1
大扉を開けると、両脇を守っていたはずの機械人形はその場に倒れていた。
傷は見当たらないから、内部の故障か何かだろう。あるいは、城が揺れた際に何かが起こった可能性もある。
「こっちだ」
外に出た一行は、ラカの案内に従って廊下の先の階段へと向かう。廊下と同じく広い幅の階段は、いくらか登った所で踊り場を挟んで直角に曲がり、上へと続いているようだ。
言わば、大きな回り階段とでも言うべきだろうか。
「この階段を登っていけば、真の玉座の間に辿り着けるはずだ。少なくとも、今はまだ」
「えっ、何その不穏な感じ」
含みのあるようなラカの言い方に、セレステは不安を覚えた。今はまだ、というなら近いうちになにかが起こるということになる。
「今の魔王城は、言わば戦闘態勢にある。状況に応じて罠や魔物を展開させ、城の構造すら変化させることができるんだ。玉座の間へ続く道には、特に重点的な警戒がなされているだろう――つまり、この先なにがあってもおかしくはないということだ」
やはり、道のりはなかなかに困難そうだ。
セレステも一応、冒険者としてそれなりの場数は踏んできている。今更ちょっとやそっとのトラップで驚くことはないが、今回は何よりオフェリアを守りながら進まなくてはいけないのだ。
できれば、そんな危険なルートは通らないで済ませたいものだが。
「転送術は使えないの? さっきキーラが玉座ごとやってたけど」
「あれは例外だ。コアが選んだものしか転送できないようになっている。それ以外のものは、今はもう転送室からも脱出できなくなっているだろう」
「じゃあ歩きしかない、ってことか」
正面突破はセレステの好むところだったが、今回ばかりは気が進まなかった。
仕方なく歩を進める後ろから、唐突に歯車の軋む音が聞こえる。
振り返ると、倒れていたはずの機械人形がゆっくりと起き上がっていた。
人形は腰の剣を抜くと、脚部から車輪を出して滑るようにこちらへ向かってくる。
「うわっ、こっち来た!」
「〈雷閃〉!」
凄まじい速度で接近してくる人形は、しかし無慈悲なほど強力な電撃で粉砕される。
すらりと手を伸ばしていたのは、ラカである。やはり魔王の側近だけあって、その実力はヘルミナに勝るとも劣らないようだ。
「コアが命令を変更したんだろう。おそらく他の人形も――」
ラカの声に応えるように、無数の機械音が廊下の向こうから聞こえてきた。
一体目のメイド人形の姿が見えた直後、後を追うように人形たちの群れが出現する。
剣や槍などの武器を持つ個体も多いが、腕などか飛び出した刃や鉄球を振り回している人形も見える。
廊下を埋め尽くすほどの人形は、もはや一つの波のように殺到していた。
途切れなく終わりも見えない群れとの接敵は、もはや時間の問題だろう。
「どうしますか!? あの速度だと走っても追いつかれそうですが……!」
ジルは剣を抜くが、その表情には焦りの色が伺える。
一体一体の能力は大したことないだろうが、あのでたらめな数である。その上、こちらには守るべき対象があるのだ。このままでは、間違いなく厳しい戦いを強いられるだろう。
「趣味じゃないけど、しょうがないわね」
物憂げなため息まじりに呟いたヘルミナは、片手に魔力を充填させている。
「ラカ、ご主人さまたちの案内は任せたわよ。私はあのポンコツどもを壊したら後から行くわ」
「……わかった。済まない、ヘルミナ」
「あら、勘違いしないで。私はご主人さまのために戦うだけよ」
頭を下げるラカに軽い口調で返すと、ヘルミナは思い出したように振り返る。
「そうだ。ご主人さま……?」
「えっ、な、なに?」
すぐそこまで敵が迫る中、唐突に甘い声で呼びかけられてセレステは戸惑った。
しかしヘルミナは気にせず、おもむろにセレステの耳元に唇を寄せて吐息とともに囁く。
「あとでご褒美、たくさん下さいね?」
ゆっくりと離れたヘルミナは、期待するような上目遣いとともに淫靡な笑みを浮かべていた。エロすぎる。というかこれがもうご褒美なんじゃないだろうか。
あまりの艶にとっさに言葉を失って、セレステはただ何度も頷きながら親指を立てる。
それを肯定と捉えたのだろうか。満足げに頷くと、ヘルミナは人形の群れへと跳躍した。
同時に中空へ放った右手の魔力は、跳躍の軌跡の先で黒紫の魔法陣に変化する。しなやかな影は、そのまま開いた陣へと飛び込んだ。
そして。
くぐり抜けた刹那、その身体は硬質の鎧へと変貌を遂げている。
禍々しく鋭利な黒紫の鎧。その手に握るのは、漆黒の長剣。
――〈鎧殻招来〉である。
空中で上段に構えた刃には、既に長剣には魔力が込められていた。
転瞬。落下の勢いまで利用した斬撃が、人形の群れへと叩きつけられる。
先行していた集団はその一撃で破壊され、あるいは吹き飛び、部品とも言えないほど微塵な破片となって廊下に飛び散った。
「遊んであげるわ、お人形さんたち!」
振り回される刃は鉄風となって、人形をことごとく千切り飛ばす。
一体たりともすり抜けることはおろか、近づくことすらできずに彼らは粉砕されていった。




