王国兵は天才王女に戦慄します
「ドラン将軍、ただいま戻りました!」
「おお、よくぞ戻ってきてくれた。その様子だと、作戦は成功のようだな」
王国軍が本陣を築いた谷上、その天幕の中で地図を見ていたドランは伝令と共に入ってきた斥候隊を労います。
彼らこそが今しがた、坑道にて共和国の強襲部隊を崩落によって撃退した工作員でした。
「はい。予定通りの場所で坑道の天井を崩落させ、敵の強襲部隊は全員生き埋めになりました。坑道は完全にふさがり、復旧には一カ月以上を要するとの見立てであります。出来れば司令官の死亡を確認したかったのですが……」
「いや、さらなる落盤で君らを失うリスクの方が怖い。十分すぎる成果だよ」
「しかし、我々とて驚きました。まさかドラン将軍の予想がかくも的中するとは……まるで未来を見ているかのように、命令通り事が運びましたもので」
工作員のリーダーが感心したように成果を振り返り、他の工作員たちも同意するように頷きます。しかし当のドランは全く奢ることなく、むしろ苦笑して答えます。
「いや、実はこの作戦、王女殿下が立てられたものなのだ。私はそれを伝えたに過ぎんのだ」
「そ、それは事実でしょうか⁉ だって殿下は今王都にいらっしゃるのでしょう⁉」
「ああ、だから凄いのだ。あの御方は私が王都を出立する際、膨大な量の作戦書を預けられてな。戦局の動きによって作戦が分岐していて、今のように停滞した状況ならば共和国が夜間に強襲してくると予想されていた。もちろん、有効な対策も一緒に書かれていて、私自身驚いたよ」
つまりエレナは、この戦争が始まる前から今の状況を読み切っていたことになります。
天才的な、いっそ悪魔じみた予想に工作員たちの顔から血の気が失せます。
「……王女殿下がこちら側の指揮官でよかった……もしも敵方であれば、全ての動きを読み切ったうえで蹂躙されていただろうな……」
「じ、自分も今、心の底から王国の民でよかったと思いました……つまり、ドラン将軍のご指示は全て殿下からのものなのですか?」
「いや、戦況によっては私の判断で命令を出しているぞ。だが、今のところ殿下が予想された通りに事が運んでいるのは事実だな」
さ、さすがは王女殿下……と呟く工作員たちに、ドランもまた深く頷きます。
こうして、共和国の強襲作戦は失敗に終わったのでした。
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「さて、そろそろ坑道の爆破が終わったころかしら……工作員たちが上手く逃げのびているといいのだけど」
ドランたちがエレナの予想に驚愕している時、エレナは王宮で仕事を片付けながら想いを馳せていました。
「しかし、坑道爆破の作戦は本当に必要だったのか? いや、敵に損害を与えられるってのは分かるんだが、こっちとしても避難経路を失う訳だし結構微妙なんじゃないか?」
エレナの独り言に反応したのは、彼女の隣で書類の整理をしていたケーネです。
「そうでもないのよ。確かに数字で見れば、相手の損害は三万もの敵兵のうちの数百人に過ぎないわ。加えて坑道では爆発の衝撃が遠くまで伝わるし、一歩間違えれば工作員たちも落盤に巻き込まれる危険な作戦よね」
そこまで言い切って、しかし、とエレナは言葉を続けます。
「そもそも相手にとって、今回の戦争は勝ち戦だったはず。そう考えていた戦争で、最初の難関である谷越えすらできていない状況。ケーネが指揮官だったらどう思うかしら?」
「……ストレスを溜めてるってことか? ああ、なるほど!」
「そう、ストレスが溜まっているところに舞い込んだ挽回のチャンス。相手の総司令官は必ずそのチャンスに飛び込んで、今までの鬱憤を晴らそうと考えるわよね。しかも都合のいいことに、上手くいけばこちらを切り崩せる絶好の機会だもの。少なくとも、相手にはそう見える」
「しかしその作戦は失敗。相手はより苛立ちを募らせるってことか……やっと、あの作戦の意味が分かったよ」
「その通りよ。もうそうなれば冷静な判断なんてできるはずもない。明日には恐らく、全軍をあげて谷への突撃に踏み切るんじゃないかしら?
そうなれば、最初から有利なポジションを確保しているこちらが圧倒的に有利。共和国軍の半数でも削ってしまえば、仮に谷が突破されたとしても高所に陣を置いているこちらの本隊と、王都から出撃した部隊とで挟撃して殲滅できるわ」
「じゃあ、俺はその部隊に出撃命令を伝えて来ればいいという訳か。ちょっと行ってくるから、エレナを頼んだぞ」
ケーネと立ち代わりで入ってきたミリダにそう告げると、彼は執務室を出ていきます。
「さあ、もうすぐ終局よ。気を引き締めていきましょう」




