2
セレステはまず、現状を分析することにした。
選抜会にはなんとしても出なくてはならないし、できればリアを見つけていちゃいちゃする約束を果たしてもらいたくもある。それになにより、あの様子だとまた誰かに絡まれやしないかが心配だ。
何であれ、とりあえずなんとかして解放してもらえれば最良だが、マティエの雰囲気から察するにそれは不可能だろう。
だが耳を露出させてしまったのはただの事故だし、セレステはそれを見て思わず「かわいい」と言っただけだ。あれが侮辱罪に当たるというのなら、差別用語を喚いていたポポン卿など三回ぐらい死刑にできるんじゃないだろうか。
加えて勇者候補たちの件についても、言ってみれば冤罪である。
リアが証言してくれれば疑いも晴れるだろうが、忽然と姿を消してしまっている以上それは難しい。そういう意味でも、リアをなんとか見つけ出せれば二重にありがたいのだが。
しかし待っていてもどうしようもないだろうし、まずは手錠と見張りをなんとかして自力で探しに行くしかないだろう。
セレステは、自分を見張る衛兵を横目に捉える。槍で武装しているが頼りなく、マティエよりは全然弱そうだ。というより、下手したらあの勇者候補たちよりも弱いのではないだろうか。
どちらかと言えば、今の問題は戦力よりも人目である。手錠をかけられた者が衛兵と戦うなんて、誰が見ても通報ものの事件だろう。どう考えても、この場で暴れるのは得策ではない。
視線に気づいた衛兵がこちらを見たので、セレステは慌てて大通りの反対側辺りに目を逸らした。
「……あ」
飛び込んできた見覚えのある人影に、セレステは思わず声を上げる。
大通りの反対側に立ってこちらを見ているのは、フードを被った小柄な少女――リアだ。
相変わらず目深に被ってはいるが、今度は表情も伺えた。セレステを置いていったことを気にしているのか、申し訳無さそうにこちらを見ている。何にしても、探す手間が省けたのは助かった。
「……何だ? 誰か知り合いでもいるのか」
セレステの様子に気づいた衛兵が訝しげな視線を向けると、リアは慌てて背を向けた。
もしかしたら、リアは衛兵に見つかりたくないのかもしれない。そう考えれば、先程突然いなくなったのも説明がつく。見かけによらず、あの少女はなにか訳ありのようである。
しかしそうなると、リアに証人を頼むのは難しいだろう。
ということは、この時点で選べるのは次の二つのうちどちらかということになる。
一つ目。大人しく牢屋に護送され、沙汰を待つ。
そして二つ目。リアと一緒に選抜会に行き、いちゃいちゃするついでに勇者になる。
――どちらを選ぶか、考えるまでもない。
全てに優先されるべきなのはもちろん、かわいい女の子とのいちゃいちゃである。
「あの」
まだ大通りの反対側を見ている衛兵に、セレステは声をかける。
「何だ?」
「逃げるね」
「……なっ!?」
短く告げるが早いか、セレステは全力でさっきの路地に向かって駆け出した。
「ま、待て! 止まれ!」
慌てた衛兵は追いかけてきたのを確認して、路地の真ん中あたりで急に立ち止まる。
この辺なら人目にもつかないし、ちょうどいいだろう。
「動くな! 何のつもりかは知らないが、逃げ出しても無駄だぞ!」
槍を突きつけながら、衛兵が怒声を上げた。作戦通り、しっかり間合いに入っている。
セレステは振り返りざま、手錠の鎖でぐるりと穂先を巻き込んだ。そのまま巻き取るように側面に流し、衛兵の手から槍をもぎ取る。バランスを崩した衛兵の頭部めがけてすかさず叩き込むのは、鋭角な回し蹴りだ。
打ち捨てた槍が地面にからりと落ちるのとほとんど同時に、衛兵の身体は地に伏した。
セレステは気を失った衛兵から手錠の鍵を奪い、外す。
「悪いね、これも私の野望といちゃいちゃのためだから」
済まなそうに呟くが、倒れたままの衛兵には聞こえていないだろう。
せめてもの詫びに液体魔術薬を横に置くと、セレステは立ち上がった。
これで後戻りはできない。リアと合流して、会場に急がなくては。
またどこかへ消えていたら面倒だが――と思ったところで、視線を感じて路地の入り口を見る。どうやら杞憂で済んだようだ。
そこにいたのは、こちらを不安げに覗き込んでいるリアその人だった。