王女殿下は自分がお嫌いです
王国の中心に立つ、白亜の王宮。さらにその中央には執務室があります。本来ならば国王が使うはずの部屋ですが、現国王は病で床に伏せているので、エレナが使っています。
「ケーネ、今日の予定を教えてちょうだいな」
ドレスの裾を手で軽く押さえつつ、エレナが使い古された椅子に座ります。後ろには、従者の少年が立っていて、エレナの問いかけと同時に手帳を開きました。
ケーネと呼ばれたその従者は、まだ若い少年です。年齢は少しエレナよりも高そうですが、まだまだ少年の面影を残した面立ちををしいます。
この国——————特にこの大陸では珍しい、黒い髪に黒い瞳が特徴的な美青年、といったところでしょうか。
「午前中、今から半刻の後に帝国との会談が入ってございます。午後からは報告書、嘆願書の確認の予定が入っております」
そう、と軽くつぶやいたエレナ。ゆっくりと息を吸うと——————
「私は王女なんかじゃないぃぃぃ!」
思いっきり叫びました。
「私はこの国の一貴族の娘! しかもみんなから嫌われこそすれ、あんないかにも『尊敬してます!』なんて眼差しを向けられるようなことは望んじゃいないの!」
「そんなこと言っても、まあ仕方ないんじゃないの?」
先ほどまでとは打って変わったエレナの態度に、しかし従者の少年は全く動揺することなく砕けた言葉遣いで苦笑します。
「さっきの『私がいますから』ってとこ、なかなか良かったぜ?」
「言うなっ! てか、私にもよくわからないよ……実験として使ってみた薬が、まさかこんな効果があったなんて……」
ナンコーク王国の美姫にして、宮中からも市井からも好かれる王女殿下は、実は自分で開発した薬によって前世の記憶を思い出した、『元』悪役令嬢のルナでした。
今から三十年ほど前、権力と財力にモノを言わせて各地から様々な薬を取り寄せ、自領の住民たちで人体実験を行っていたのがエレナの前世——————つまり、ルナです。最期は王国騎士団に斬り伏せられたはずだったのですが、服用していた薬に魂魄転生の効果があったのか、『エレナ』という転生体に元の魂魄を押しのけてルナの魂魄が宿ったのです。
まあ、ケーネ以外の人間がいるところではエレナの人格が色濃く出てくるようですが。
「何はともあれ、今のあんたは王女殿下なんだからもっと言動とかに気をつけてだな……」
「何よ、別に私の本性を知ってるのなんてケーネしかいないんだから問題ないじゃない」
そう、彼女のこのだらしない姿を知っているのは、ケーネと呼ばれた従者の少年だけなのです。