王女殿下は帝国に衝撃を与えました
「スローダ様、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
秘書の言葉に、王国との交渉内容をまとめていたスローダは顔を上げます。
「ん? どうした?」
「先ほど、王女殿下の提案をお受けになったことです。なぜあのような無茶な提案を断らなかったのですか?」
至極まっとうな疑問です。しかし、スローダは苦笑しながら口を開きました。
「そうか……君にはあの提案が無謀なものに思えたのか。
いや、仕方あるまい。確かに額面通り受け取るならば、全くもって帝国には利益がない。
しかし、考えてもみよ。あの提案を帝国が飲んだ場合、どのような利益がうちにある?」
思いもかけない問いかけに、秘書の女性は黙り込んでしまいます。寸刻悩んだ後、恐る恐るという様子で答えました。
「……そうですね……考えられる利益としては、王国南西部の地勢などの情報が手に入ることでしょうか……」
秘書の答えに、スローダは内心彼女の評価を上方修正させます。あの会話からヒントなしにこの答えを出せる人間は、帝国広しといえどそうはいないでしょう。
事実、彼女はその聡明さと有能さを買われて現在のポストまで引き上げられたのでした。
「うむ、表向きの理由としては半分ほど正解だな。我々は帝国式の測量術などを提供する代わりに、王国南西部の地勢や人口分布、資源の有無などを確認することができるのだ。本来ならば、こちらから頼んだところで了承するまい。何せ、国家機密に相当する情報だからな」
進んで自国の情報を渡そうとする君主はいません。悪用されればその土地、国家までを侵略される可能性がある。その土地に資源があればなおさらで、有用な人物なども引き抜かれかねないからです。
逆に言えば、帝国にとってはそれだけの利益があるということなのです。だからこそ、スローダはあの提案を飲んだのでした。
そこまでスローダが説明すると、秘書が不思議そうな顔をしました。
「ご説明はよく理解いたしましたが、それではひとつ腑に落ちないことがございます。先ほどスローダ様は『理由の半分だ』とおっしゃっておりました。しかも、表向きの理由だと。残りの部分は何なのでしょうか?」
「表向きの理由ならば、先ほど話した理由と繋がるぞ?
もう先の戦争を忘れたわけではあるまい。帝国としても王国南西部の地形などはぜひとも押さえておきたいのだ。
よもや小国連合に反抗の意思が残っているとは思えんが、50年後、100年後はわからん。
そういった不安の芽はきちんと摘んでおきたい」
なるほど、と頷く秘書。やっと得心の入った表情を浮かべる彼女に、スローダはさらに続けます。
「まあ、表向きの理由はこんなところか。無論、細かい理由はさまざまあるが。
で、裏向きの理由なのだが……おそらく、王女はこの私を試していたのだ。一見無茶に見える提案を吹っ掛け、相手の度量を試すとともにその裏に隠された真意に気づくか試す。
全く、とんだ王女だ。しかも、こんなことは報告書に書くわけにいかんから始末に困る」
スローダの説明に、秘書の女性は衝撃を禁じえません。あの会談の空気感でスローダの牽制をのらりくらりかわしながら、あまつさえそんなことまで考えていたのです。それが本当なら、彼女の度胸と才覚は常人のそれとは大きくかけ離れています。
「あの王女、噂通りの人物ならば恐れることはなかったが……こうまで利口な人間だったとは。これは心してかからねば、かの小国が我々を脅かすこともあるやもしれん」
重々しくため息をつくスローダに、秘書の女性も頷きます。
それほどに、彼女との会談は衝撃的だったのでしょう。




