犯人は……「俺」だ! ~推理物の世界に転生したらなんと、転生先は犯人だって!?~
できれば最後まで目を通してくれると嬉しいです。
能ある鷹は爪を隠す。そうやって爪を隠してきた俺は結局爪を出すことなく一生を終えた。
あれはある春の日のこと。いつも通り仕事をしていた春だった。
指先による激しいダンス。キーボート上で指先が踊っている。パソコンの中で無数の文字が創られていく。
夕日が落ちてきた。時計の針が見慣れたポーズをとった。定時だ。
一枚の書類を書き終えた所で仕事を切り上げる。続々と帰っていく社員の中に紛れ込んだ。一人、社員による民衆に溶け込む。
昔から目立つタイプではないし、目立とうという気もしなかった。
会社の中でも俺は影に隠れている。誰かが困っていても助けに行くことは稀有だし、逆に困ることがないから助けられることもない。そのせいか、きっと俺の存在を覚えている人は少ない。
子どもの頃、両親はずっとやりっ放しだった玩具を片付けろと愚痴を零しまくっていた。何かをやりっ放しにすることは許さなかった。そのまま知らず知らずの内に後片付けが習慣となっていた。
両親は俺に能鷹という名前をつけた。「能ある鷹は爪を隠す」という諺がある。二人は俺に後片付けができる男にしたかったみたいで、俺に能鷹という名前をつけたのだ。その願いが叶ったのか俺は後片付けが得意となっている。ただ、その弊害として目立たなくなっていた。
小さくてありきたりな歯車。それがなければ回っていかないが、人々はその歯車の存在に気づかない。俺のことなんて神しか見てはくれないだろう。そもそも、神がいるかどうかも怪しい。それは人間が社会を成り行くように創り出した伝説に過ぎないからだ。
満員電車を乗り継ぎ、しがない道路を歩く。太陽は落ちて、街灯の光だけが灰色の道を照らす。
白の点線。信号機の色が青となるのを見てその点線を踏み歩く。
歩行者は青。車道は赤。そのはずだった。
止まれを示しているのに突っ込んでくる一台の車。目を凝らすと運転手の男はスマホをいじっている。それだけでも危険だが、さらにスピードを出している。うかうかしていたら衝突する。
全身の筋肉に力を入れて思いっきり前へと跳んだ。車はそのまま過ぎ去っていった。跳んだ勢いで地面に転がりスーツが汚れたが命に別状はなかった。これ以上深追いして面倒事に巻き込まれるのは嫌だ。俺はこのことをなかったことにして帰路を再び歩いた。
鉄の支柱で支えられている看板が目に入る。その支柱は錆びて、今にも崩れそうだ。いや、崩れかけている。看板が倒れてきた。早めに気づいたお陰で、看板に押し潰されることもなかった。
これもまた事故処理が面倒だ。
後片付けをするのはその後に起きる面倒事に巻き込まれたくはないからだ。だからこそ、この場は何事も無かったかのように去るのが一番だった。
さらに、暗くなってきた。街灯の光がさらに強く光を放っている。
その光に負けじと光るコンビニ。俺はその光の中へと入っていった。
今日は身の危険を感じるようなイレギュラーな出来事が立て続けに起きている。今年は厄年ではなかった。しかし、二度あることは三度あるとも言う。まだイレギュラーが起きる可能性がある。俺は身を引き締めるためにコーヒーを買うことにした。
店の奥側にある飲み物コーナーへと進む途中に、漫画などが売られたコーナーがあった。たまたまそのコーナーに目が動き、いつしか体も動いていた。
思わぬ寄り道。一つの漫画小説を手に取った。
緑色のカバーが印象的だ。表には「名探偵ルインと秘密のピース」と書かれている。その下に五巻と書かれていた。正直、漫画は一巻から三巻と最終巻さえ読めれば全てが分かると思っている。ただ、こんなにも続いていたのかと興味深く思い、あらすじを読み始めた。
その漫画は主人公の名探偵ルインが、親友であり警察の健治の持ってきた難事件を解決するという王道推理サスペンスである。
五巻のあらすじでは物足りず、白黒の紙を捲っていった。
数分間の葛藤。その後、ついに購入することに決めた。歯抜けとなった四巻はまた休日に本屋に行って買えばいい。カゴの中にコーヒーと漫画、それとおつまみを入れて会計を済ました。
荷物の入ったレジ袋を持ってコンビニから出ようとした時に現れる覆面の三人組。その一人が俺の顔に銃を当てた。そして、覆面の要求のまま両手を上にあげた。
彼らの目的は金の強盗。レジにある全ての金を渡すように強要していた。俺は人質。店員を焦らすための人質だ。
「おい、早くしろ。お前のせいで人が殺されるぞ。そして、お前も後追いで死ぬ。嫌だろ。だから、早く金目のものを全て出せ!」
もっとも面倒な事に巻き込まれた。この事故処理は大変だ。俺は後片付けが面倒なことはしたくない主義だ。人には限度が存在して、それを越すと手に負えなくなる。いくら後片付けが得意だからと言っても、今回のこれは限度を越していた。
もう早く帰りたい。目の前で汗を落とす女がジリジリと後ろに下がっていた。それだけ追い込まれているのだろう。だが、ここは早く彼らの要求を飲んで場を丸く収めるのが先決だった。
「嫌です。あなた達に渡せる汚れた金なんてありません」
そう言った彼女が逃げていく。心から「はあ」と苛立ちと驚きの混ざった声を落とした。
放たれる銃。一瞬、激しい痛みが体を襲うがすぐに慣れた。意識が遠のいていき、走馬灯が蘇る。
生まれてからずっと爪を隠してきた。その爪を見せることなく俺は生きてきて、結局裏でコソコソと過ごした。どんなに素晴らしい能力を持っていても結局表に出ることはなくここで幕を下ろすのだ。けれども、そのことに嫌気はささなかった。最初から最後まで一貫した自分を誉に思う気持ちの方が強かったからだ。
鳴り響く銃声音とともに、俺は重くのしかかっていく瞼を閉じた。
【壱】
真っ暗闇の中で立ち上がる。
死んだはずだった。あの時、銃に撃たれて俺は死んだんだ。それなのに、なぜか意識がある。
ただ、見渡してみると全てが黒い靄にかかっていて、現実ではないことを悟った。横や上がないことは当然として、床となる下も靄で包まれている。それなのに宇宙的空間のように無重力という訳でもない。
きっと死後の世界か夢の世界だろう。
そこに誰かの声がする。紛れもなく自分の声なのに、それは自分ではなかった。
「私は神である。とある世界に転生させるために死んで貰った」
「つまり、俺は死んだのですか」
「そうだ。神の力を持って殺しにかかったが、二度も退けられて大変だった」
そうか。暴走する車も倒れた看板も、今どき有り得ないような強盗犯も全て神の仕組んだことだったのか。
だが一つ気になる。わざわざ転生させるために殺したのならなぜ俺なのか。俺は密かに生きてきた。輝かしく生きる気はしない。そんな生き方を知らない。勇者になれと言われても困るし、チート能力などを貰って目立つのも嫌だ。できれば今まで通りひそひそと暮らしたい。そっちの方が楽だ。
「なんで俺が殺されたのですか。俺は目立つのが嫌いなのでチートとか勇者とかは絶対に嫌です」
どこからか笑いながら返された。「安心せい。お主を選んだのは紛れもない。少しでも目立つ気があると困ることだからな」
なるほど。それなら納得だ。平凡に暮らして、目立たないことになら自信がある。
「後は行けば分かる。それでは、未来を変えてくれ」
唐突に話が終わった。というか、終わらされた。
何とも適当な神なんだろうか。少し苛立ちを感じていく。
黒い靄がどこからともなく襲いかかり、闇の中に包まれた。その後は、無意識の状況下に置かれてしまったため神々の世界での記憶はそこで途切れた。
大まかに言えば、異世界転生。
詳しく言えば、パラレルワールドチックな異世界での人間憑依。
意識が戻るとそこは太陽の日差しが照りつける下。周りを見渡せば、地球と全く同じ匂いや色覚を持っている。小さな風に揺れる木々。少し茶色みを帯びた白色のアパート。異世界とは程遠く、まさに地球以外なんでもない場所だ。
自身の肌はいつもよりも白い。また、腕がごつい。すぐに、転生前の景見能鷹の体ではないことを悟った。つまり、転生して誰かの体に憑依したのだ。
白い軍手。憑依前のこの男はその軍手で透明な釣り糸を握っていたみたいだ。その釣り糸の先には縄跳びの紐が結ばれている。そして、縄跳びの紐が目の前のおじいさんの首を絞めている。
地面には赤い血液が飛んでいる。
左ポケットに入っているカッター。握る釣り糸。すぐに自分が、いや憑依前の男が目の前の人間を殺したのだと気づいた。
さっき見渡した限りではこの状況に気づいている人はいない。周りの雰囲気はとても静かで人気がない。
だから、どうした。すぐに人が来たら大変なことになる。そもそも逃げても結局警察がいたら大変なことになる。俺はようやく神によって非常に面倒くさい大変なことに巻き込まれたのだと知った。
【弐】
目の前に死体がある。このまま逃げた方がいいのか。
いや、違う────
死体を持っていくのはリスクがある。そして、縄や糸を残していくのもリスクがある。
俺は縄に手をかけてそれらを外した。
後は逃げるべきだ。そうして、森の中へと進んでいった。
ここまで逃げてこれば大丈夫だろうか。
穏やかな風が流れている。その場所で俺は持っていた荷物を地面に広げた。
カッター、釣り糸、縄跳びの縄、軍手、スマホ、車の鍵。一通りはこんなもんだった。特に、車の鍵があるというのならば、ここまで車で来たのだろうか。とりあえず、駐車場を探そう。
誰にも会わないことを願って森を下る。ようやく出た路地から戻るように進んだ。その途中で見つけた地図を頼りに車まで辿り着いた。
とりあえず、この場から離れたくて見切り発車で車を走らせていく。大通りを進めば何とかなるだろう。そう鷹を括り運転した。
どこまで車を走らせたのだろうか。
途中でコンビニへと入って、そこで車を止めた。ラインの音が鳴っていた。それを手に取って確認した。
"ゆかちゃん"という人からだった。
『約束通り、新城駅前のいつものカフェ集合ね』
そう言われてもどこか分からない。
『いつものカフェってどこだっけ?』
勢いよくフリックして文字を打ち込んだ。
『はあ?』『気が狂ったの?』
ちょうど良い返しだ。俺は『気が狂って、何もかも忘れた』と返したら、丁寧に教えてくれた。貼られたリンクを元にその場所を確認した。
それよりも、リンク先の場所は愛知県となっていた。愛知県というのは地球にある日本の中の一つの県である。つまり、俺は異世界へと転生した訳じゃなかったみたいだ。異様に見慣れた景色と思っていたが、まさか知っている所だったとは。
とりあえず、ゆかちゃんのお陰でこの男の家に帰れた。
帰ると否や汚れた靴をお風呂場の浴槽に浸けた。少しでも靴底についた血をとりたかった。
服を変えた。これだけ活かした服なら怪しまれないだろう。俺は想像する普通を装って約束のカフェへとやってきた。そこで、待っていた女が近づいてきた。彼女がゆかちゃんなのだろう。
「良かった。できたよね」
親指を立ててそれを首を横切るように動かす。それは殺したというジェスチャーである。
「うん、できたよ。それよりも助かったよ。そのせいで、気が動転してほとんどの記憶が抜け落ちちゃったから」
「そうだね。だって竜也はそんな格好でこんな所にこないしね」
なるほど、俺が憑依したのは竜也という男か。そして、その男はカフェなのにラフな格好でくる。適当な性格なのだろうと感じる。
カフェで目の前の女と出会えたことで状況を確認することができた。そして、家へと帰り二人で一つの部屋の下でくつろぎながらさらに深い状況を知ることができた。
俺は内藤竜也という男に転生したのだ。そして、この女は内藤友香。竜也の妻だ。俺によって殺されたのは友香の父であり、保険金目当てで殺人を起こした。計画は友香が、実行は俺が行ったのだ。
鳴り響く電話の音。友香が出ていった。それは訃報であった。まあ殺したのは俺らだからそれが来るのは知っていた。
とりあえず訃報をきっかけに仕事を休むことにした。友香もまた仕事を休むことになった。仕事の場所は分かっても仕事内容は分からない。今は順風満帆だった。
「疲れたね。明日は久しぶりの休みになったんだし。久しぶりにやらない」
「えっ、何を」
「とぼけなくてもいいよ。溶けあって一緒に混ざろう。竜也君」
俺には愛も何も無い。それもそうだ、この体は俺のものではなかったのだから。だが、体の中に残る意志が愛を溢れ出していった。その晩は大人の時間が流れていった。
【参】
警察が本格的に捜査を始めた。自殺かと思われたが、死んだ後にその場から外へと放り投げられたことになっていて、謎の怪事件となっていた。
毎夜、警察にバレないことを願った。
そして、三日、四日過ぎた晩の頃。友香が怒っていた。俺が帰ってくると否や愚痴をこぼしていた。そう言えば、今日は友香が刑事と合って話をする日だった。
「ああ、もう。ムシャクシャする。ねぇ、聞いて」
何かあったのだろうか。耳を傾ける。
「せっかく協力してやってんのに。鳳ルインっていう探偵が馬鹿にして……」
ふと聞きなれた名前が出てきた。
「待って。鳳ルインって」
「探偵がどうしたの?」
鳳ルイン。そんな変わった名前で確信した。ここは異世界だったのだ。漫画小説の中の世界だった。ルインは「名探偵ルインと秘密のピース」という漫画小説の主人公。そして、この事件は確か────
事件の一つに透明人間の投下事件というものがあった。一巻から二巻にかけて書かれたもので、俺はそれに目を通していた。犯人の男は睡眠薬で眠らせた被害者に縄跳びの縄をかけ、そこに釣り糸をくっつけ外に垂らした後、外から糸を引っ張って落とした。転生した直後はまさにその状況だった。
迂闊だった。まさか犯人に転生しているとは。確かルインがこのトリックを解くキッカケとなったのは刑事と友香の面会だ。そこに居合わせたルインが謎を解いてしまう。そして今はもう謎を解かれてしまった後だろう。友香の怒りの混ざる表情を見れば分かる。
もう、詰んだ────
「詰んだよ。もう警察にはバレる。全てがバレる」
「ごめん、どういうこと?」
「ルインが馬鹿にしたのはトリックに気づいたからだ。もう捕まるまでは時間の問題だよ」
「嘘でしょ。竜君。どうしよう」
泣いて抱きついてきた。服が濡れていく。
もう俺にはどうしようもない。何かすればいいのか思いつかない。そのせいで諦めの気持ちとなり、それがさらに深い諦めへと繋がる。
現実逃避。会社にも行かず、その場で愛のない愛を確かめる。
柔らかい唇が触れ合う。濡れた服がいつの間にかどこかへと退かされていた。これが内藤竜也と友香の関係だったのだ。
そして、二日後、礼状を持ってきた警察が部屋へと入ってきた。
家内捜査のため部屋へとズカズカ入っていく。俺と友香は取り調べのために署へと連れてかれた。
その途中で時間が止まった────
パトカーが、周りの車がなぜか止まっている。現実にはありえない状況だ。まさか時間停止するなんて誰が想像できたのだろうか。
そこに声がする。これは元の自分の声であり、神の声だ。
「うむ。駄目だったか。けれども駄目ならやり直せばいい。次は成功を期待する」
時間停止の世界が白黒へと変わる。そして、遠くの景色が黒い靄に包まれ、こちらへと近づいてくる。すぐに俺ら、いや俺は黒い靄に包まれた。
いつの間にか、俺は真昼間の晴天の下にいる。
両手には軍手をしている。釣り糸を持っていてその先には死んで埋葬されているはずの男がいた。
この情景は俺がここに転生した時と全く同じ。
つまり、タイムリープ。
俺は警察達に犯人としてバレてはいけない。バレたらタイムリープするのだ。犯行に関わるものを証拠隠滅して、影に隠すのが得意でなければこの仕事は務まらない。だからこそ、俺が選ばれたのだ。
と言っても、どうすればいいかは分からない。しかし、ここに立ち往生する訳にもいかない。
さあ、どうする? 俺────
見切り発車した作品です。需要とポイント次第で連載するかは考えますが今のところは続きはありません。