お嬢様は『自分』という存在に悩みます
「何かあったか?」
「……え? いきなりどうしたのよ。別に何もないわ」
エスティアさんのお見舞いの後、自室で本を読んでいた私は顔を上げました。帰る途中もずっと難しい顔をしていた彼が、唐突に口を開いたからです。
「何もないってことはないだろう。あんな言い方、エレナはあんまり好きじゃなかったはずだ」
「エスティアさんに言ったこと? じゃあ逆に聞くけれど、あれ以上に良い発破のかけ方があったかしら?」
「そういう話をしてるんじゃねえよ……ああ、まどろっこしいな」
ケーネがイライラと頭を掻きながら本を机に置きます。いつもとは違う乱暴な置き方に、私の心にさざ波が立ちました。
「あの言い方じゃ、エレナが完全に悪者じゃねえか。確かに最善の方法だったのかもしれねえけど、あれじゃエレナが報われてないってことだよ」
私が、報われてない? 思わぬ言葉に思わず言葉が詰まります。
「エレナは俺たちのことを損得勘定で動いてるって言ってたが、本当はそう思ってるわけじゃないだろ? てか、本当にそう考えてる王女に人はついていかねえよ。俺もミリダも、他の奴らだってエレナという人柄に惹かれて従ってるって側面もあるんだ」
本当に、ケーネはよく見てるわ。
ケーネの言う通り、私も本気でみんなが打算だけで付いてきているとは思っていないわ。けれど、エスティアさんの光のない瞳を見た瞬間に、前世で私が食い物にしてきた領民たちを思い出してしまった。
他者に、権力者に従うだけ。そこに自分の意思はなく、ただ息をして寝るだけの彼らを自分の実験のために利用していた『ワタシ』を思い出して、思わずきつい言い方をしてしまった。
あれでは、エスティアさんに言った『駄々をこねる子供』と変わらないわね。
「……そうね、私も言い過ぎたとは思うわ。ちょっと前世のことを思いだして嫌な気分になったのよ。
ねえケーネ……『私』は、いったい何なのかしらね?」
自分の口から出た自嘲気味な言葉に、言った自分で驚きます。ずっと心の奥にあったけれど、バタバタしていて封をしていた『自分とは何か』という疑問。『エレナ』という身体の中には『私』と『ワタシ』がいて、時折出てくる『ワタシ』は『私』が一番嫌いな人格で。
ふとした拍子に、一人になった瞬間に考えてしまうのよ。『わたしは何者なんだ』、と。
「くだらねえな。ああ、全くもってくだらない」
「――――」
そうよね、他の人に分かるわけないわね。それを言いたいがための『くだらない』でしょう?
そんな諦めを、鬱屈を、屈折を表情の裏に隠して口を開こうとして――――
「エレナが何者か、なんてどうでもいい。今俺の目の前にいる、素直じゃない女の子が『エレナ』だ」
事も無げに言い放ち、二ッと笑顔を浮かべるケーネの姿を見て固まります。
「やっ……え……」
「確かにエレナは転生者で、そのことで悩んだりもするだろうさ。そんな悩み、一般人の俺には到底理解できるはずもない。できる、なんて言っちゃダメなことぐらい、俺にだってわかるさ。
でもそれが、『個人』ってもんだろ? 俺とエレナが違う個人だったからこそ出逢えたわけだし、それは誰にも否定させやしねえよ」
言葉にならない私の言葉を遮り、刻み付けるかの如くケーネは断言します。そこにはいつもの斜に構えたケーネは存在せず、ただ真摯に、誠実に言葉を紡ぐ彼の姿がありました。
「別に悩むことは悪いことじゃねえよ。けど、そういうつまらない悩みはさっさとごみ箱にでも捨てて別のことを考えようぜ? まあ、何か悩んだら話ぐらいは聞いてやるから、そこで吐き出すってのも悪くはないが……
とにかく、エレナは一人で抱え込みすぎだ。お前が誰よりも有能で才能があって、ほとんどのことを一人で出来てしまうことは分かってる。けど、少しでも抱えたものが重くなったら周りに渡していいんだ。
そのための俺や、ミリダなんじゃないのか?」
「そう、そうね……ありがとう、少しすっきりしたわ」
「それは良かった。また何かあればすぐに言えよ」
そう言いながらまた読書に戻るケーネから、私はそっと視線を外します。高鳴る鼓動を、上気する頬を、霞む視界を今のケーネにはなぜか見られたくなかったのです。
この胸の内がどうしようもなく締め付けられるような思いに答えを出せぬまま、私もまた読書に戻るのでした。
記念すべき50話! ということで、原点回帰的にエレナが前世のことで悩む回にしました。
エレナは作中でも『強い女性』として描くことが多いですが、まだ十七歳の少女ですからね。暇をもらって考える時間が増えれば、自分自身のことで悩むお年頃かなと。皆さんもそんな経験がありませんか?
なんて真面目なお話はここまで。明日も19時に更新しようと思っていますので、よろしくお願いします!




