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Épisode 24「君、相変わらず最低だな」


 ***


 モンブール教会は、ノルマールにある教会二つのうちの、その一つだ。そこだけは孤児院が併設されていて、コルマンド伯爵の慈善事業の一つでもあった。

 赤い屋根がかわいらしい、こじんまりとした建物である。その隣にある平屋が、孤児たちの生活する孤児院だ。

 ヴィクトルとレオナール、フランツの三人は、ステンドグラスの美しい教会には見向きもせず、孤児院へと足を向けた。

 道中、レオナールは言った。


『孤児院で変なものを見ても、見て見ぬふりをしてほしい。どんなに気になるものを見つけても、気にする素振りを、特に神父の前ではしないでほしい。とにかく、頼むから事を荒立てないでくれ!』


 あまりにも必死に頼み込んでくるものだから、いったい人をなんだと思っているんだと問い質したくなったほどだ。

 ヴィクトルだって、余計なことをするつもりはない。ましてや他国のことで。

 それに、レオナールがそう忠告してくる理由も知っていた。それがそのままレオナールが「国内を見て回りたい」と言った理由に繋がるのだが、ヴィクトルには関係ない。

 彼の目的は、ただ一つ。癒しの女神を見つけることだ。

 見つけて、国に連れ帰る。兄の病を治してもらうために。


「あーっ、金髪のにーちゃんだ! なんだよ、今日も来たのかよ?」


 平屋に入ると、いきなり子供たちと出くわした。その中の一人の少年が、レオナールを指差して言う。

 身分を明かしてはいないのだろう。少年の叫び声を聞いて周りに群がった子供たちは、皆がレオナールを「お兄ちゃん」と呼んだ。


「なーなー、こっちのにーちゃんたちは、誰だ?」


 先ほどの赤髪の少年が、今度はヴィクトルとフランツを指差した。


「ああ、その、二人は私の友人でね。今日は……」

「やあ、初めまして! 君たちのことは、そこの彼から聞いていてね。とても賢い子やかわいい子がいるから、君も一緒に来ないかと誘われたんだ」

「おおっ。かしこいって俺のことか⁉︎」


 赤髪の少年が食いついた。


「ふむ。そうかもしれないな。その燃えるように赤い瞳には、大いなる可能性が秘められているように見える」

「マジか! おまえ見る目あるな!」

merci(メルシー)


 すると、ヴィクトルのほうにも子供が群がる。


「ねぇ。じゃあわたしは?」

「これはこれは、とても気品漂うお嬢さんだ。意思の強い琥珀の瞳がいいね。つんと尖った小鼻には、ついついキスを贈りたくなってしまう」

「あら、いいのよ、キスしても」


 なんとマセた女の子だろう。今どきの子はこんな感じなのかと、レオナールなんかは慄いている。が、そこはヴィクトル。慣れたものだ。


「いけない子だね。そんなことをしたら、私は君を食べる獣に成り下がってしまう。できれば、君を守る騎士シュヴァリエにしてほしいな」


 ツン、とその小鼻を指で優しくつっついた。女の子の頬が淡く色づく。


「あのね、わたしはね、これ、そばかすがあって……。おにいさんは、どうおもう?」

「それを気にしているのかな?」

「うん。だってみんな、きれいなおはだをしているのに、わたしだけちがうんだもん」

「それはもったいない。違うというのは、何も恥ずかしいことじゃない。その人の個性だ。みんな同じほうが気味が悪い」

「……ちがっても、いいの?」

「もちろん。個人的には、そのそばかすも含めて、君は愛らしい顔をしていると思うよ。それにほら、私の他にも、同じことを思っている子がいるみたいだ」


 最後の言葉だけ、耳打ちするように。

 ヴィクトルが少女に近づくと、遠くから二人を見ていた栗色の髪の少年が、ヴィクトルをキッと睨んだ。


「アシルが?」

「アシルというのか。そう、あの目つきの鋭い彼。君に近づく悪い男に、一丁前に嫉妬しているらしい」


 そう言うと、少女がわずかに顔を赤らめた。満更でもないらしい。

 そこで、頭上から「こほん」とわざとらしい咳払いが聞こえた。


「ヴィクトル、君の守備範囲はどこまで広いんだい?」

「それは誤解だ、レオナール。これは円滑な関係を築く手段だと思ってくれ」

「君、相変わらず最低だな」


 ドン引きだ。もちろん小声で交わされた会話だが、子供たちには死んでも聞かせられないと思ったレオナールである。

 そうして騒がしくしていると、奥から大人がやってきた。黒の祭服スータンを着ているあたり、彼がこの教会の神父だろう。


「おやおや、子供たちが騒がしいと思ったら、昨日の方ではありませんか」

「申し訳ない、ウジェーヌ神父。今日は友人を連れてきました」

「構いませんよ。いつでもお越しくださいと言ったのは、私のほうですから。こんなところではなんですし、中へお入りください」


 四十代ほどの神父は、目尻のしわを深めて柔和な笑みを浮かべた。顔にも身体にもたっぷりとした脂肪がついているせいか、ゆったりと歩き出す。


「……」


 その背中を凝視していたヴィクトルの肩を、レオナールが軽く叩く。まるで、さっきの忠告を忘れるなよ、とでも言うように。

 肩を竦めて、ヴィクトルも歩き出す。


(そう心配しなくとも、邪魔はしないさ)


 そう、邪魔は、しない。

 この神父が、実は孤児院の子供たちで人身売買を行っている、悪徳非道な神父でも。


(邪魔はしない。余計なことも、な)


 くく、と小さく喉を鳴らす。主人のそれを見て、フランツがこれ以上なく頭を痛めていたけれど、残念ながら誰も気づいてはくれなかった。


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