王国側は襲撃されます
夜も更け、草木も眠りにつく頃———
エレナたちが泊まっている屋敷の庭、その外縁をぐるりと囲む森の中に人影が現れました。身長、体格もバラバラで、共通するのは闇に溶け込む黒いスーツ———見る者が見れば分かる、帝国で最近ロールアウトされた新型戦闘衣を着込んでいるということだけ。
黒ずくめの集団、その先頭で周囲を確認していた男が漆黒のヘルメットの右側を軽く押し、顔を夜の空気に晒しながら口を開きます。
「いいか、第一目標は調印書類の強奪だ。だが国王、王妃、王女の暗殺が可能な場合はこれを最優先とする。各人、質問はあるか?」
「旦那、侵入の痕跡はどうするんですかい?」
リーダー格の男に、だみ声で質問が飛びます。
「侵入の痕跡、並びに暗殺の痕跡は絶対に残すな。もし発覚の恐れがあれば、配布された小型爆薬を使用せよ」
つまり自死せよ、という命令に誰一人疑問を呈することなく、全員が首を縦に振ります。
リーダーの男は改めて顔を隠すと、内部に仕込まれた通信機にそっと囁きました。
「総員、作戦開始」
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「お嬢様、起きてくださいませ。敵襲です」
ミリダの言葉に重い瞼を無理やりこじ開け、私は半身を起こします。ベッドのそばには武装したミリダとケーネが険しい表情で立ち、隣で寝ていたアンネは着替え始めています。
「ありがとう。敵の人員は分かる?」
「国王陛下が予想されていた通りでございます。現在、四方向から屋敷に向かって進行中です」
ミリダの返事を聞きながら、私はてきぱき着替えを終えます。いざという時のために、あらかじめガウンを羽織るだけにして寝たのが功を奏しましたね。
先に起きていたアンネとほぼ同じタイミングで準備を終え廊下に出ると、すでにお父さまとお母様、そして護衛の人が何人か待機していました。
「お待たせしました。予定通りこのままシェルターへ?」
「ああ、今のところは手筈通りでいいだろう。護衛隊長は集団の先頭を、副隊長は最後尾を警戒しておいてくれ。残りの人員は臨機応変に対応せよ」
「「「了解です」」」
お父様の命令に、護衛の人たちがさっと動き出します。彼らの配置が完了し、一歩を踏み出そうとした直後、階下でガラスの割れる音が。続いて屋敷に響く、三発の銃声。
「皆様、お急ぎください。今、階下の兵から敵兵が屋敷に侵入したとの伝令を受けました」
護衛隊長の言葉に、私たちは速足で動き出しました。私の膝は震え、階下で銃声が鳴るたびに悲鳴が漏れそうになりますが、何とか飲み込んでお父様の背中を追いかけます。
屋敷は三階建て、そして私たちの寝室も三階の南端に位置していました。一方でシェルターは地下階に存在するため、敵兵のいないルートを予想して階下に降りなければなりません。
先ほどの銃声が屋敷の北側で響いたため、残るルートは中央の階段か南端の階段。お父様の予想では、屋敷の構造的に中央階段に敵兵が潜伏すると想定して南端の階段から降りるとしています。
それに従って廊下を抜け、階段に差し掛かった瞬間———
「ちょっと待って……!」
私の真後ろを走っていたアンネが息を切らしながら低く叫び、皆の足が止まります。
「何……? どうしたのよアンネ」
「分からない、分からないけど……このルートは危険な気がするの! ねえ、中央階段から降りない……?」
普通ならこの状況下でそのような意見、間違いなく全員が一蹴するのですが、黙って皆が一考します。こういう『岐路』におけるアンネの直観は、未来予知にすら届きうる精度でもって幾度となく皆を驚愕させてきたからです。
しばし沈黙した後、お父様がゆっくり口を開きます。
「確かに先ほどの銃声は、反響していたようにも思える。であればここの階段は危険か……アンネよ、君の直観は中央階段を示しているのだな?」
「はい。理由は説明できませんが……私にはこの階段が、どうしても危険に思えて仕方ないのです……!」
「よかろう、一旦引き返して中央階段から降りるとしよう。護衛の二人は中央階段の経路確保に向かってくれ。敵が潜伏していた場合、相手の人員によっては引き返してきてもよい」
「はっ、了解いたしました」




