元帝国兵が、王国兵に激を飛ばします
「———以上が、国王陛下と王女殿下からの伝令である」
王国の北部地域を守護する警備兵、そのほとんどが集合した山奥でドランが声を張ります。
兵たちの顔は重々しく沈み、あたりには張り詰めた空気が漂います。歴戦のドランをもってしてもまた、伸ばした背筋に微かな震えが走るのを止められません。
胸中に漂うわずかな弱気を払うべく、ドランは帯びていた長剣を地面に突き立てて柄尻に手を置きました。
「古来より、戦において守る側は不利とされる。しかも今回は相手の思惑が読めず、また先ほどの報告で彼我の戦力差が明らかとなった。はっきり言おう、難しい状況だ」
こちらの兵は一万弱、対して共和国の本隊は三万と密偵から報告が入ったことは周知の事実です。それを知ってなお、兵たちがこの場に留まっているのは訓練の賜物ですが、それでも三倍の兵力は普通覆すことの出来ない絶対的な差です。
「共和国は古来より、王国の地を荒らした蛮族と聞く。先の大戦でも多くの勇敢な王国兵が共和国に討たれ、今もその家族たちは墓標の前で涙を流している。かくいう私も、かつての戦友の多くを共和国の兵に討たれた」
ドランの言葉に前を向いていた新兵が下を向き、嗚咽をこらえます。伸ばした指を強張らせ、その指を震わせながら激情を胸の内に沈める老兵もいます。
この場に集まった数多くの兵が共和国の侵攻に家族を失い、恋人を失い、戦友を失った哀しみを共有して昏く沈んでいました。
「皆の者、何故に頭を垂れるのか? 何故に敗着へと足を向けるのか?
ここに集った者たちは紛れもなく、かの賢王と王女殿下に信を置かれた強者ではないのか? 王国の要衝たる北方を守護するように命じられ、貴殿らなら守り抜けると確信されたのではないのか?」
「———」
「であれば何を臆することがあろうか。あの傑物たる王族のお歴々が『勝てる』と見込んだ戦を、貴殿らの弱気で負け戦にするのはあまりに不敬であろう。王国の地に住み、神君と名高き彼らの治世に対して感謝を感じているのなら、その恩を返す絶好の機会が今ではないのか?」
「———ッ」
「今日始まる戦こそが、今後語り継がれる決戦の日である。三倍もの兵を退けたという華々しい功績は末代まで語られ、ありとあらゆる兵法書に我々の奮戦が書き綴られることだろう。そこに英雄として記されるよう、我々も相応の働きをして見せようぞ!」
顔を伏せていた新兵が、諦観を漂わせていた老兵が、激情に耐えていた斥候が一様に顔を上げてドランを見つめる。そこには先ほどまで彼らを取り巻いていた重い空気はとうになく、むしろ勝利を確信した英雄たちの面構えが並んでいる。
「最後に、総員へ王女殿下から命令である」
英雄たちの熱い視線をしかと受け止め、一呼吸のうちに全員の顔を見渡したドランは獰猛な表情を浮かべてこう告げる。
「『全員、生きて帰ってくること。帰りを待つ者に笑顔を浮かべさせることが、貴方たちに課せられた真の命令です』」
「———ッ!!」
「総員、武器を取れ! 我らの住む場所を踏み荒らす異国の兵を迎撃せよ!」
「おう!!」
応じる声は大地を揺るがし、吹き上がる戦意の熱で上気した兵たちが一斉に持ち場へと走ってゆくのでした。
後世において、ナンコーク王国の兵たちはその練度と屈強さ、そして統率力によってありとあらゆる国で軍事教練の手本として挙げられることとなる。
されどその中でも、王国の要衝を任されていた北方警備兵———通称『白檀の兵たち』は、その実績と郡を抜いた守備力で数々の兵法学者たちに畏怖をもってその名を語らせたという。
そんな彼らの華々しい決戦、その戦端が今開かれようとしていた。




