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「さあ……思い切り、やってくださいませ……♪」
四つん這いになり、期待に揺れる尻を突き出した状態で、ヘルミナはセレステを振り返る。
そう、彼女の望んだ条件とは尻叩き――いわゆる「おしりぺんぺん」をされる事だった。
みっしりとした量感の臀部を前に、セレステはごくりと唾を飲み込む。全く必要のない場であるというのに、魔力がどばどばと湧いてくるのがわかった。
「じゃ、じゃあ、行くよ……!」
意を決して、手のひらで尻を――叩く。
「――あひぃんっ!」
嬌声とともに、二つの白い曲線がきゅんと震える。ひと叩きだけでヘルミナは足を震わせ、それだけで達してしまいそうに見えた。
しかし、ヘルミナは再び濡れた目をこちらに向ける。待ちきれない、といった感じの切羽詰まった声で、さらなる折檻を強請ってきた。
「も……もっとたくさん、強く、容赦なく叩いてくださいな……!」
「よ、よーし……うりゃっ!」
「ひっ、いぃぃんっ!! もっ、もっと強く……っ、この薄汚い豚にお慈悲をぉっ♪」
セレステの手のひらを受けて、ヘルミナは白い喉を見せて歓喜に打ち震える。
ジルはその光景を前に、絶望にも似た声を吐き出した。
「……なんだこれ」
「お、おおう……まにあっくじゃな……わ、何をする!?」
「教育に悪いです」
後ろからジルに目隠しされ、ティオはじたばたと抗議する。
「わっ、わしを子供扱いするでない! いちおう二百歳越えてるんじゃぞ!」
「ひゃうぅんっ! もっとぉっ♪」
結局、ヘルミナが快感のあまり失神するまでの十五分にわたってこの謎の時間は続いたのだった。
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しばらく経って。
四人の姿があったのは、再び外である。
尻叩きのあと、奪還に向けての詳細な計画を立てたセレステたちは、早速出発することとなった。
赤くなった尻たぶをさすりながら、ヘルミナは恥じらう。
「はぅ……まだお尻がじんじんします……♪」
「……痛いのが好きなら、私が叩けばもっと早く終わったんじゃないですかね」
冷めきった目で尻を見て、ジルはぼそりと呟いた。
その視線には気づかないのか、ヘルミナは上機嫌で転送陣を展開する。足元に黒い円が広がり、魔力光がその内側に幾何学模様を作り出した。
闘技場で見た時よりも丁寧に構築しているように見えるのは、セレステたちへの心遣いだろうか。
陣の完成までの間に、セレステは奪還への道筋を確認する。
「で、具体的な作戦だけど……」
「うむ。ヘルミナよ、お主の転送術では直接王女のところには飛べないのじゃな?」
「ええ。城内のどこを目的にしても、一階の転送室に飛ばされるようになってるわ。暗殺を防ぐための仕組みね」
舞うように術式を展開しながら、ヘルミナが答えた。
セレステは聞きながら、果たしてその仕組みとやらがどれだけ有効なのか疑問に思った。考えてみれば、二代続けて魔王が殺されているのだ。あるいは、それだけ魔王領が不安定な場所だったということなのかもしれないが。
「到着後、見張りを無力化。制服を奪取し、王女が囚われている部屋に向かい、奪還する。転送室まで王女を護衛、然る後に脱出――」
独りごちるように、ジルは作戦の流れを口にする。かなり乱暴な作戦ではあるが、正面突破よりは成功の目算もある。
問題は、ヘルミナの存在に気がついたラカ辺りが兵士を引き連れて転送室に殴り込んでくる可能性があることだ。もしそうなってしまったら、そこからは派手に暴れる以外道はない。
また、これはジルの心配するところだったが――結局ヘルミナが裏切った場合、敵地の真ん中に二人で取り残されるおそれもある。
こうなってしまっても、頼れるのは己の腕だけとなるだろう。しかしこちらの場合は、転送での脱出が不可能な分さらに撤退が困難となる。
だが現状、この方法以外には12日かかるルートを地道に進むしかないのだ。一日でも早くたどり着くには、ヘルミナの力を借りるのが一番いい。
しかし最後まで難色を示していたジルが不承不承にも納得したのは、意外にもティオの言葉だった。〈天眼〉の力でヘルミナの心を「視た」ティオが、顔を真っ赤にしながら「こ、こやつ、本物じゃ……本当に自分をセレステの犬だと思っておる……」と言ったのを見て、呆れつつもなんとなく説得力を感じてしまったのだ。
「部屋の場所はわかっておるな? ちゃんと覚えたな?」
「私が案内するから、安心していいわよ」
ティオが心配そうに聞いてくると、やはりヘルミナが答える。王女が現在軟禁されているだろう部屋は、天眼によって判明している。
牢獄や塔などではなく、それは普通の部屋――それも賓客のためのゲストルームであるらしい。
「さ、できました。この円の中にどうぞ」
完成した転送陣は、三人が余裕で入れるほどの大きさだった。ヘルミナは、その上で呼び込むように手を広げる。
「ん、よろしくね」
セレステはすぐに陣の中に入るが、ジルは今ひとつ信じきれていないようで、あくまで猜疑の目を向けながら渋々と足を乗せた。
「大丈夫だよ、ジル。怖くないよ」
「怖がっているわけではありません!」
セレステは純粋な気遣いで言ったつもりだったが、バカにされたとでも思ったのだろう。ジルは憤慨して返した。
二人が入ったことを確認して、ヘルミナは陣を活性化する。
高周波の術式作動音が草原に響き、黒紫の魔力が光る陣の周囲に散った。
「それじゃ、行くわよ!」
「いってくるね、ティオさま!」
「頑張るのじゃぞ、ここから見守っているからの!」
そう言ってティオが手を振った直後、転送陣は激しく光を放ち――発動した。




