天才王女は異国の侍女とお話します
「……このように大きなお風呂は初めて見ました。素晴らしいものですね」
夕食を食べ終え、湯あみに向かおうと浴場へ足を運んだ私を待ち受けていたのは巨大な浴場でした。
何十人も入れそうな巨大な浴場の中央には、これまた巨大な檜で出来た湯舟があり、湯気を立てるお湯がこれでもかと湛えられています。
「そうよね、ミリダもそう思うわよね? ウチにもこれぐらいのお風呂を作ろうかしら……」
「それはよろしい考えですが、王宮にはそこまで大きなスペースは余っていないかと」
「あ、そうか……じゃあ、別に浴場だけ作るのはどうかしら⁉」
「警備の問題があります。それに、お嬢様がお疲れの中、王宮の外へ入浴するためだけに足を運ばれるとは考えにくいのですが……」
「む、難しいわね……」
ミリダの言う通り、私は基本的にめんどくさがりなのです。執務で疲れた身体を引きずるのは、王宮内が精々だろうという自覚はありました。
しかし、何はともあれ今は湯舟です。ミリダに身体を軽く流してもらい、ゆっくりとお湯に足を浸けました。
「ああ、気持ちいいわ……このまま溶けてしまいそうね」
「あの、お嬢様。申し上げにくいのですが……」
ミリダが私の言葉に応じながら、若干半身を引きながら横を見ました。
「———あのぅ、王女殿下」
するとミリダの視線の先、湯気の向こうから恐る恐る声が届きました。
「王国の御一行様がくつろがれるのでしたら、私は席を外した方がいいですね」
声の主はスティアー卿の側付きであるアリナさんでした。
頭に巻いていたタオルを外して身体を隠し、そのまま湯舟を出て行こうとする彼女に私は声をかけて止めました。
「あら、それはいけませんよ。後から来た私たちが遠慮するなら話は分かりますが、アリナさんが出ていくことはないでしょう。一緒にお話ししませんか?」
「いえ、そんなことは……そうですね、ではお言葉に甘えることにします」
本来なら異国の、しかも交渉先の王女と側付きの侍女が入浴を共にするなど前代未聞です。しかしアリナさんは私の言葉の後、小さくため息をつきながら湯舟へ戻って来てくれました。
この側付きさん、会談の時から薄々感じていましたが中々に毒舌さんのようです。普通は王女の前でため息なんてもってのほかなんですけどね。
「そうそうアリナさん、貴女のお料理美味しかったわ! 何かコツとかあるのかしら?」
「そうですね、味にうるさい———もとい、味に敏感な主へ仕えたら嫌でもうまくなります。もとはそんなに料理が上手な訳ではなかったですよ」
「へえ、スティアー卿はお料理にお詳しいのね……ミリダ、アリナさんにお料理のコツとか聞いてみたら?」
「アリナさんのお話だと、お嬢様が味にうるさくなればよろしいかと……なっていただいても、私は構いませんが……」
味にうるさい主、ね……。出されたお料理に対して文句を言えばいいのかしら?
ミリダの作る料理はどれも美味しいので、その機会がないのですけど。
「アリナさんは卿と長いお付き合いなのかしら?」
「私がここへ上がったのが九歳の時でしたから、もう十年は経っていますね。そう考えれば、長い付き合いなのかもしれません」
「わあ、ミリダと同じぐらいじゃない! ということは、卿のこともいろいろご存知ということ?」
「王女殿下、主のプライベートにご興味が? 聞きたいですか?」
「是非にも! 詳しく話して頂戴!」
思わぬところで情報提供者を手に入れた私たちは、その後ものぼせるまで話し込んだのでした。