでしょう。ですから一から作るんです。そうすれば、好きなだけ魔法が使えますからね」

「そんなっ。だったら、古の魔法なんて使わなければいいことです。使わなくても、普通の魔法を使えば……」


 実際ユーフェは、古の魔法なんて使わなくても生活できている。それに、たまに使うくらいなら、一日二日休めばなんとかなるものだ。

 だったら、わざわざそんな犠牲者を生む必要はない。なのに。


「普通の魔法なんて、魔法じゃありません。あんな子供騙しのようなもの、使えたって何も楽しくないんですよ」

「楽しく、ない?」


 ダニエルは残酷なことを言う。

 それはつまり、楽しむために、古の魔法を使うということ。使わなくても生きていけるのに、道楽のために、人の人生を捻じ曲げるということ。


「古の魔女たちだって、そうでしたよ? 彼らは僕らと比べ物にならないほどの魔力を内包していたんですから。ル・ルーの一族を作らなくても、彼らは生きていくだけなら困らなかった。それ以外の――たとえば享楽や研究のような、己の欲を満たすために魔力を多く使ったから、ル・ルーの一族ような存在を必要としたんです。僕は尊敬します。そんな先祖たちを。彼らの探究心を。だから僕も、彼らと同じ域に達したいのですよ」


 もうユーフェは、何一つ理解できなかった。彼が自分と同じ種族であることに、酷い嫌悪感を持つ。

 いや、自分にすら、不快感が募る。


「さて、質問に答えてあげたところで、返事を聞きましょう。僕は今、第二のル・ルーの一族を作るべく、研究を重ねているところです。そこに、どうやら邪魔者がやってきました。あなたには彼らの排除をお願いしたい。引き受けますか?」


 もちろん答えなど決まっている。


「死んでも嫌です」

「そう言うと思いました。ですから、彼女を用意したんです」


 ダニエルがフラヴィに視線を向ける。怒りに燃えていたユーフェは、そこで人質をとられていることを思い出した。

 なんとかフラヴィを助け出せないかと思案するも、残念ながらユーフェは、魔女としては落ちこぼれ。

 人間にとっては脅威となる力でも、魔女の中では最弱もいいところだった。彼女がまともに扱える魔法など、それこそ癒しの魔法だけである。

 もしそれが、古の魔女の末裔だからというのなら。


(最悪も最悪よ……!)


 なるほど。どうりでリュカが、癒しの魔法を使わせたがらなかったわけである。


(なんとかできないの)


 ない頭を精一杯働かせる。

 屋敷の人たちはだめだ。助けを求めたところで、彼らはグルの可能性がある。

 なら、ヴィクトルたちの帰りを待つ?


「あなたに選択肢はないですよ。本当は僕が対応してもいいんですが、明日は新月。新しい被験体が入るので、なるべく魔力を温存しておきたいんです。ああ、それとも、もし正気ではできないというのなら、この薬を飲むといいですよ。何も考えられなくなりますから」


 ダニエルの言葉にぎょっとした。今、この男は何と言った。被験体と言わなかったか。

 ユーフェの衝撃に気づいたのか、ダニエルはあくまで優しく微笑んだ。


「研究なんですから、当然でしょう? 被験体がいないと、試せるものも試せませんからね」

「だれ、を」

「知らないほうがあなたのためです。自分がこれから加担させられることに、あなたはきっと心を壊す。ならせめて、知らないほうが幸せですよ。これは、僕と同じ魔女であるあなたに、僕からの優しさです」

「ふざけないで! 私は、あなたとは、違うっ」

「まあどうでもいいです。ほら、それよりどうします? 正気でやりますか? それとも……」


 ぎりっと唇を噛む。フラヴィを見やると、天使と称えられた顔には、一箇所だけ腫れている部分がある。すでに暴力を受けたあとなのだろう。

 顔にしたのは、わざとユーフェに見せつけるためか。


「……わかりました。言うことを、聞きます」


 ユーフェは正気のまま従うことを選んだ。

 そうすれば、相手に加減することもできる。ダニエルに聞こえないところで、交渉することだってできるはずだ。

 しかし。


「それも、言うと思いました」


 ここまで優しげに笑う悪魔を、ユーフェは初めて見た。


「でもそれでは、あなたは侵入者を逃してしまう。優しい人ですからね」


 どこまでもお見通しの彼に、ユーフェの背中に嫌な汗が流れる。


「この薬を飲んでください」

「でも、侵入者を退けられれば、それでいいんじゃ……っ」

「よくありません。彼らはきっと、明日も邪魔をしてくる。それでは意味がないんです。これから先、周りをうろつかれても困りますからね。はい、どうぞ」


 透明な小瓶を差し出される。とぷりと揺らめくのは、薄紅色の液体だ。見るからに怪しい。何も考えられなくなるだけならまだいいが、もし、他の効能があったらたまったものじゃない。


「いいんですか? 飲まないと、彼女、死んじゃいますよ?」

「んーっ、んんーっ」


 魔法で浮かせているのか、フラヴィの頬にさっきまでなかったナイフが突きつけられている。

 ダニエルは本気だ。ユーフェが断れば、本気でフラヴィを殺すのだろう。

 そして、次はユーフェを人質にとって、リュカを脅すのかもしれない。

 フラヴィとは、辛い思い出ばかりだけど。

 それでもこういうとき、なんとかして助けたいと思うくらいには、姉としての情がある。

 ユーフェは意を決してダニエルに近づく。本当は、小瓶を受け取るふりでもして、ダニエルに魔法を使おうと思ったが。


「あなたが魔法を発動するより、きっとナイフのほうが早いですよ」


 そう言われてしまっては、迂闊に手も出せなかった。

 小瓶を受け取り、ふたをとる。なんとも怪しげに中の薄紅が揺れた。


「約束です。フラヴィは、ちゃんと解放してください」

「もちろんです。あなたが失敗しなければ」


 勢いよく小瓶をあおる。思ったより粘着質な液体が喉を下っていく。

 甘い。まるで蜜のような、甘い毒。

 そう思ったのは、だんだんと脳が熱くなってきて、本当に何も考えられなくなってきたからだ。


「侵入者を排除してください、ユーフェ」


 真っ白な思考の中、なぜかその声が、頭の中に染み込んだ。


「しん、にゅう、しゃを」


 侵入者を、


「はい、じょ、します」


 排除、する。

 それだけが、真っ白で空っぽの脳みそに、ただ一つの使命だと思わせる。


「さて、では行きましょう。彼らがそろそろ出口に着くようですから」


 ユーフェとダニエルが魔法で消えるのを、フラヴィは愕然と見送った。


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