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セレステとリアは、選抜会場である闘技場に向かって大通りを進んでいた。
思わぬ寄り道をしてしまったせいで、受付時間の締切が地味に近づいている。
約束のいちゃいちゃは終わった後に改めてお願いすることにして、まっすぐ目的地へ向かったほうが良さそうだ。
なにせ、これを逃したら次のチャンスは十年後なのだ。遅れることだけは絶対に避けたいところだった。
勇者選抜試験とはそのまま、王国が正式に勇者を選抜するための試験である。
エントリーは一チーム一人から五人まで、原則として勇者経験者はエントリーできない。
各地方予選を突破した者が免状を持って王都に集まり、これから闘技場で行われる最終試験に臨むのだ。
その内容は大型モンスターとの戦闘、選抜委員会による面接と、そして最終候補たち同士での一騎打ち。これらを突破した者、あるいはパーティが、後日開かれる式典で王直々の任命を受けることで晴れて勇者となる。
任期は十年、つまり満了と同時に次の勇者が選抜される。
勇者は王国から潤沢な予算の他、スポンサーからの最新型のアイテムなどのバックアップが受けられることとなっている。勇者が使っているというだけで、その宣伝効果は相当なものだという。つまり、それだけ勇者は顔が売れるのだ。
また勇者は魔物や盗賊の討伐の他、国家の行事に出るなどの仕事も受けることとなる。言ってみれば、「国公認の冒険者」が勇者なのだ。
かつて勇者の目的と言えば魔王を倒すことだったが、魔王軍との「休戦」が百年近く続く今となっては、既にそうした性格は忘れられていた。
休戦を機に国境線を封鎖した魔王領とも、以来ほぼ百年間に渡って国交がないままだ。十年ほど前に代替わりしたとも言われているが、こちらの真偽も不明である。
「すごい人混みですね」
「そうだね。はぐれないようにしないと」
会場に近づくにつれて人の数が多くなってきた。手を繋ぐべきか迷ってちらりと目をやると、リアは目を輝かせて辺りをきょろきょろと見回していた。
「なんか楽しそうだね」
「はい! すごく楽しいです! 実は、一人でお城の西側に来るのは初めてで。まして、自分で歩いてだなんて……まあ、だから会場の場所がわからなくて困ってたんですけどね」
そう言って恥ずかしげに笑うリアだが、つまりは必ず誰かを引き連れて馬車などで出かけていたということになる。もしかしたら、これは想像以上にお嬢様なのかもしれない。
「なるほど、そこで悪いやつに絡まれちゃったってわけか」
「はい……」
セレステの言葉に、リアはふっと顔を曇らせる。
「……さっきは助けてもらったのに突然逃げてしまって、ごめんなさい。わたし、訳あって衛兵さんたちから隠れてて」
「隠れるって……なにかしたの? 悪いことするようには見えないけど」
「……実は、そうでもないんです」
自嘲的にこぼした微かな笑みには、やはり不思議な気品があった。この雰囲気なら、悪いことの種類によってはされるのもやぶさかではない。
軽く見惚れつつも、セレステは気になっていることを問う。
「その悪いお嬢様が、なんで選抜会場に行きたいの? 知り合いが出るとか?」
「いえ、そうではないんですけど……実は、待ち合わせをしていて」
「待ち合わせ? もしかして……デートとか?」
「そっ、そういうのじゃないです! 違います!」
「えっ、すごく動揺してる……怪しい……」
適当にカマをかけただけで、リアは予想以上に動揺した。わたわたと慌てる様子はなんともかわいらしい。と言うか、いちゃいちゃはわからなくてもデートは知ってるのか。
「ほ、本当にただ、とても久しぶりに会うからっていうだけで……あっ、そ、そうだ! セレステ様は、なぜ勇者になりたいと思ったんですか?」
「ん? そりゃあもちろん――」
この問いに、セレステはにやりと口の端を上げる。
「かわいい女の子たちを集めてパーティを作るためだよ!」
「かわいい女の子たちを? 強い人たちじゃなくていいんですか?」
「そう! 勇者になれば名前も顔も知られるし、絶対モテるでしょ。しかも予算もいっぱい出るって聞くし、関所なんかも顔パスって言うし。ってことは、世界中回ってかわいい女の子をスカウトしまくって私だけの最強パーティを作るのにまさにうってつけでしょ!? それで冒険したら最高に楽しいと思うんだよね……へへへ……」
「なるほど……すごいです。そういう目標がある人って」
セレステの熱弁を聞いたリアは興味深げに頷くと、含みなく称賛した。
まさかそんな反応を返されるとは思っていなかったので、ついつい頬が緩んでしまう。
「へへへ、そうかなー? ま、かわいい女の子といちゃいちゃするのが一番大好きなことだし。それに戦うのも得意だからちょうどいいかなって。どうせ頑張るなら、せっかくだし好きなことしたいじゃん」
「……なんだか、羨ましいです。そこまで好きって言えることがあるの」
「ん、リアは? なにかないの? やりたいこととかさ」
「……そう、ですね……ないのかもしれません、わたし。普段はお父様やお母様に言われる通りにしているだけですし、毎日同じように過ごしているだけで……だから言ってみれば今日は、人生で一番の無茶をしてるんです」
そう言って、リアは気恥ずかしげに笑う。確かに、一人でほとんど出歩かないお嬢様にとっては、相当な冒険だろう。それほどの行為に及ぶ原動力なのだから、よほどその「待ち合わせ」は大事なものらしい。
「案外気づかないだけで、もう見つけてるかもよ。好きなもの」
「そうですか?」
確証はないが、リアの表情を見ているとそんな気がした。そもそも、自分なりに無茶をしているという時点でそれだけのきっかけがあるはずだ。
「どうしてもそれがしたいってことが見つかったらさ、身体が勝手に動いちゃうもんだよ。勝手に、だから自覚はないかもしれないけど」
「勝手に……ですか」
「うん。だから心配しないでもいいんじゃないかな――お、見えてきた」
セレステが気づいて指さしたのは、選抜会場である円形闘技場の巨大なシルエットだった。