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とある侍女は旅人に戦慄します

「ミリダさん、でしたよね。少しお時間よろしいでしょうか?」



 お嬢様にお茶を出した後、いつも通り厨房へ向かってお夜食の用意をしようとした私は誰かに呼び止められました。

 振り返れば、最近王宮に出入りしているアルカルトが立っていました。



「こんな時間に、何の御用でしょう? お嬢様でしたら執務室にいらっしゃいますが、もう夜も遅いので明日になさるのがよろしいかと存じますが」


「いえ、今日はミリダさんに用事があってきたのです。淑女にお会いするには遅すぎる時間であることは、どうぞご容赦いただけると嬉しいですが……」



 そこで言葉を切り、さりげなく周りへ視線を巡らせるアルカルト。人の気配がないことを確認してから、彼は口を開きました。



「王国の北部について、ミリダさんはご存知でしょうか?」



 このタイミングでの『北部』というワードに、私の中でスッと何かが冷えます。



「ええ、存じ上げております。それが何か?」


「北の国境の先には共和国の領地が広がっていますが、そこでいささか不穏な動きがあるように感じました。杞憂だとよいのですが、一応伝えておきたいと思いまして」



 その情報をどこで仕入れたのですか、と問い詰めようとして踏みとどまります。そういえばアルカルトは、つい最近まで大陸中を放浪していた旅人でした。


 実はお嬢様もつい最近お気になさっていて、私に調査を命じられたばかりでした。



「ちょうど、お嬢様もご心配なさっていた事案ですので調査はしております。しかしなぜ、そのことを私に?」



 お嬢様に奏上するというのなら分かりますが、私にその情報を伝えた真意が分かりません。確かに私はお嬢様の手足として情報収集をしていますが、それを知っているのは限られた人だけです。

 この男は来てからまだ日が経っていないので、私の素性に気付くとは思えないのですが……



「だってミリダさんは、王女殿下の『目』でしょう? 身のこなしも隠密行動を得意とする人のそれですし」


「……っ!」


「別に、それを誰かに広めようというわけではないのです。私はミリダさんがどのようなことをしていたとしても、結果として王女殿下に利のあることをなさっているのでしょう?」



 この男、やはり只者ではなかったようですね……この短期間で、そこまで見抜かれているとは思いませんでした。

 ですがここで動揺を表情に出すのは二流です。私は努めて表情を変えずに、話の先を促します。



「王女殿下にお伝えしても良いのですが、あの方も多忙を極めておられる様子。であれば、私やミリダさんの段階である程度情報を収集しておき、殿下が望まれた時にすぐお伝えできるようなシステムを構築しておくのが最善だと思っているのです。

 私の知る限り、歴史に名を残すような賢王は独自の情報網を持っているものですよ」


「……それは、そうですね」



 お嬢様といい旦那様といい、なぜここまで鋭い人が集まってくるのでしょうか? お嬢様の近くにいる私でも、眼前の男が常人離れした洞察力の持ち主であることは分かります。


 警戒はゆるめません。ですがそれ以上に、この男がお嬢様のために力を使うのなら、間違いなくお嬢様のためになるでしょう。



「北部の調査に関しては、私の方でやっておきます。それと情報網に関してですが、明日の夜に詳しい話を詰めさせてください。それでよろしいでしょうか?」


「ご配慮、ありがとうございます。明日の夜ですね、空けておきましょう」

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