その時、共和国軍では
「———なぜだ! なぜ王国兵を蹴散らせない!」
平野部に仮設された司令官室、その天幕の中に総指揮官の怒号が響きました。
「三倍の兵力差だぞ! 数で圧倒している我が軍が、なぜ雑兵如きを蹴散らせないのだ!」
王国との戦端が開かれてからすでに三日が経過し、当初の予想では本隊が王都の包囲を済ませ、降伏勧告を済ませているはずでした。
しかし現状では王都はおろか、最初の難関である渓谷の突破すら完了していない有様でした。
諜報部隊の調べでは、王国軍は谷上に対人、対戦車用の砲台を設置し、そこに陣を築くことで砲台の防衛を行いながら谷向こうの集落を起点とした兵站の輸送経路を確保しているとのことでした。
砲台の存在は脅威ですが、それ以外は特に目立った戦術を用いているわけではありません。だからこそ、開戦すぐに遊撃隊を王国兵の背後から進行させ、谷底の本隊と挟撃することで王国の本隊を切り崩すはずでした。
そう、はずだったのです。
確かに、こちら側の準備不足もあります。ここまで渓谷越えに苦労すると予想していなかった以上、こちらの装備は野戦を意識した軽装が主です。仮に梯子や攻城兵器などを持って来ていれば展開は変わったはずですが、それらが手元にない以上王国軍への有効打がありません。
このままでは仮に渓谷を突破できたとしても、物資が底をついて王都の包囲など夢のまた夢になります。どんな方法を使ってでも、あと一両日中には突破しないと作戦自体にほころびが生じます。
「かつての王国兵はここまで苦戦しなかった……一体、何があったというのだ……?」
「報告であります!」
苛立ち紛れに机を叩いた時、天幕の中に伝令が飛び込んできました。
「なんだ報告とは!」
「はっ。調査隊からの報告なのですが、渓谷の左岸にて谷上に抜ける可能性がある坑道を発見したと」
「なんだと!」
伝令の報告に、天幕の中に慌ただしく地図が広げられます。
「左岸のここに坑道の入り口があり、抜ければ王国軍のちょうど後方に抜けられると予想されるようです」
「予想される? 抜けて確認したわけではないのだな?」
「はい、まずはここの判断を仰ぐべきだと隊長が申しておりましたので」
もし伝令の持ってきた情報が本当なら、敵軍の本隊へと直接攻撃ができることになります。自軍の本隊がここまで苦戦しているのは谷という高低差があるからであり、真っ向からぶつかりあえばさしたる時間をかけずに王国軍を壊滅させられるでしょう。
「総司令官殿、ここは坑道の調査が先決ではないでしょうか? もし本当に谷上へ抜けられるのならば、こちらの勝利は揺るぎないものになりますぞ」
「いや、いっそのこと兵を大量に送り込めばよいのでは? たとえ繋がっていなかったとしても、掘り進めることで確実に抜けられる訳ですし」
「いや、大量に兵を動かしては相手に悟られるだろう。ここは少しずつ坑道内部の安全と経路を確保していくのが良いでしょう」
開戦からずっと閉塞感に覆われていた共和国軍に勝利を導くかもしれない、値千金の情報。停滞していた司令官同士の議論が活発となり、次々と意見が飛び交います。
それらに瞑目しながら耳を傾け、しばし考えを巡らせていた総司令官はやがてゆっくりと目を開けました。
「———よし、作戦を伝える」




