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「――耳を触らせて欲しい」
「……は?」
マティエが聞き返すと同時に、またしても爆音が闘技場を揺らす。
今度はスタンド席を削って、火の玉が爆発していた。既に避難は済んでいる箇所だったのが幸いだが、次の一発もそうなるとは限らないだろう。
「早く! 急がないと!」
「……もし嘘をついてたら膾にしますからね!」
物騒なことをいいながら、マティエは鉄帽を脱いだ。路地で見た鮮烈な記憶通り、灰色のショートヘアと、ぴんと立った二つの犬耳が現れる。
同色の瞳と合わせて良く見たいところだったが、マティエは頭を下げるようにして無愛想に突き出してきた。
「どうぞ」
「おお……」
眼の前に突きつけられる獣耳に、思わずため息が漏れてしまう。美しい毛並みは髪の毛の艶とも少し違っていて、どこか野生を感じさせた。
セレステは震える手を慎重に近づけ、ごくりと唾を飲む。
「で、では……失礼して……」
「っ!」
指先が触れると、マティエはぴくりと身体を震わせた。しかし、もう止めようがない。指を滑らせ、手のひら全体で包むようにして感触を楽しむ。
「っ、ひぅっ……」
やはり敏感なのだろうか、マティエは肩を揺らしつつも必死に声を堪えている。
一方のセレステは、一心不乱に愛撫を続けていた。ひと撫で、ひと揉みするたびに身体の中心から凄まじい勢いで魔力が湧き出てくるのだ。
触り心地も反応も、間違いなく想定以上だった。
「ま、まだ、ですか……っ!」
「も、もうちょっと……もうちょっとでフルパワーになるから……」
一生触っていたいとすら思えるレベルの触り心地に、思わず夢中になってしまう。特に耳の付け根辺りは、こりこりとした不思議な感触が癖になりそうだ。
そこでセレステは、手のひら全体で耳の肉感を楽しみつつ、指先で付け根をくりくりと刺激していく。
「っ! あっ、や、そ、そこはっ……!」
付け根を責められて、マティエは明らかに大きく反応した。立っていられないのか、足を震わせながら抱きついてくる。
触りづらくはなるが、ここまで来てそう簡単にやめるつもりはない。それに、このかわいい反応もギリギリまで見ていたかった。
「や、あ、やめっ、もう……っ、も、や、やめ……っ!」
セレステが執拗に同じところを刺激していくと、その声はどんどん切羽詰まっていく。
次の瞬間、なにかに耐えるようにセレステの身体にぎゅっと抱きついて、マティエは身体を震わせた。
「く、ふっ、う、あ、ぁっ――――」
艶めいた声を上げ、身体を強張らせたと思うと、マティエは脱力したようにへなへなと座り込んだ。肩で息をしながら、涙目でセレステを恨みがましく見上げてくる。
「はぁっ……はぁ、っ……充分、ですか……?」
その反応に、思わず感嘆のため息を漏らしてしまう。あまりに完璧すぎて、返答というには短すぎる一つの言葉しか出てこなかった。
「……最高」
マティエの耳を触ったことによって湧き出た魔力は、今や純粋な力となってセレステの全身に満ちていた。
体内に貯蓄しきれない分が白銀の魔力光となって身体から発散され、まるで光を纏うかのようにその身体を包んでいる。
「そ、それじゃあ……私は王女殿下を探しに行きます。後はお願いします」
「うん、あいつは任せて!」
立ち上がる時こそよろめいていたが、マティエは存外しっかりした足取りで去っていった。
改めてアリーナ内に目を向けると、魔力の波動に気づいたのだろう。魔族の女が、ちょうどこちらに目を向けていた。
「あら、まだ元気そうな子がいたのね。遊んであげるからこっちに来なさいな!」
女の手が素早く跳ねて、一発目の魔力弾が飛来する。おそらく衝撃弾だ。
高速で飛来する一撃は、このままでは避けきれない。瞬時の判断で、セレステは充填中の魔力を使って側面に盾を展開する。
命中した衝撃弾は破裂するが、魔力の盾に防がれてセレステには届かない。それでも凄まじい破壊力に地面がえぐられ、砂埃が舞い上がった。もろに命中していたらどうなっていたか、想像するだに恐ろしい威力だ。しかし、こちらの魔力充填速度も上がっている。これなら充分対処可能だろう。
――ならば。
セレステは前方へ疾駆しながら再び魔力充填を開始する。
ここに戦端は開かれた。