プロローグ 王女殿下は臣下に好かれています
初めての悪役令嬢モノです。自分なりに目新しさを盛り込んでみましたが、何かあれば感想など頂けると幸いです!
ナンコーク王国、その王宮。
石工たちが、その才能を余すことなく作り上げた廊下を二人の男が歩いています。
二人の男はどちらも身なりが良く、立ち居振る舞いからは品位が感じられます。
それもそのはず、彼らはこの国の財務大臣と防衛大臣でした。
国内でも有数の、貴族の家系。しかも彼らは古くからの友人なのです。
けれど、彼らの表情は暗いものでした。
「陛下の御体調、やはり芳しくないとか」
財務大臣が、重々しく息を吐きながらつぶやきました。
防衛大臣は、眉根をつまみながら沈痛な表情を浮かべます。
「ああ、そうらしい……もともと、お身体が丈夫な方ではなかった故なあ……」
「聞くところによれば、隣の共和国や山向こうの帝国でも要人が次々に床に伏せているらしい」
「なんと……! それでは血で血を洗うような権力争いか」
再び、二人の口から重々しい溜息が漏れます。
「我が国を始め、どの国の指導者もカリスマ性に富んだお方ばかりだった。しかし、その強い光が消えた今、より強い反動がやってくることは必定」
「我が国も他人事ではいられまい。だが、唯一救いがあるとするならば———」
その時、廊下の向こうに人影が現れました。
言いかけた防衛大臣はすぐさま口を閉ざし、財務大臣は早くも敬礼の姿勢をとります。彼らの動きには、ただ権力者に付き従うだけの臣下とはまるで違った、自発的な尊敬が見て取れます。
「「お、おはようございます、エレナ王女殿下」」
二人が揃って礼をする先に立っているのは、豪奢なドレスに身を包んだ一人の少女——————エレナ王女殿下です。
「まあ、おはようございます」
年齢は17歳。まだ女性というよりは少女、という形容が似合う人物です。
そんな彼女ですが、先日王が倒れてからは、摂政として国政を支えているのです。
「お二人とも、楽にしてくださいな。それで、何か悩みごとでも? ……やはり、父上のことでしょうか……」
彼女の問いかけに、さらに二人は礼を深くします。
「「そ、その通りでございます」」
そうですか……とわずかに考えた後、彼女は二人の手をそっと取りました。
「心配はわかりますが、きっと大丈夫ですわ」
全く心配を感じさせない声音に、思わず二人が顔を上げます。
「確かに、今が一番辛い時期だと思います。しかし、この国には貴方がたを含めた素晴らしい人材がたくさんいるではありませんか」
「エレナ様……」
「もったいなきお言葉……」
ふふ、と微笑むと、彼女は窓の外に視線を向けました。
「それに、微力ながら私もいます。この国を愛してくれる国民の皆さんに、落ち込んだ顔は見せられませんよ?」
それでは、ごきげんよう、とおっしゃると、王女様は従者を連れて去って行きました。
その背中が廊下の向こうへ消えてから数秒、二人は感嘆の声を漏らしながら顔を上げました。
「……いつ見てもお美しいお方だ……王女殿下さえいらっしゃれば、この国の発展も確約されているというものだ」
「ああ。幼き頃からご容姿、才気ともに群を抜いていらっしゃったが、ここ数年でさらにご成長なされた」
「あのお方にならば、我々も誇りを持ってついていくことができるというものだ」
「無論だとも。王女殿下が笑顔を浮かべていられるよう、我々も一層頑張らねばな」
二人の顔にはすでに不安はなく、確信と希望にあふれた表情をしていました。
きっと、彼らの心中には王国の輝かしい未来が描かれているのでしょう。