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百合の勇者と犬耳兵士~いいのか?私はいちゃいちゃするほど強くなるんだぞ?~  作者: テモ氏
第一章 助けた女の子とデートしてたら魔王軍が襲ってきたんですが
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 その声が聴こえてから間もなくして、会場内から大量の観客が飛び出してくる。

 彼らの悲鳴と衛兵の怒号に塗れ、闘技場の付近はたちまち混乱の坩堝と化した。

 勇者候補用の受付から飛び出してくる者の中には、候補と思しき冒険者の姿まで見える。

 睨み合っていたセレステと衛兵たちは、突然の状況に困惑した。魔王軍というのが確かなら、百年以上ぶりの出現となる。果たしてそんなことが起こるだろうか?


「あっ、お、王女殿下!」


 マティエの声に振り返ると、オフェリアが会場に向かって走り出していた。呼びかけも聞こえていないのか、殺到する人の流れに逆らって候補用の入場口へと消えてしまう。


「ちっ、世話の焼ける……耳付き、お前はここでそいつを見張ってろ! 残りの衛兵はついてこい!」

「……了解」


 ポポン卿は居丈高に命じると、衛兵を連れて走り去る。ジルは感情を飲み込むように、低く応えた。

 そうしている間にも悲鳴は止まず、会場内からは爆音や魔術を行使する高周波の音が聞こえてくる。

 セレステが思わず会場に顔を向けると、遮るようにマティエが剣を突きつけた。


「動くな!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

「貴方に言われなくても分かってる!」


 反論するマティエの目には、悔しげな色が滲んでいた。


「一緒に行こう。あいつらには任せておけないって顔してるよ。私も同感だし」

「余計なお世話です。ここには充分な数の勇者候補もいるはずです」


 言葉とは裏腹に揺れる剣先に、内心の葛藤が伺える。マティエもポポン卿には任せておけないだろうし、任務に忠実であればこそ、本当にやるべきことが何かは分かっているはずだ。

 爆音が耳をつんざく。今度は近い。中の状況は、刻々と悪化しているようだ。

 セレステは、これ以上待つことはできなかった。逡巡するマティエを見据え、断固とした口調で言い放つ。


「私は勝手に助けに行くよ。背中から君に斬りつけられようと関係ない」

「貴様……っ」

「その気があるなら、一緒にリア――オフェリアを助けに行こう」

「……くそっ」


 最後の迷いを捨てるように、マティエは悪態とともに切っ先を下ろした。

 そして、セレステにまっすぐ視線を返す。


「今だけです。王女殿下の安全を確保したら、絶対に牢屋にぶちこみますから」


 その返答に、セレステは頷いた。


「そう言ってくれると思った。さ、急ごう!」


 逃げ惑う人々の群れをかき分けて入場口をくぐると、早速目に入ってきたのは身の丈3ムールはあろうかという大型の石兵(ゴレム)の姿である。

 勇者候補と衛兵が必死に止めようとしているが、暴れまわる巨体を抑えられずに苦戦しているようだ。


「魔王軍って、あれかな?」

「いえ、あれは選抜で使う魔物のはず。暴走しているようですが」


 答えるが早いか、マティエはサーベルを構えて石兵へと馳せる。

 巨体にたじろぐ衛兵たちをすり抜けて接近すると、石兵はマティエに標的を移したようだ。大型の身体に似合わぬ機敏さで上半身を捻ると、凄まじい勢いで拳を打ち下ろす。

 マティエは素早い身のこなしで側面に回避し、石兵の攻撃は空振った。

 大質量の一撃を受けて、石造りの床が叩き割れる。すかさずマティエは床に突き刺さった石兵の腕を蹴って跳び、高さを稼いで壁を蹴る。三角跳びだ。

 そのままマティエは石兵の肩に着地し、サーベルを後頭部の制御用の魔石に突き立てた。弱点を砕かれた石兵はがくりと震動して、そのまま機能を停止する。

 石兵からひらりと降りると、マティエは唖然としている勇者候補と衛兵たちに指示を出した。


「貴方達は避難誘導をお願いします。できれば他の候補や衛兵とも連携して、迅速に」

「りょ、了解!」


 華麗とも言うべき戦闘を見て、衛兵と勇者候補たちは素直に従った。ひとかどの使い手だろうとは想像していたが、まさかこれほどとは思わなかった。セレステは、思わず称賛の声を上げてしまう。


「やるじゃん!」

「新手が来てます! 口より手を動かす!」


 マティエが指差す方向を見れば、これも試験用のモンスターだろう、凶暴化した狼の魔物――魔狼たちが殺到していた。数にして5頭、統率が取れた動きである。


「はいよ、っと!」


 飛びかかってきた一頭目に戦棍を振り下ろして床に縫い付けると、前方に飛び込んで左右から同時に突っ込んでくる二頭分の牙をくぐり抜ける。

 反応が遅れた後方の一頭の頭蓋を横薙ぎに打ち抜き、足元に噛み付こうとするもう一頭の顎をすくい上げるような軌道で粉砕した。

 そのままセレステはすばやく振り返るが、後ろに逃した二頭は既にマティエが始末している。胴体と首を分かたれて床に転がった死骸は、芸術的とも言えるほど見事な切断面を晒していた。


「いました! あそこ! 柱のそば!」


 マティエが指差す方に目をやると、赤い髪飾りが見えた。オフェリアだ。誰かを探すようにしきりに辺りを見回しながら、どんどん奥に進んでいく。あちらはスタンド席の方面だろう。

 二人はすぐに追おうとするが、刹那、爆発音とともに近くの壁が崩落する。


「な、何ですか!?」

「多分、衝撃波系統の魔術だと思うけど……げほっ、この出力は異常かも」


 巻き上がる砂埃に咳き込みながら、セレステは崩壊した壁の向こうに目を向ける。丸見えになっているのは、本戦会場――アリーナである。あの魔術は、こちらの方角から飛んできたはずだ。


「あはははは! そんなもの!? 勇者候補が聞いて呆れるわよ! 100年の間に腑抜けたのかしら!?」


 その高笑いの主は、アリーナの中心で複数の候補たちと戦っている女だった。

 女は黒いマントを翻し、自分に挑む相手を次々に魔術で倒していく。そのたびにマントの下で揺れるのは、こぼれそうなほどの双丘だ。

 胸元のぱっくりと空いた服装なのも相まって、ひょっとしたらまろび出てしまうのではないかという勢いだった。バストとヒップを強調するように、きつくコルセットで戒められているのもポイントが高い。


「……あいつが魔王軍、らしいですね」

「え? ああ、そうだね。そうだと思う。ありゃ並の人間の乳力パワーじゃないし」

「ええ。人とは違う匂いがします」


 生返事の上にセレステが違うところを見ていることに気づかずに、マティエは真剣にうなずいた。

 だが、女がとんでもない魔力を持っているのも事実だ。ほとんど充填時間もなしに強力な魔術を放っている様は、まさに人間離れしていると言えよう。


「おそらく、モンスターの暴走も奴のせいでしょう。このまま放っておけば、闘技場が崩落しかねません。迅速に対応しなければ」

「……よし、二手に別れよう。あいつは私に任せて、そっちは王女を」

「しかし、手強そうですが……大丈夫ですか?」


 懸念の目を向けるマティエだったが、セレステには考えがあった。


「このまま行っても厳しいかもしれない。だから、一つだけ助けて欲しい」

「わかりました、では私は何を――ひぁっ!?」


 突然尻をなで上げられ、マティエは可愛らしい声を上げて飛び上がる。

 直後、場合によっては即斬りつけられるかと思ったが、正気を疑うような目で見られるだけで済んで安堵する。唐突すぎる行為に、驚きが勝ったようだ。


「な、何を!?」

「実は私、女の子といちゃいちゃすると魔力が強化されるんだ」

「なにを言ってるんです、こんな状況で……! 正気ですか!?」


 セレステは、真剣な眼差しで言い放った。


「正気だよ。魔石だとかその他の魔力触媒と同じで、私の場合はそれがいちゃいちゃなの。要は、女の子と接触して相手を興奮させたり自分が興奮したりっていうことなんだけど。だからお願い――あいつを倒すために、今から私といちゃいちゃして」

「な……」


 あまりにも清々しい断言に相手が鼻白んだところで、セレステは一気に畳み掛ける。


「一刻も早くあいつを倒さないと、この闘技場自体が崩壊する。そうなったら、オフェリアも危ない」

「え、ええ。それはそうです」

「だから魔力を強化して、私が一人であいつを倒す。その間にそっちがオフェリアを見つけて助け出す。二手に分かれれば効率もいい」

「しかし――」


 マティエの反論は、爆音にかき消される。

 見れば、巨大な火球がアリーナの反対側に命中したところだった。屋根が崩れ落ち、逃げ惑う人々が砂煙に巻き込まれていく。


「早く! 迷ってる場合じゃない!」


 切迫する状況と強引な説得を受けて、マティエはついに首を縦に振った。


「くっ……わかり、ました。しかし、具体的にはどうすれば……?」

「んー……」


 品定めするように、マティエの身体を上から下まで観察する。プロポーションは並だが、鍛え抜かれたしなやかな身体は触り心地も良さそうだ。

 しかしそれよりなにより、セレステには最も気になる場所があった。


「耳を触らせて欲しい」

「……は?」

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[一言] 魔王軍(たいぎめいぶん)
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