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王女殿下は外交がお嫌いです

「お久しぶりでございます、王女殿下」


 定刻の少し前に到着したエレナを待っていたのは、先に到着していたスローダとその秘書でした。


「以前一度だけ、夜会でお会いさせていただきました、マルク帝国外交官、スローダでございます」


「ナンコーク王国第一王女、エレナでございます」


 互いに名乗りあい、スローダがエレナの手を取る形で軽く握手します。エレナがドレスの裾を押さえながら座ったのを見て、スローダが口を開きました。


「本日は帝国のためにお時間をあけていただき、誠にありがとうございます。御父上のご容体が優れないとのことで、王女殿下におかれましては気苦労が絶えないことと存じます」


「確かに、非才の私には重すぎる重責がかかっていますわ。けれど、支えてくださる臣下の方々がとても良く頑張ってくださるので、私も何とか努めていられるのです。もちろん、帝国の方々の援助もありがたいのですよ?」


 そう言いながらふわりと笑うエレナ。いつもは表情の硬いスローダも、釣られて表情が柔らかくなります。


 穏やかな雰囲気で会談は始まりました。

 両者ともに和やかな、それでいてとりとめのない話を続けます。そうしながら相手の器や間合いを調整していくのも重要なことなのです。

 だからこそ、室内にはどこか張り詰めた空気が流れています。


(……この王女、もしやすると噂以上に頭が切れるやもしれん)


 エレナと言葉を交わしてたった数分、スローダは彼女が油断ならない相手であることを感じ取っていました。


(表情と話術、話の運び方も見事としか言いようがない。ここまでの逸材、さらに経験を積めば並みの者では太刀打ちできなくなるやもしれん。まだ表舞台に登場して間もない彼女が、ここまで気負わずに悠然と話を続けられるとは……)


 王女という立場にありながら一外交官の自分に丁寧な言葉づかいで対応し、けれども臣下が心配になるほどへりくだってはいないという絶妙なバランス力。加えて言葉の端々に見え隠れする見識の深さと万人を安心させるような聖母のごとき表情。意識してやっているのならば、本当に末恐ろしい少女です。


(これはこちらも本気でかからねば、あっという間に場の支配権を持っていかれるな)


 歴戦の外交官は、眼前の少女に対してかつてないほど気を引き締めていました。




 

 目の前で中年の外交官が姿勢を改める中、エレナもまた姿勢を改めていました。


(うわー、めんどくさー……)


 これからの本題に対する意気込みでも、スローダをいかに納得させるかという策略でもなく、ただただ腹の探り合いに対しての面倒くささを感じていました。


(全く隙らしい隙を見せないし、私を女だと侮らないし。というか、わざわざ身体のラインを強調するようなドレスを着てきたのに、微塵も反応ないとか不能者なの?)


 もはや最低です。表情では聖女のような微笑みを浮かべながら内心で考えていることはクズという、女性の怖い一面です。


(女に興味がない……まさか男色⁉ 仕方ない、ここはケーネに色目を使わせて……)


 真剣な面持ちで考えを巡らせていると、背中に鋭い痛みが。


「——————っ!」


「? どうなさいましたか?」


 うめき声を飲み込むエレナに、スローダが不思議そうな表情で尋ねる。


「いえ、お構いなく……」


 答えながら恨めしくケーネを見つめると、そっと袖の奥にペンをしまっているところでした。その顔には『くだらないこと考えてると承知せんぞ?』と書いてあります。下手人はどうやら、従者のケーネだったようです。


(ねえ、あなたはアタシの従者よね? 何してくれてんの?)


(うるせえ。くだらないこと考えてないで、ちゃんと目の前の相手に集中しろよ)


(だってぇ、このオッサン相手に無理筋通らなさそうだし……一応手札はあるんだけど……)


(——————一応、ついさっき届いた情報があるんだが、これを使ったら何とかなるんじゃないか?)


(それ、早く渡してよ! てかあなたは、もうちょっと忠誠とか忠義とか学んできなさい!)


 などと視線だけで会話している二人に、スローダが唐突に姿勢を正します。


「さて、殿下もご懸案であろう、先の戦争の清算の話なのですが」


 来た! 


 エレナとケーネの表情が一気に緊張したものになります。スローダも、エレナに対して小細工が無駄だということを悟ったのかスバッと本題に踏み込んできます。


 並みの人間ならば、たとえ準備していたとしても怯むであろう眼光。しかし、エレナは嫣然と微笑みながら口を開きました。


「ええ、確かに本日はその問題を解決するためにお時間を頂いたといっても過言ではありません」


 ですが、と続けて。


「スローダ様の仰った『私の懸案』という言葉、そこに誤りがあるのです」


 ほう、と目を細めて続く言葉に備えるスローダ。そんな彼に、本日初めての厳しい表情でエレナが言葉を放った。


「先の戦争で傷ついた民は、何も南西部の住人たちだけではありません。国内の多くの民が傷つき、疲弊しました。故に、私だけの懸案ではありません。国民全体の懸案なのです」


「では、王女殿下はどうなさるおつもりで? それだけ大きな懸案事項を、どう扱うのでしょうか?」


「帝国の資金の元、我が国南西部にて大規模な公共事業を行いたいと思っておりますの。土地の測量に街路の整備。国境の関所の改修も行いたいですね。ああ、人員はこちらで用意いたしますわ。

 これだけ帝国が尽くしてくれたとあっては、王国の民も心を静めるでしょう」


 あまりに無茶な要望に、部屋にいたほとんどの人間が目を見開きます。


 誰もが断られる未来を幻視して——————


「わかりました。その提案、お受けいたしましょう」


 あっさり受け入れられたのでした。


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