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「やはり強さは本物ですね……」
あそこまでの凄まじい奮迅ぶりを前にしては、さすがのジルも認めざるを得ないようだ。
オフェリアも驚いたようで、感嘆の声を上げる。
「すごい……あの方、セレステ様のお友達なんですよね?」
「友達っていうかなんていうか……」
状況にそぐわぬ邪気のない問いを受けて、セレステは返事に困ってしまう。そういえばこの王女は、「いちゃいちゃする」の意味も知らなかったじゃないか。
「ほら、急ぐぞ!」
ラカの声に、セレステたちは我に返った。
戦い続けるヘルミナを背にして、回り階段を登っていく。
しばらく階段を登ると踊り場で向きが変わり、また階段が続く。罠の類は今の所ないが、なかなかに長い。
セレステは心配してオフェリアに視線を向けるが、予想に反してきびきびと歩いている。見かけ以上に体力はあるようだ。あるいは、親友のために頑張っているのか。
いじらしいオフェリアを前に、セレステは考えた。この先、もしオフェリアが疲れて歩けないなどという展開になったら、自分が背負うか抱くかしよう。だが、そうなるとライバルはラカだろう。ラカは既に気絶したオフェリアを抱きかかえた前科がある。
しかしセレステの思惑は虚しく、オフェリアが疲れるよりも早く階段は終わり、また廊下に突き当たった。
「あっちだ! あの階段を登れば真の玉座の間だぞ!」
ラカの言葉通り、廊下の先にまた回り階段が見える。予想していたよりもずっと楽に辿り着けそうだ。このまま、コアが本格的に起動する前に行ければいいのだが。
しかし、先を急ごうとしたセレステたちの前に、道を塞ぐように真紅の転送陣が現れる。聞いていた通り、向こうからは転送できるようだ。
「ちっ、面倒な……!」
陣を抜けて現れたのは、四足歩行の巨体だ。その姿を前に、ラカが舌打ちする。
獅子の頭部に、鋭い爪を持つ前足と蹄を持った後ろ足、そして鉄鞭のように硬質な三本の尻尾。隆々と盛り上がる身体は、ところどころが鱗に覆われている。
その魔物の名は、キマイラ。
いくつかの動物をかけ合わせたような姿でありながらどれにも属さない異形は、獅子の口をがぱりと開けて錆鉄を引き裂くような咆哮を上げた。
それを号令に数体の機械人形が続いて飛び出すと、陣が閉じられる。
「セレステ!」
「うん!」
ジルの呼びかけに頷き、セレステは床を蹴った。おそらく考えていることは同じはずだ。
――キマイラに先手を取られることだけは避けたい。あの質量に飛びかかられてもし防ぎきれなかったら、オフェリアに危険が及んでしまう。だったら、こちらから仕掛けるほうがリスクは格段に小さいだろう。
魔力を充填しつつセレステが先行すると、ジルはその後ろで刃を構える。
前線でセレステがキマイラを足止めし、すり抜けた機械人形はジルが仕留める。何も言わずとも、二人は自然にそれぞれの役割を把握していた。
一方のラカは二人が前衛に出るのを見て、オフェリアの側を固める。最後方で護衛しつつ、前衛を援護するという算段だろう。
セレステは、キマイラが動き出す前に顔に向けて〈火焔弾〉を放った。魔力弾は容易く命中して爆ぜるが、魔獣は煩わしげに唸りを上げるだけだ。体毛すら焦がすことはできていないのを見るに、予想通り魔力抵抗が高いらしい。
だが、それでも瞬時の目眩ましにはなった。間合いに入るには充分な隙だ。
「はぁぁぁぁッ!」
気勢とともに、セレステはキマイラの頭部に戦棍を振り下ろす。しかし鎚頭が砕いたのは床の石畳だ。キマイラは飛び退り、お返しとばかりに口腔から火焔を放つ。
「〈魔力壁〉!」
魔力障壁を展開し、セレステは炎から身を守った。飛び散る熱波と火の粉が、廊下を眩く照らす。
その横をすり抜けて車輪で疾駆するのは、後方を狙う機械人形たちだ。その数は五体。メイド服の上から装甲を着込み、おのおの剣や槍で武装していた。
ジルは姿勢を低くし、剣を脇構えに待ち受ける。瞬発に備えて筋肉を撓ませ、鋭く息を吸い込んだ。
先行する二体の車輪が同時に間合いに踏み入れた刹那、銀光が翻る。
刃は一体の首を過たず断ち切り、その軌跡でもう一方の胴体を真っ二つに叩き割った。
直後に続く三体は散開、三方向から一斉にジルへ殺到する。仲間の骸が床を舐めるのを見ても怯まないところは、なるほど機械人形らしい。
左から繰り出される槍を捌き、右からの刃を弾いたところで、ジルは後方に新たな転送陣が現れたのに気づいた。追加の機械人形の群れが、我先と飛び出してくる。
「後ろだ!」
「こちらは任せろ!」
ジルに応えたのは、後衛のラカだ。
オフェリアを挟んで向こう側に立つと、サーベルに電撃を纏わせて振り放つ。
翠緑の閃光は一体目の人形を吹き飛ばすが、その破片を踏み砕いてさらに一体が突貫してきた。
「――おらァァッ!」
裂帛の気勢とともに電光となった刃は、頭頂部から人形を両断した。
続く一体に返す刀で電撃を浴びせつつ、ラカは振り向いて叫ぶ。
「オフェリア様、そこから動きませぬよう!」
「は、はい!」
前後を激戦に挟まれているオフェリアだったが、その返答は予想外に気丈である。もっと怯えてもおかしくない状況だが、やはり肝は据わっているらしい。
「囲まれてるか……そろそろやっつけないと、かな!」
ちらりと後ろを見て、セレステは戦棍に魔力の充填を開始する。少なくとも、前後どちらかの敵は片付けないとオフェリアが危険だ。
セレステがよそ見したと思ったのか、キマイラは何度目かの突進を開始する。隙をつこうとするだけの知能はあるようだ。
しかし、もちろん注意を欠くセレステではなかった。
食らいつこうと飛びかかるキマイラの大口めがけ、戦棍を向ける。魔力の充填は、既に充分である。
「〈衝撃弾〉!」
口腔に向けて放たれた白銀の破壊力は、キマイラを吹き飛ばした。
なんとか着地するキマイラだが、その口からぼたぼたと落ちるのは赤黒い液体である。魔力抵抗が高くとも、身体の内側に喰らえば流石に無事では済まされない。
「行きます!」
苦しむように唸る魔獣に斬りかかるのは、人形を全滅させたジルだ。飛びかかる剣士をキマイラは爪で迎撃するが、体内の損傷のせいでその勢いは鈍い。
ジルはくぐるように身をかがめると、一気に踏み込んで接近する。すれ違いざまに閃光のごとく跳ね上げた刃が、魔獣の首を深く切り裂いた。
滝のように鮮血を吹き出しながらよろけたキマイラは、音を立ててその場に倒れる。
これで前方の敵は全滅した。
後方も終わったようで、振り返ると目があったラカが頷きを返してくる。
オフェリアもまた、前後の戦闘の終了に胸をなでおろしていた。
その足元に、赤い魔法陣が浮かび上がる。
――転送陣だ。
「リア!」
廊下に響く、高周波の魔力音。セレステは迷わず床を蹴っていた。今オフェリアに一番近いのは自分だ。
異変にオフェリアが気づく頃には、すでに陣は輝きだしている。
だが間一髪、セレステの方が早かった。
オフェリアを陣から突き飛ばし、会心の笑みを浮かべる。
「間に合っ――」
瞬間、セレステは真紅の光に包まれた。
転送陣が、発動したのだ。