お嬢様は侍女の実家を訪れます
「王女殿下、このような場所までご足労頂きありがとうございます。本来ならこちらから足を運ばねばならないというのに……」
バカンス最終日———
私たちは宿を提供してくれたミリダのご両親へと挨拶に来ていました。
ミリダの生家であるサイジェント家はナンコーク王国に古くから土地を持つ貴族で、数年前に領地経営が上手くいかず没落したのでした。路頭に迷う彼らをお父様が援助し、そこの一人娘であったミリダが私の侍女として王宮へ招かれたのです。
まあ、今では観光業で領地経営も順調のようですけど。地力に乏しいナンコーク王国では、無理に農耕を行うよりは他の産業に目を向けた方が良いことも往々にしてあるのです。
そんなわけで、今私たちはサイジェント邸の応接間で領主のアレロラ卿とお話しているのでした。
「そんな、王女だなんて。今日の私は『ただのエレナ』ですから、どうぞそのように扱ってくださいな」
「そう仰っていただけるのはありがたいですが……ではエレナ様、と」
それでも少し堅苦しいですけど、仕方ありませんね。アレロラ卿は王国の中でも特に王家への忠誠心が厚い貴族として知られていますから。
「我が別荘は如何でしたかな? 何も不自由がなければ良かったのですが」
「不自由だなんてそんな。とても素敵な景色に、広々としたログハウス。みんなで湖で泳いだりしましたし、楽しませてもらいましたわ」
「それは良かった。あの湖はウチの領でも屈指の透明度を誇り、盛夏でも冷たいことで有名なのです。ミリダも幼い時、私と一緒に泳いだことがあるのですよ」
「そうなの、ミリダ?」
「え、ええ。遠い昔の話ですが……」
「だからミリダは泳ぐのが得意なのね! エレナちゃんはすぐにへばってたけど」
「そんなことはないですよ⁉」
しばし昔話に花を咲かせ、話もたけなわといったところでアレロラ卿が意を決したように口を開きました。
「そのう……娘は、ミリダは王女殿下のお役に立てているでしょうか……?」
「はい?」
「いえ、お話を聞いている限りでは娘が、侍女というより友人のように聞こえてしまいましたから……もし娘が、従者として使えないのでしたら———」
「そんなこと、ありませんよ」
思わず口をついて出た声。その語気が強すぎたことに気恥ずかしさを覚えつつ、それでも私はひたとアレロラ卿を見つめます。
「もちろん友人としてミリダを大切に思ってることは確かですが、彼女は仕事も出来る侍女なのです。ミリダにはミリダにしかできない仕事があり、彼女はその仕事を誰よりも上手にこなしています。王女として私が手元に置いておきたい、そう思うような人材といえばお分かりですか?」
むしろ、ここで卿に『娘を引き取らせてほしい』なんて言われたら私が困ってしまいます。貴族の一人娘としてどこかに嫁がせたいという思惑あっての発言かもしれませんが、ミリダに代わるような人材がいないのだから仕方ありません。
それに、友人が近くにいて欲しいと思うことは悪いことではないでしょう。
「そう、ですか……いや、お役に立てているのなら良いのです。不躾な質問、どうぞご容赦ください」
「気にしておりませんわ。一人の親として、我が子の動向を知りたいと思うのは当然のことでしょうから。
そうだミリダ、貴女ご両親にお手紙を書いて差し上げなさい」
「お、お嬢様⁉ いえ、しかしそれは……」
「こうして顔を見せるのが一番なのだけれど、なかなか休みが取れるわけでもないでしょう? だから、せめて手紙で近況の報告ぐらいはなさい。よろしいですよね、アレロラ卿?」
「こちらとしては願ったりな事ですが……よろしいので?」
「むしろ、今まで考えが及ばなかったことを謝罪しなければいけませんわ」
ミリダたちが危惧するように、手紙を送るにはそれなりのお金がかかります。もちろん貴族や王家ぐらいならどうということはないのですが、それでも『贅沢品』として見られるのは当然のことなのでした。
再度ミリダに手紙を書くように厳命しつつ、私たちは数時間後、卿の屋敷から王宮へと出発したのです。