天才王女は、束の間の朗報を喜びます
まだ日が昇って間もない早朝。ようやくランプなしで書類仕事ができる時間帯になってもなお、私は机上の書類と格闘していました。
まずは予算を捻出し、それを担保にシャルル商会や他の商店から戦争に必要な物資を買い付けます。次に人員を確保し、買い付けた物資を後方に待機する部隊まで届けさせ、同時に足りない物品があればすぐに買い付けに戻る。
しかも戦場では何が起こるか分かりません。想定出来うる限り最悪の状況を常に念頭に置きつつ、必要な対策があればすぐに命令書を前線まで届けてもらわなければいけないのです。
つまり何が言いたいのかというと、私も官吏たちも、開戦から不眠不休で働き詰めということなのです。
「……エレナ、お前は少し仮眠を取った方がいい。ちょっとの間なら俺とアルカルトで回しておけるから、横になるだけでもいいから布団に入れ」
「……いや、ここで横になれば間違いなく寝てしまうわ。それに、今は私だけのうのうとベッドに入れる気分じゃないわ。
私が立てた作戦で、王国の民たちが命を張って頑張ってくれているのよ。むしろ私は大丈夫だから、侍女たちや官吏を休ませてあげて。彼らが倒れてしまってはどうにもならないもの」
勝算は十分にあります。上手くいけば、こちらの被害はほとんど皆無で戦争を終結させられるでしょう。
頭の中で引いた図面ではその通りなのですが、それでも不安がゆっくりと心を蝕んで放しません。
祈るような気持ちで薬品の買い付け書にサインした瞬間、執務室のドアを蹴破る勢いでもってミリダが飛び込んできました。
「ど、どうしたの⁉ 何か問題でも起きたかしら?」
「いえ、むしろその逆です。王国軍が、共和国軍を撃退したとの報告が入りました! 敵の総司令官及び、複数人の将校たちを捕虜として拘束したとも報告が上がっております!」
「……つまり、勝った? 勝ったという事よね?」
「はい! 歴史上類を見ない、大勝利でございます!」
ミリダの言葉に、一気に腰が抜けて椅子から転げ落ちます。慌てて支えてくれるケーネとミリダの手を握り、それでも全身が震えるのを止められません。
身体の深いところで固まっていた息を深呼吸をすることで外に出し、胃が絞られるような痛みを我慢しながら椅子に座りなおしました。
「とりあえず、宮中と各商会の窓口の人間は休ませてあげて。それからこちらの被害状況の報告と、報告を見て軍備の補充もしなきゃいけないわね。幸い住宅には被害が出ていないでしょうけど、北の大渓谷は完全に塞がってしまったし……復興の準備もしておかないと」
加えて、共和国との戦後協定に関する会談もしなければなりません。こっちに関してはまだ日があるでしょうけど、うかうかしている間に向こうのトップに逃げられでもしたら面倒ですからね。
「頑張ってくれた兵たちが帰れば、盛大に出迎えてあげたいわね。時間があれば、一人ひとり挨拶をしたいぐらいだもの」
「……さすがに、一万もの兵にお嬢様が一人ひとり話をするというのは時間的に厳しいかと……ですが、できる限り彼らとの時間を作れるよう、調整してみます」
「今回の戦は結構危ない橋を渡るような作戦だったからな……エレナの完璧な作戦があったとはいえ、軍部の奴ら、全員に褒章が与えられてもおかしくないだろ」
ミリダが柔らかく微笑み、ケーネが首を回しながらぼやきます。
するとそこに、先ほどのミリダと同じぐらいの勢いでアンネが入ってきました。
「エレナちゃん! やっぱりここにいた!」
「あら、アンネじゃない。こちらが勝ったという報告なら、すでに受けたけれど……?」
いつもはのほほんとしている彼女が、ここまで取り乱しているのですから相当のことがあったのでしょう。なぜか、すごく嫌な予感がします。
「思ったよりもこちらの被害が大きかったとか? まさか軍の半数を失ったとか……」
「ううん、それに関しては多分想定よりもはるかに少ないと思うよ。目立った死傷者は出ていないとウチの医療班が言っていたわ」
でもね、と彼女は言葉を続けます。
「今回の戦に問題があったわけじゃないの。ほら、ウチの商会は共和国にも出店してるでしょ。そこの支社長から報告があって」
「シャルル商会の出店差し止めとか? 嫌がらせにしては稚拙に感じるけれど……」
「共和国が占領されたわ」
「…………は?」
占領? いま、アンネの口から出た言葉は『占領』でしたか?
「……誰が、どうやって、なんで?」
「こちらとの戦争中、警戒の薄くなったところを一気に首都まで攻め込んだらしいわよ。小国連合の軍勢が。
目的は不明。けれど恐らく、領地の拡大が目的でしょうね」
とりあえずなんでウチにそこまでの軍勢を差し向けてきていたのかとか、それにしてもあまりに間抜け過ぎないか? とか、様々な疑問が頭の中を飛び交いますが、やがて一つの重大な事実に気が付きます。
「ちょっと待って、この場合だと私はどこに戦時賠償を持ち掛ければいいの?」
「共和国のトップだったムッソ元首は死去。そもそも議会の人間がほとんど処刑されたらしいから、エレナちゃんが会談をする相手はいないわね……今回の戦争でウチの商会から買い付けた物資の支払い、もう少し待とうか?」
「なら賠償金も取れないじゃん! しかも戦争したからせっかく溜まったお金も無くなってるじゃん!! ああ、また俺の給料が減っていく……」
ケーネの悲鳴は、執務室の天井にむなしく響いて消えていくのでした……
次回、エレナちゃん過労死⁉
なお、予告と本編には大きく相違がある場合がございます()




