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百合の勇者と犬耳兵士~いいのか?私はいちゃいちゃするほど強くなるんだぞ?~  作者: テモ氏
第二章 伝説の魔術師を訪ねて山登りしたらえっちなお姉さんと決闘することになりました
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「やってくれるじゃんか。猪のくせに」


 言い捨て、セレステが戦棍を構えると、緑の巨体は鼻息も荒く掴みかかってきた。態勢を低く落とし、セレステは魔力の輝きを宿す戦棍の先端を敵に向ける。

 倒れた時に半分ほど発散されてしまったが、まだ鎚頭に魔力は充填されたままだ。致命打にはならないだろうが、これなら隙は作れるだろう。

 距離は既に、間合いの内だった。鎚頭に込めた術式を、突きとともに放つ。


「〈衝撃波(ショックウェーブ)〉!」


 飛び出す魔力の奔流に、オークはたまらず仰け反った。その無防備な土手っ腹を、セレステは思い切り殴りつける。

 だが手応えは驚くほど鈍く、容易く態勢を立て直したオークは逆にこちらへ手を伸ばしてきた。セレステは素早く下がり、再び数歩分の距離を取る。

 分厚い脂肪と筋肉のせいだろう。ジルのように切り裂くならまだしも、通常の打撃は効きづらいようだ。

 かといって、攻撃魔術のために魔力を悠長に再充填している暇もない。となると、狙うなら関節か急所か。それなら、まずは隙を作らなければならない。


「――〈炎化(フレイマイズ)〉」


 呪文と共に、松明の如く鎚頭が炎に包まれる。戦棍をぐるりと回すと、火の粉が軌跡に散った。武器に魔力の炎を纏わせる、初歩の術式である。

 オークはしかし、構わずに再び拳を繰り出してきた。腕が上がり、脇腹が露わになる。

 セレステはそこを狙って、斜め下から戦棍を抉るように振り上げた。

 鎚頭のプレートが、緑の皮膚に傷をつける。開いた傷口を魔力の炎が舐め、オークの脂肪を焼き焦がした。


「グォォッ!?」


 呻き声とともに後退するオークに、セレステは確信した。ジルに腕を切られて怯んだように、やはり彼らは痛みに弱いようだ。

 セレステは隙につけ込んで、相手が反撃するより早く一気に畳み掛ける。

 もう一度脇腹、肩、腕、左右から連打し、動きが鈍ったところでがら空きの足――膝頭めがけて振り抜いた。


「ガッ、グゥゥォォォァッ!」


 関節を破壊されたオークは、苦鳴とともに崩折れる。

 降りてきた猪頭に、セレステは全力で火の粉散る戦棍を打ち下ろした。

 果実のように頭蓋を粉砕されたオークは、そのまま上半身をふらつかせた後、ゆっくりと仰向けに倒れる。

 ――思いの外手こずってしまった。

 戦棍を振るってこびりついた脳漿と血液を払うと、セレステはジルへと目を向ける。

 ジルは崖を背に、突進してくるオークを待ち構えていた。

 追い詰められているのかと身構えるが、よく見ればジルはほとんど傷を負っていない。

 それどころか、その双眸には一切の焦りの影も見えなかった。この状況はどうやら、ジルの狙い通りなのだろう。爛々と輝く瞳は、接近する敵をぴたりと見据えている。

 繰り出される爪が頭ごと首を掻っ切ろうという刹那、ジルはするりと相手の側面に回り込んだ。

 鉄帽のあご紐を切り裂いたのみで流れていく爪を後に、流れるように踵を返して背後を取る。

 転瞬、その足が地面を力強く抉った。なめらかな脚さばきとは真逆の、凄まじいまでの踏み込み。砂煙を上げて突っ込む目標は、オークの背中である。

 針は先程の攻撃で殆ど撃ち尽くしている。すなわち今、奴の背後は完全に無防備だ。


「らあッ!」


 裂帛の気合とともに、ジルは全力で身体をぶつけた。

 一歩分の衝撃。

 巨体を弾き飛ばすまでは行かなくても、崖の際に立っているオークにはこれで充分だった。

 その足が、宙を踏み抜く。


「ガアァァァァァッ!?」


 驚愕の咆哮が、そのまま断末魔となる。オークは、そのまま谷底へと落ちていった。

 こちらは崖際ぎりぎりで踏みとどまり、ジルが息をつく。やや遅れて、ずずん、と落下音が崖下から聴こえてきた。


「だ、大丈夫!?」

「ええ」


 ジルは剣を収めつつ、慌てて駆け寄るセレステに頷く。先程ちらりと見た苦戦を思い出してか、呆れたように続けた。


「私のことより、自分の心配をしたほうが――」


 瞬間、みしりと不穏な響きが足元から伝わる。それが地面に亀裂が走る音だと気づくより早く、戦いで脆くなった崖の際――ジルの足元が崩れた。


「くっ!?」


 ジルは落下しつつもなんとか崖淵に手を引っ掛けるが、そこすらあえなく崩れ去る。

 だが――重力に捕われる瞬間、その手ががしりと掴まれた。


「捕まえた!」


 声とともに崖の上から顔を出したのは、セレステだ。

 掴まれた拍子に脱げた鉄帽が、遥か崖下へと落ちていく。

 つられてジルが視線を落とすと、遙かな崖の下は木々に囲まれ、先ほど落ちたばかりのオークの姿すら見えない。

 どれほどの高さかは分からないが、落ちれば助からないことだけは確かだろう。


「しっかり掴まって!」

「は、はい……っ!」


 頷いたジルは、セレステの肩から流れる赤い迸りに気づく。オークの針で受けた傷が、力を込めるたびにひどく出血しているのだ。


「血が!」

「大丈夫!」


 力強く答えて、セレステは両手でジルの腕を掴む。瞬間、純白の魔力光がセレステを包み、その筋力を補強した。


「ふぬ、ぬっ……ぬおらぁぁぁっ!」

「わっ、わああっ!?」


 急速に高まった力によって、驚くほどの勢いでジルは持ち上げられる。そのまま引っ張られ、半ば投げ飛ばされるようにして崖上に身体ごと転がった。

 死にかけた直後ともあってか、ジルも流石にすぐには立ち上がれないようだ。

 回復魔法で肩の傷を治しつつ、セレステは笑いかける。


「ふぅ……危機一髪、って感じだったね」

「……ありがとうございます」


 目をそらしながら、思いの外小さい声でジルは礼を言った。頭の鉄帽がなくなり、露わになった耳がかすかに震えている。息が上がっているせいか、それとも流石に恐怖したのだろうか。

 しかしセレステの口をついて出たのは、いつものような軽口だった。


「ヘルメット、ないほうがいいね」

「……そうですか」


 ジルは何か言い返すこともなく、意外にもあっさりとした反応だ。しかし、ややあってから付け加えるように問う。


「……触りやすいからですか」

「えっ、そういうわけじゃないけど」

「そうですか」

「……あ、もしかして触っても――」

「だめです」


 これ以上ないほどきっぱりと断られてしまう。闘技場でのあれはやはり、かなりのイレギュラーだったらしい。

 ジルは立ち上がると、ちょうど回復を完了したセレステに向き直る。その顔は、既にいつもの冷静さを取り戻していた。


「ほら、行きますよ――セレステ」

「え?」


 聞き返すが、ふい、とそっぽを向いて、ジルはとっとと先に進んでしまう。

 ――気のせいでなければ。いや、聞き間違えるはずもない。


「嬉しいな、やっと名前で呼んでくれた!」


 セレステは慌てて立ち上がり、ジルに急いで追いついた。

 しかしジルは見向きもせず、何事もなかったかのように歩を進める。


「どうでもいいことで感動してないで、早く行きますよ。日暮れまでに帰らないといけないんですから」

「わかった!」


 ジルの口調はむしろ厳しいくらいだったが、なぜかセレステは頬が緩んでしまうのを抑えられなかった。

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