天才王女は軍部に顔をだします
「で、このオッサンは誰なんスカ?」
「おいおい、あんまり失礼な言葉遣いはやめておけよ? この方が今日からお前らの上官だ」
隣に立つドランに値踏みするような視線を向けていた若い士官に、ケーネは厳しい顔を向けながら返します。彼の気持ちも分からなくはありませんが、ここは厳しく指導したほうがいいでしょう。
今日はドランの着任式も兼ねた軍部との顔合わせ。ケーネとドランの前には、王宮にいた王国兵、その士官以上の面々がずらりと並んでいます。
隣に立っていたドランが短く息を吸い、よく通る声で自己紹介を始めました。
「本日付けで王国軍第一師団に着任いたしました、ドランと申します。略歴としまして、つい数日前まで帝国軍の司令官をしておりました。どうぞよろしくお願いします」
ドランの自己紹介に士官たちがざわつくのを見て、ケーネはこっそりため息をつきます。ドランだって元帝国兵だと言えば反感を買うと分かっていたでしょうに、なぜわざわざ言ったのでしょうか?
案の定、先ほど声を上げた若い士官が低い声でケーネに詰め寄ります。
「ケーネさん、つまりこのオッサンは敵兵ってことですよね? あなたを疑うわけじゃないですけど、最近まで帝国で司令官をやっていたような人間をいきなり信用しろってのは無理な話っすよ」
彼の言葉に、多くの士官たちが深く頷きます。頷かない者たちも、ドランに向ける視線は厳しく内心では信用していない様子です。
「俺にそう言われてもな……一応、エレナに掛け合ってみることは出来るが……」
「あら、私がどうしたの?」
背後から飛んできた思いがけない声に、ケーネは軽く身体を跳ねさせます。恐る恐る後ろを振り返ると、そこにはエレナとレーナが笑顔で立っていました。
「みんな、久しぶりね。向こうから元気な声が聞こえてきたから、エレナちゃんを連れて来ちゃった」
レーナの言葉に、全士官たちが真っ青な顔で姿勢を正します。特に年齢を重ねた士官たちは、かつてレーナに訓練でしごかれた記憶と、彼女が戦場を駆け回っていた姿を思い出しながら脂汗を流します。
しばしばレーナは運動不足を解消するために、数人の王国兵を『訓練』と称して稽古をつけているのです。女性ということ、そしてレーナが全盛期をとうに過ぎたということを足してもなお、王国兵の中に彼女と一対一で戦って勝てるものはほとんどおらず、結果として彼らの心にトラウマを植え付けていました。
「れ、レーナ様……それにエレナ王女殿下に拝謁できるなど、恐悦至極に存じます……」
「そんなに畏まらなくていいわよ。今日は貴方たちの言葉を聞きに来たのだから。
そこの士官さん、さっき何か言っていたようだけど続きを聞かせて頂戴?」
エレナが若い士官に満面の笑みで問いかけます。
「はっ、それでは。
ケーネさんに先ほど、そこのご老人が我々の上官に着任するとの説明を受けました。しかしご老人は、自分を元帝国兵だと名乗り、しかもまだ軍を抜けてから時間が経っていない様子。それでは我々も信用できないと、皆で話し合っていたのです」
「なるほど、よく分かったわ。けれど、彼を任命したのは私よ? その判断を疑うというの?」
エレナは変わらず満面の笑みのまま、しかしそれが士官たちにプレッシャーを与えます。
「ドランが信用できないと言うなら、私やお母様を信用なさい。伊達や酔狂で私は彼に役職と地位を与えたわけではないし、だからと言って貴方たちの意見を軽んじるつもりもないわ。むしろ、現場で頑張ってくれる人たちがいるからこそ、私も含めた王国の民が安心して暮らせるのだもの。
言いたいことがあれば、遠慮なくケーネに言うもよし、私のもとに直接言いに来るもよし。どう、まだ不満?」
「い、いえ! もったいなきお言葉にございます!」
士官の全員が首を縦に振ったのを確認して、エレナは柔らかく微笑みます。
「そう、よかった。なら、仕事に戻って頂戴。今日も自分たちの住む場所を守ってね」




