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かわいい女の子を探していた。もちろん、特に理由はない。
セレステ・ヴァレンティアにとって、それはもはや息をするよりも自然な行動だった。
町中、街道、ダンジョン、戦場。いかなる場所、いかなる状況においても、自分の基準に合致する「かわいい女の子」を探してしまうのである。
そのおかげでいつしか五感は研ぎ澄まされ、目の端を一瞬通り過ぎようが、顔や身体を隠していようが、かすかな痕跡すら逃さずに「かわいい女の子」を感知することが可能になっていた。
だからこそ、セレステは他の誰よりも早く「それ」に気がついたのだ。
王都の中央通り。
十年ぶりの勇者選抜試験の当日、大陸一の雑踏は一層の賑わいを見せていた。
その猥雑さに隠れるようにして、数人の男がフードをかぶった小柄な人影を路地へと強引に連れ込もうとしている――その不穏な動きを、セレステは目の端に捉えたのである。
注意深く観察しつつ、セレステは人混みをすり抜けて路地の入り口に近づいていく。
「ぶつかって来たのはそっちだろ? 俺たちこれから選抜会なのに、怪我しちゃったらどうしてくれんだよ。ええ?」
身体を隠して路地の中を覗き込むと、恫喝するような声が聞こえてきた。
男たちの人数は五名、いずれも剣や魔術杖などで武装している。フードの人物を取り囲んで、何やら迫っているようだ。
「選抜会? 皆さんも選抜会場にお出でになるんですか? ちょうどよかった、会場はどちらなんでしょう。わたし、内門より外は詳しくなくて」
囲まれた方は状況を理解していないのか、場違いに呑気な質問を返した。やけに間延びした口調の上品な声音は、女性――少女のものである。
目深なフードのために顔は見えないままだったが、セレステは確信した。あれは相当かわいい女の子だ。間違いない。声でわかる。
「お前、おちょくってんのか? あんま眠てえこと言ってると――」
「まあまあ、落ち着けって。お嬢さん、選抜会場に行きたいのか? いいぜ、連れて行ってやっても」
凄む仲間を遮ったのは、魔術杖を持った男だった。この距離でもわかるくらいに気取った雰囲気が鼻につくが、少女は気にせず無邪気な声をあげる。
「まあ、本当ですか!? ぜひお願いします!」
「ただし……案内料を頂くけどな」
「案内料……?」
「ああ。ちょっと一緒に遊んでほしいんだよね。試験開始までの時間つぶしにさ」
男の言葉に秘められた含みに、仲間たちが下卑た笑いを浮かべた。しかし少女はそのままの意味で受け取ったようで、済まなそうに返答する。
「お誘いはありがたいのですけど、わたし待ち合わせをしていて……」
「そう遠慮するなって! へへへ」
「きゃっ!?」
魔術杖の男が構わず手を掴むと、少女は驚いて声をあげた。流石に危機を感じ取ったのか、その表情には初めて怯えの色が走る。
しかしそれを確認するよりも早く、セレステの身体は反射的に動き出していた。
「おい」
唐突に後ろから声をかけられ、男の一人が振り返る。
「何だおま――」
その顔に、鋼鉄の戦棍がめり込んだ。
全力で振り抜かれた一撃で、男の身体は回転しながら宙を舞う。
仲間が地面に叩きつけられるのと同時に、異変に気づいた残りの男たちが一斉に振り向いた。
「なっ、なんだ!? お、女……!?」
「うわ、ト、トニー、顔が……! だめだピクリともしねえ!」
「な、なんのつもりだ、クソ野郎!」
四名の男たちは慌てて得物を抜くが、その恐慌は明らかだった。
倒れ伏す仲間は顔面を破壊されて動かず、血の滴る戦棍を持って立っているのは金髪の女。事態を飲み込めていない男たちに、その女――セレステは言い捨てた。
「なんのつもり、はこっちの台詞だよ。明らかに悪人でしょ、あんたら」
セレステは威嚇するように戦棍をくるりと回し、彼らの装備を観察する。魔術杖が一名、長剣が二名、短刀の二刀流が一名。魔術師と剣士、斥候といったところだろうか。
解放された少女は、少し距離を取って事態の推移を見守っている。路地の反対側から逃げようともしないのは、豪胆なのか世間知らずなのかどちらなのだろうか。
「まぁ待てよ、お嬢ちゃん。ほら、この免状が分かるか? 俺たちは勇者候補だ」
気取り腐った仕草で魔術師の男が取り出したのは、一枚の書類――勇者候補であることを示す免状だった。そこに連なる五名分の名前は、おそらくは彼らのものだろう。
「どうだ、今すぐ武器を捨てれば命だけは助けてやる。まぐれの不意打ちでなんとかできるのは一人までだ。勇者候補のパーティ四人と正面からやりあってただで済むとは思わないだろ?」
抜け目なく杖に魔力を充填しつつ、男は口の端を引きつったように持ち上げる。
地方予選で課題を突破した者に与えられる免状は、王都での正式選抜会を受けるのに必要な
「勇者候補」としての身分証である。
予選と言えど並の冒険者では突破は難しいとされているため、免状を持つパーティはそれだけで一目置かれるものだ。
しかしセレステは動じず、こちらも腰のパウチから取り出した書類をぴらりと見せた。
「へぇ、奇遇だね」
それは男たちが見せたのと同じ免状である。
そう――セレステ・ヴァレンティアもまた、勇者候補であった。