天才王女は人材不足に悩まされます①
私とケーネが書類仕事を始めてから、どれぐらいの時間が経ったでしょうか。
机の端におかれた時計が示すのは夜の10時半。さすがにこの時間帯にもなると、この部屋に追加の書類を持ってくる人もほとんどいません。
静かな部屋に、カリカリとペンが動く音と紙をめくる音、そして時折椅子がきしむ音が響くのみです。
今の私は対外的に『帝国でひどい境遇に晒され、心身ともに疲弊しきっている』ことになっていますから、幸いにも面談や会談の用事はありません。だからこそ、今のうちにこうして書類作業を進めておかないといけないのです。
元々王国は人材の慢性的な不足が問題になっていて、お父様が倒れられたことでさらにそれが顕著になってしまいました。お父様があまりに賢王だったため、その王が倒れれば王国が終わると踏んだ官吏たちが仕事を辞めて王国を出て行ったのです。よくあることと言えばそれまでなのですが、初めから人材に乏しい王国でそんなことが起こればいよいよ仕事が回らなくなるのは必定よね。
私が執務を担当し始めてから少しは人も増えたけれど、まだそれでも全然足りないのが現状。最低でも今の倍の人間がいないと、今激務に耐えてくれている官吏たちがいよいよ倒れることになるわ。
「そのための学校設立なのだけど……こっちは順調に進んでいる、と。王都の学校が本格稼働するのがあと1カ月後ぐらいだから、ウチに人が増えるのは早くても1年後かぁ……なかなか厳しい状況ね」
1年、果たして前線で働いてくれている官吏たちが持つかしら? 今のところ誰かが倒れた、なんて話は聞かないけれど、常にオーバーワークの状態で仕事を回してくれているからいつ倒れてもおかしくないのよね。
っと、視界がぼやけ始めたことに気付いた私は慌ててペンを置きます。誰かの心配をしているときに自分が倒れたら、それこそ本末転倒というものでしょう。
「ケーネ、少し一緒に休憩するわよ。貴方も少し働きすぎだわ……」
「お、おう……っていうか、もう外真っ暗じゃねえかよ……」
うごごごご、と情けない声を上げながら伸びをする私たち。ケーネは王女の秘書として、そして私は王女としてあまりに情けない姿ですが仕方ありません。固まっていた体中の筋がゆっくりと伸びていくのを感じつつ、すでに冷たくなったお茶に口を付けます。
「まだ粗方だが、一応こっちの作業は終わったかな。エレナの方はどうだ?」
「うーん、私の方もまとまった仕事は全部片付いたかな。でも細々とした作業がたんまり残ってるのよね……まさか小さい時に習った『小さいことでも積み重なると大きくなる』って言葉、今になって実感するとは思わなかったわ……」
「てかそれ、王女の仕事じゃねえだろ……数値処理とか会計処理とか、他の官吏に任せられないのか?」
「無理ね。今でさえ仕事を振りすぎている彼らにこれ以上作業を回せば、それこそ過労で死人が出るわよ。もしくは、一斉に反乱がおきるわね。ほら、これが彼らの平均勤務時間をまとめたものよ。総務課と医務課から、官吏たちの過労に関する問題提起が挙げられていたわ」
私が手渡した書類にざっと目を通したケーネは、即座に私の言わんとすることを理解してうへぇと声を漏らしました。
そう、どう考えてもこれ以上は働かせられないのです。
「けどよ、今はエレナや俺でなんとか回せちゃいるけどこれからはそうもいかないだろ。書類整理が王女の本職じゃないんだから」
「わかってるわよ。私の権限と肩書が必要な仕事を優先してやらなきゃいけないことぐらい
あー、どこかに有能な人材が余ってないかしら……もしくは、私が分身能力に目覚めたり……やめて、そんな目で私を見ないでよっ。別に本気で言ってるわけじゃないわ」
私の言葉の間に、ケーネの視線が可哀そうな子を見る目に変わっていきます。けれど、私が普段言わないような冗談を言うぐらいには追い詰められているのも事実で。本当に悩ましい限りですね。
「今日はこれぐらいにしておきましょう。また明日、残ってる仕事と増える仕事を片づけるわよ」




