天才王女はお願いをします
ミリダに指示を出した後、私は軍部へと顔を出していました。作戦の立案に必要なドラン将軍は現在、北の国境付近に配属されていて到着まで時間がかかるからです。
本当はすぐにでもケーネの元へ飛んでいきたいのですけどね。しかし私一人が動いたところでどうこうできる範疇を超えているのも確か。はやる気持ちを抑えつつ、私は集まってくれた兵の前に立ちました。
「みんな、忙しい中招集に応じてくれてありがとう。今日は他でもない、貴方たちにお願いをするために集まってもらったの」
王宮内の広場に集まった、この国を守ってくれる兵たち。ずらりと並んだその数はおよそ一万はくだらないでしょう。
それだけの視線を一心に集めつつ、私は言葉を紡ぎます。
「今回の作戦は、正直貴方たちには直接関係のない話なのかもしれないわ。国を、家族を、住む場所を守らんと志願した貴方たちに、私は今から自分勝手なお願いをするの」
何を言い出すのかと唖然とした表情を浮かべる兵たちを前に、私は頭を下げて心中を吐露します。
「今、スティアー領にはケーネとリリンフェルトがいるの。二人とも、私の大切な仲間なの。
だからお願い。彼らを助けるために、私に力を貸してはもらえないかしら?」
『お願い』を告げ、私は頭を下げながら罵声が飛んでくるのを待ちます。ふざけるな、と。
だって彼らには、私の願いを聞き届ける義理はないから。命令ならば勇敢に戦ってくれるでしょうけど、お願いに命を賭すお人よしはいないのです。リスクに見合わぬリターン。いやそれどころか、リターンがあるのかすらわからない勝負なのです。
最悪、ミリダとドラン将軍だけで何とかするしかありません。勝算は皆無ですが、少人数なら少ないなりの戦い方もあります。
そう考えながら頭を下げ続けていると、誰かが近寄ってくる気配が。ガシャリと音を立てて何かが地面に付いたのを知覚して、私は閉じていた目を開きました。
そこには———
「顔を上げてくれませんか、王女殿下。俺たちゃ、偉い方に頭を下げられたら蕁麻疹が出るんでさ」
「つーかずっと、早く命令は来ねえのかって上官にせっついてたところだったんですぜ?」
「ケーネさんにはまあ、世話になったからな。ここで恩を売っておくのも悪くない」
「リリンフェルトの旦那がやってる育成所だっけか、あそこに娘と女房が通ってんだ。今くたばられたら困るってもんよ」
「俺はケーネさんに酒場のツケを払ってもらわなきゃいけないからな。手間賃込みで倍付けにしておくか」
一様に苦笑を浮かべながら口ぐちに『自分なりの戦う理由』を話し始める兵たちが、揃って「それに」と言葉を続けます。
「王女殿下のお願いとあれば、断れんでしょう。何せ、俺らの生活を良くしてくれたのは姫さんなんだからさ。王国兵は誇り高く、勇敢な戦士の集まりです。決して恩知らずの集まりじゃあない」
そう言いながら笑顔を浮かべる兵たちに、ああ、まさしくその通りね、と私も涙をぬぐいながら頷きます。
「……勝てるかどうか、分からないわよ」
「今まで確実に勝てる戦なんてありませんでしたな」
「……報酬はいつもの通りにしか払えないわよ」
「じゃ、また食事会でも開いてくださいな。ウマい飯をウチの坊主たちにも食わせてやりたいんでさ」
「……私の勝手なお願いよ。王命でもないのよ?」
「大差ありませんね。どのみち俺たちは武器を持ったでしょう」
結局、私のお願いに全ての兵が納得してしまった。広場を揺るがさんばかりの熱気は城外へと届き、通りかかる者たちが何事かと足を止めてこちらを見ているのが分かります。
しかし、関係ありません。これほどまでに頼もしい兵を、民を、私は彼らしか知らないのですから。
「……じゃあ、改めてお願いするわね。
———私の大切な人たちを、どうか助けて貰えませんか?」
「「「了解いたしました!!!」」」
ちょっと補足をば。
エレナ的には、まだ王女なので勝手に兵を動かすのには抵抗があります。しかも今回はかなーり私的な参戦理由だったために『お願い』の形を取ったわけですね。あくまで兵士を始めとする王国民は全て、国王のものですから。
それを分かっているからこそ、兵たちは『自分なりの戦う理由』を作ったわけです。言うなれば国家単位で横道に逸れるようなもの。まあ、国王たるお父様は何も言わないでしょうけど……
そんな背景があって、今話が完成いたしました。蛇足だったかもしれませんが、一応付け足しておきます。
それでは皆様、よろしくお願いいたします。




