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Épisode 13「……なるほど?」


 どうしてこうなった。

 きっとそう思ったのは、ユーフェだけではない。

 リュカも面倒くさそうな顔をしているし――といっても相変わらず眠たそうな目で、ほとんどの人間からは無表情にしか見えないけれど――ヴィクトルも心底つまらなさそうな顔をしている。フランツなんかは現実逃避に走る始末だ。

 現在、この中でにこにこと笑みを浮かべているのは、フラヴィとコルマンド伯爵夫人だけである。


「本当に驚きましたわ。まさかユーフェがフラヴィ様とお知り合いだったなんて。どうして教えてくれなかったのです、ユーフェ」

「も、申し訳――」

「まあ、夫人。そんなふうにお責めにならないで。ユーフェは照れ屋さんなの。だから言うに言えなかったのね、わたくしと知り合いだって」


 ふふ、とフラヴィは上品に笑った。

 その微笑みが恐ろしくて、ユーフェはますます身を縮める。

 フラヴィ・オルグレイは、社交界では有名な女性だ。その天使のように愛らしい容貌はもちろん、つい守ってあげたくなるような華奢な身体。彼女が少し微笑めば、男たちはたちまち彼女の虜になる――社交界に舞い降りた天使。

 しかもフラヴィは、このトネリア王国の第一王子、レオナール・ジョセフ・トネリアと婚約したとして、今最も話題の中心にいる人物だった。

 誰もが彼女を羨むだろう。

 その容貌に。名声に。約束された未来に。

 誰もが彼女を褒めるだろう。

 その佇まいを。慈悲深さを。そして何よりも、その一途さを。

 彼女が幼少の頃からレオナールと愛を育んでいたことは、社交界では誰もが知るところである。

 そのロマンチックな王道恋愛物語に、民衆さえも羨望のため息を漏らす。

 そんな妹のことを怖がる自分は、きっとおかしいのだろう。誰に聞いても、フラヴィはできた令嬢だという答えが返ってくるのだから。

 それでも、ユーフェは怖かった。実の妹が。

 特に、彼女が笑みを深めるとき。そういうときは決まって、彼女はユーフェのお気に入りのものを奪っていく。


「ところで、発言よろしいでしょうか、マダム・コルマンド」


 後ろに立つヴィクトルが、対外用の笑みを貼りつけて手を挙げた。


「あら、あなたは……」

「これは失礼いたしました。私はヴィクトルと申します。リュカ先生の助手を務めさせていただいております」


 これまで一度だって聞いたことのない丁寧な口調で、ヴィクトルが挨拶をする。ユーフェは内心でびっくりすると同時、彼のらしく(・・・)ない態度に肌が粟立った。


「あなたがリュカの助手を? まあ、いつのまに賑やかになったの、リュカ。喜ばしいことですね。だってあなたたちったら、ずっと二人で暮らしていたでしょう? それも子供だけで。二人には、ダニエルのためにも長生きしていてほしいのですから、今は大人に守られていなさい」

「仰るとおりです。なのでご安心を。これからは、私が責任を持って彼らの面倒を見ましょう」

「心強いわ。よろしくお願いしますね、ヴィクトル」

「お任せください」


 どの口が言うんだ。どの口が。

 ユーフェの内心はこれでもかと白けた。面倒を見ていたのはユーフェとリュカのほうだ。


「それで、何だったかしら。いつもお世話になっているリュカに免じて、よろしいですよ」

「寛大な御心、感謝いたします」


 そう言うと、ヴィクトルはユーフェの隣の隣――間にはリュカがいる――のフラヴィに視線を向けた。


「オルグレイ侯爵令嬢に、一つ質問が」

「まあ、わたくしに?」

「先ほど、あなたはユーフェを『お姉様』と呼びましたね? それはなぜでしょう?」


 その瞬間、ユーフェがぴしりと硬直した。

 実はあのとき、フラヴィの後に夫人もすぐに現れたため、その点については一切触れられずにここまできたのだ。

 ユーフェとしては安堵していた。

 ユーフェ・オルグレイという侯爵令嬢は、すでに死んだものとされているからだ。いや、むしろ社交界デビュー前だったユーフェのことなど、ほとんどの貴族がその存在を知らない。

 知っているのは、オルグレイ侯爵家と、王家くらいのものだろう。

 そしてオルグレイ侯爵は、自分に子供は一人だけだと公言している。


「ふふ、それは言葉の綾というものですわ。昔、少しだけ一緒に遊んだことがありますの。実の姉のように慕っておりましたので、そのときの名残が出てしまっただけかと」

「なるほど。それにしてはお二人は、少し似ているところがありますね? 目元とか」

「単なる偶然ではなくて? でも、姉と慕っている彼女と似ているなんて、嬉しいですわ」

「……なるほど?」


 ヴィクトルが意味深に呟く。今振り返れば、きっとその口元だって意味深に上げられているのだろうとわかる声音だった。

 正直ユーフェとしては、なんでそんなことを訊くのかと気が気でない。侯爵家がユーフェを厭うように、ユーフェだってもう侯爵家とは関わりたくないのだ。

 ましてや侯爵家は――フラヴィは、ユーフェの秘密を知っている。ユーフェの、人には持ち得ない力を。

 それをヴィクトルにはバレたくないと思った。


「質問は一つでしたわね? 以上かしら?」

「ええ。ありがとうございました」

「では、今度はこちらから質問してもよろしくて?」

「なんなりと」

「ヴィクトルと仰いましたが、もしかして、あなた様は」


 フラヴィが振り返る。

 そうしてヴィクトルの姿をじっと見つめて、次に口を開こうとしたとき。


「いやぁ、お待たせしましたオルグレイ嬢――と、これはこれは。なんだかギャラリーが増えているね?」


 ユーフェたちに気づいて苦笑したのは、この屋敷の主人、コルマンド伯爵だった。

 そして、その後ろから。


「どうされました、伯爵? 他にお客人が?」


 幼い頃よりも格段に低くなった声で。

 けれど、幼い頃の面影も残した姿で。

 この国の第一王子、レオナールが姿を現した。


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