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百合の勇者と犬耳兵士~いいのか?私はいちゃいちゃするほど強くなるんだぞ?~  作者: テモ氏
第一章 助けた女の子とデートしてたら魔王軍が襲ってきたんですが
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 マティエは鉄帽を小脇に抱え、灰色の獣耳も露わに美しい姿勢で敬礼する。

 ほんの一瞬だけちらりとセレステを見るが、すぐにその視線はまっすぐ前方に戻された。

 ようやくファーストネームを知ることが出来たので、セレステはとりあえずどこかのタイミングで呼ぶことをこっそり決意する。ジル、というのか。


「マティエ班長は前年の剣術大会で優勝している、王国内でも指折りの使い手だ。二人とも面識はあるんだったな。マティエ班長、任務については?」

「はい、聞いております」

「よし。ではすぐにでも向かってくれ。現地までは馬を出せば、今日の日暮れにも着くだろう」

「はっ!」


 きびきびと答えるジルに合わせるように、セレステも頷く。


「わかりました、それでは――」

「ああ、勇者殿。ちょっと待て、一つだけ気になることがある。個人的な疑問だ」


 立ち上がろうとしたセレステを止めたのは、ナシュハクだった。


「どうやって魔族と互角にやりあったんだ? 普通に素の魔力で戦ったのか? それともなんかの触媒で強化したとか?」

「あー、それは……」


 答えようとしてセレステは一瞬逡巡し、ジルに目をやる。

 しかし特に反応もないので、正直に答えることにした。


「マティエ班長にご協力いただいたからです」

「協力って言うと――」

「ええと……身体の一部を触らせてもらいました」

「……身体を触らせてもらった?」


 ナシュハクは興味深げに片眉を上げるが、一方のジルは凄まじい目つきで睨んできた。言外に「これ以上は話すな」という意思が伝わってくる。しかし、明確に「耳」と言うよりは気を使ったつもりだ。

 催促するような顔のナシュハクに答えて、セレステは続ける。


「その、私……女の子といちゃいちゃすると、力がみなぎるといいますか。魔力を増幅させられるんです」

「ほう、ほうほう、ほうほうほう……ということは、二人はいちゃいちゃしたわけか?」

「お言葉ながら、私はただ触られただけです」

「なるほど、つまりなすがままになっていたと? ふふふ、いいじゃないか。攻めてるな」


 ジルはたまらずきっぱりと否定するが、ナシュハクはかえって曲解してしまったようだ。どうやらこの大魔術師は、かなりこちら側の人間らしい――と、セレステは思った。


「好物が魔力の触媒になるというのは、私も含めてよくある話ではあるが……物質ではなく行為を触媒にするというのは興味深い。いくら理論上可能は可能って言ったって、魔族と互角に戦えるまでってのはなかなかないぞ。なんでそんなに女の子が好きなんだ? 理由は? きっかけとかある?」

「理由、ですか」


 興味津々に重ねられる質問を受けて考えるが、答えらしい答えは思いつかなかった。物心ついたときから、気づいたら好きだったのだ。


「いえ、特には。なんというか……好きだから好き、といいますか」

「なるほど、ちょうど私にとっての酒みたいなもんだな。好物に理由なし、好きな考え方だ」


 ナシュハクは、ひひ、といささか下品な笑い声をあげた。それからどこか挑戦的に目を細めて、思いついたように提案を投げてくる。


「そうだ、珍しい酒もって来たらご褒美やるぞ」

「えっ!?」

「ふふ、旨い酒だったらいっぱいサービスしてやる」

「マッ、マジですか!?」


 セレステのあまりの食いつきようにいたたまれなくなったのか、ジルは頭を抱えてため息をつく。


「……他に質問はないな。ではそろそろ準備を――」


 ペリダンが半ば強引にまとめに入ろうとした瞬間、部屋のすぐ外から王城にはそぐわない騒ぎが聴こえてきた。


「ちょ、ちょっと! 困ります! 今は――」

「うるさい! どけ!」


 怒号とともに勢い良く開いた扉から部屋に飛び込んできたのは、脂ぎった長髪の騎士――ポポン卿だった。


「マジかよ……」


 この日だけで三回目の遭遇に心からうんざりして、セレステは思わず小声で呟いてしまう。


「恐れながら! 正式な選抜試験を受けていない下賤のものに勇者の座を用意するなど、王国の威信に関わるものであると考えます!」

「ポポン卿。既に勇者選考委員会はセレステ殿に勇者の任を――」

「私はディティング侯爵家の嫡男ですぞ! 本来であれば選考委員会には私も加わっているはずです!」


 なにやら家名を振りかざしているが、大蔵卿を前に無礼が働けるほどには名門らしい。

 ペリダンは顔色を変えず、淡々とポポン卿に返答する。


「そもそも王女殿下がお一人になったのは、貴方の巡察にご同行されている時だ。責任については追って沙汰を待つようにと元帥閣下も仰っていたはずだが」

「だから私が直々に責任を取るためにも、王女殿下の捜索の指揮を執らせて頂くと申しておるのです! そも、闘技場へ拐かしたのはそこの冒険者であり、この冒険者を一度は捕らえながらも逃したのはそこの耳付き、そして闘技場の入り口で王女殿下に逃げられ、あまつさえ誘拐を許したのはまさにこやつら二人の――」

「あの」


 喚くポポン卿をよそに、セレステはこっそりとナシュハクに問う。


「とりあえず……もう私、勇者なんですよね?」

「ああ」

「よかった」


 ナシュハクが頷いたのを確認して、セレステはおもむろに椅子から立ち上がる。

 そのまま流れるように振り返り、未だ喚き続けるポポン卿の顔面めがけて拳を叩き込んだ。


「がっ!?」


 ごく短い断末魔を残し、ポポン卿はそのまま仰向けにぐらりと傾いて――倒れた。

 一撃で意識を刈り取られた騎士は、既に小刻みな痙攣をするのみだ。しかし死なない程度には手加減したつもりなので、おそらく教会の世話にはならないで済むだろう。


「ふう、すっきりした。行こう、ジル」


 セレステは一仕事終えたように息を吐くと、唖然としているジルにくい、と手招きする。どさくさに紛れてさり気なく名前で呼んでみたが、驚きのあまり気づいていないようだ。

 大笑いするナシュハクの声を背に、セレステはポポン卿の身体をまたぎ、棒立ちの近衛騎士の横をすり抜けて部屋を後にする。

 一拍遅れて我に返ったジルは、ペリダンたちに一礼すると勇者を慌てて追いかけていった。呼び捨てにされたことには、ついに気が付かなかったらしい。

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