お嬢様は人材不足に悩まされます②
カリカリ、カリカリ。
「ミリダ、この書類を財務課へ。それは総務課からの書類ね、そこの束に置いてちょうだい」
パラ、パラ。ガリガリ、ガリガリ。
「エレナ、これが言われてた税に関する報告書をまとめたものだ。こっちの山でいいよな?」
「ええ、じゃあ次はこっちをお願いね」
カリカリ、ガリガリ。コトッ。コトッ。
「……お、終わった……やればできるもんだな……」
「こっちも終了よ……ああ、腰が割れそう……」
ほぼ同時に書類を片づけ終わった私たちは、何と三日ぶりに大きく安堵のため息をつくのでした。一日目はまだペンを走らせる音や紙をめくる音に心地よさを感じる余裕がありましたが、二日目からは頭の中を占めるのは腰の痛さと手首の痛さだけでした。
そして三日目、ほとんど何も考えずにただ目の前の書類を片づける機械と化してついに、あの膨大な書類の山をすべて消し去ることに成功したのです。
「ケーネ、ほら外が真っ赤よ。もう日が暮れるんだわ」
「……まじかよ。まだ昼過ぎだと思ってたぞ……」
そんな頭を使わない会話をしつつ、私は小さいほうのソファに、ケーネは大きい方のソファに倒れこみます。スプリングがゆっくりときしむ音と共に、私たちの身体からゴキボキとおおよそ人体から鳴ったらまずいであろう音が響きます。
「……ねえケーネ、腰が痛いわ。宮廷にマッサージの得意な侍女とかいなかったっけ?」
「ミリダとか上手かった気がするぞ。けど俺はもう動けねえよ……」
「そう、ミリダね……この時間なら、多分厨房よね……今の私に、そこまで動く元気はないわ……」
というか、本当にミリダは何でもできてしまうのですね。この三日間も、彼女が気を利かして飲み物や軽食を持ってきてくれなければ、私たち二人は飲まず食わずで仕事をしていたかもしれません。
昔から私とケーネは健康とか度外視で何かに打ち込む癖があり、いつもミリダやほかの侍女たちがサポートしてくれていました。また今回も助けられたというわけですね。
「お嬢様、失礼します」
「あら、ミリダじゃない。ちょうどあなたのことを考えていたのよ……あれ、貴女厨房にいなくていいの?」
私の言葉にミリダが目を丸くし、続いて少し怒った表情で口を開きます。
「お嬢様……今は早朝ですよ? 外に見える空は夕焼けではなく、朝焼けです。お嬢様とそこで伸びているケーネは、一晩中書類と格闘なさっていたのです」
そう、なの? 頭だけ起こして壁に掛けた時計を見ると、ミリダの言う通り五時を少し回ったところ。確かに朝かもしれないわね。
「お嬢様、一つ差し出がましいことをよろしいでしょうか?」
「ん? どうしたのよ急に改まって……別に構わないけれど」
それでは、とどこか呆れたようにため息をつくと、彼女は言葉を続けます。
「お嬢様、そろそろ休んでください。この三日間、お嬢様は命を削る勢いでお仕事をなさっていました。私たち下々の者としては、上に立つお方が勤勉な方であるということはこの上ない喜びなのですが、さすがにお嬢様のそれは度が過ぎておいでです。このままでは必ず、どこかでお身体を壊すでしょう」
「そう、ね。お母様にも似たようなことを言われたわ。やっぱり、傍から見れば私はかなり危なっかしいのね?」
「ええ、相当に。宮中の人間は少なくとも、お嬢様のお仕事ぶりに畏敬と共に不安を感じております。
ですから、今日一日はゆっくりとお休みください。追加のお仕事は、なるべく私たちの方で片づけておきますから」
大丈夫よ、と言おうとして開きかけた口が止まります。それほどミリダの表情は真剣で、冗談抜きで私を心の底から心配していることが分かったからです。
……私も、まだまだですね。大切な人にこんな顔をさせては、王女以前に一人の人間として失格ですね。
「分かったわ。ミリダの言う通り今日はちゃんと休むわ。だからケーネも一緒に、いいわよね?」
「ええ、そこのアホ秘書もちゃんと休ませます。全く、お嬢様を止めないばかりか一緒になって伸びているとは……」
ぶつぶつとお小言を言うミリダにケーネが手をひらひらと振ってごまかしているのを見て、私は不意に小さく笑いがこみあげてくるのを我慢できませんでした。
本当に、いつぶりでしょうか。こんなに自然に笑ったのは。
「ミリダ、私はお風呂に入るわ。そのあとに私とケーネのマッサージを頼みたいのだけど……お願いできる?」
「もちろんでございます。よろしければ、お背中を流しましょうか?」
「ふふ、それは良い案だわ。じゃあそれもお願いね」
どうも、Pastです。
最近更新話を、その日の朝にサクッと書き上げるリズムが確立しつつあるんですよね。只今8時前なんですが、この生活リズムにしてからというもの、仕事も学業も恋愛も上手くいくようになりまして、人生バラ色というやつです! ぜひともエレナに実践いただきたいものですね。
……すみません、少し盛りました。でも体調に良いのは本当ですよ(苦笑)




