6
地図の通りに進んでいくと、開けた平地にたどり着いた。
山腹というのに広々としたここもまた、普通の地図によるとと険峻な地帯とある場所だ。
果実の木の隣にぽつんと小さな家があるが、それ以外には特になにもない草地である。
時たま、山からの風がそよぐのが心地良い。
「ここ……ですね」
地図と周囲を繰り返し確認しながら、ジルが言った。
「あの家っぽいね」
セレステはうなずき、唯一のそれらしき建物である質素な家を指差す。畑もなにもなく、外からは生活の気配をほとんど感じられない。
「だれ?」
背後からの声に振り返ると、そこに立っていたのは長い黒髪が印象的な少女だった。
ティオの従者だろうか、シンプルな白いワンピースに身を包んだ彼女は、つぶらな瞳でセレステたちを見つめている。
薄い布一枚を纏ったかわいらしい少女ともなれば、これに興奮しないセレステではなかった。
「かっ……かわいいロリだ……! ねえ、君――」
「あっ、すみません。ここ、ティオ様の家であってますか?」
そのままセレステが話しかけようとするのを制するように、ジルが踏み出して先んじる。
少女はじっとこちらを見つめてから、こくりと頷いた。
「そうだよ。お姉さんたちは?」
「私達は勇者だよ!」
ジルに前を塞がれるような形となったセレステは、ぴょんと横に飛び出すようにして少女にアピールする。
少女は呟くように繰り返した。
「勇者……」
「ティオ様はどちらにいらっしゃいますか?」
再び少女は黒瞳をじっと二人に向け、それから不意に歩き出す。
「……こっち」
家に向かって行く少女に、どうやら案内してくれるようだと気づいた二人は少しの距離を開けてついていった。
「ねえねえ、やっぱりおばあちゃんかな」
「……セレステ」
セレステが小声で聞くと、ジルは咎めるように視線を向ける。しかし構わずにセレステは続けた。
「……完全に耄碌してて、孫かなんかと間違われたりしちゃったりするかもね。そしたら私がお姉ちゃんでジルは妹って設定で行こうと思うんだけど、どうかな」
「セレステ!」
耐えかねたようにジルが嗜めるが、セレステはむしろ嬉しそうに照れ笑いする。
「えへへ、名前で呼ばれるのやっぱりいいなぁ」
「真面目にしてください!」
ついにジルが怒ると同時に、少女が家の扉を開けた。いつの間にか到着していたようだ。
「……どうぞ」
少女に促されるままに中に入るが、ティオと思しき人影はそこにはなかった。
家具の少ないシンプルな居室には、テーブルと暖炉がある他には目立ったものも見つからない。奥のキッチンからも物音はせず、居間から見える書斎や寝室にも人の気配はなかった。
しかし、それよりも別のことにセレステは違和感を覚えていた。匂いだ。
「? おばあちゃん臭くないね」
「……その言い方はどうかと思いますが、確かに。老人の臭いはありませんね」
ジルも頷く。
老婆と少女の二人暮らしだとしても、ある程度は老人特有の体臭が家の中に残るはずだ。しかし、この家にはそれがない。
セレステはなんとなく感じただけだが、ジルも認めたとなると本当にそうなのだろう。
少女に聞こうとしてか、ジルが振り返る。
「ティオ様はどちらに――」
「ここにいるぞ」
遮るように答えたのは、少女だ。
しかしその雰囲気は、先程までとは明らかに違っていた。
腰に手を当て胸を反らし、その黒瞳は睥睨するように二人を写す。
そして口元に浮かぶのは、嘲る如くの傲然とした笑みである。
「ま、まさか――」
セレステが理解したのと同時に、少女は親指で自らを示して名乗りを上げた。
「ようやく気づいたか、たわけが! わしが〈天眼の(ヘイムダル)〉ティオ・ラヴァナンじゃ!」
「なっ……!?」
驚愕するジルをよそに、ティオはセレステを指差して糾弾する。
「貴様、言わせておけば人のことをババアだの死にぞこないだの老衰だの加齢臭だのなんだのと!」
「そこまでは言ってないよ!」
「ほぼ言ってましたけどね……」
ジルが呟くと、ティオは頷いてさらに激しく捲し立てる。
「そうじゃ! しわしわだとかせめて耄碌してなきゃいいだとかもう骨になってるだとか!」
「聞いてたの!?」
道中に言っていた言葉を出され、セレステは思わず驚きの声をあげた。
「当たり前じゃ、わしを誰だと思っておる! 〈天眼の〉ティオじゃぞ! この山に入ってきたときからお主らの動向はお見通しじゃ! こんなところまでわざわざと……何の用かは知らぬが、たっぷりと説教してやらねばならぬようじゃのう……?」
めらめらと怒りの炎を燃やしながら迫るティオに、たまらずセレステは弁解する。
「だ、だって二百歳以上だよ!? こんなちっちゃくて可愛い女の子だなんて思うわけ無いじゃんか!」
「……なんだと?」
ティオは固まり、じろりとセレステを見つめる。
「今、なんと言った?」