第9話:ドリアードとの生活
せっかく見つけた美少女奴隷入手ルートが速攻で潰されている頃、カナリアはウッキウキでドリアードの少女を連れて帰宅した。
「さあ着いたよ。ここが新しいおうちですよ~」
カナリアはペットを迎え入れた小学生みたいなノリで木箱のフタを開け、中に入っていた少女を抱っこして持ち上げた。この子は小柄なのでカナリアでも軽々と持ち上げられる。植物の精霊だからか、少女からはハーブのような香りがした。
「おねえちゃん、なんでわたしを助けたの?」
「さぁ、なんでかな」
まさか最終的にえっちな事をするためだとは言えないので、カナリアはすっとぼけた。
ケートスからは叡智の少女認定をされたカナリアだが、Hの少女と言わざるを得ない。
「んー……でも、これじゃ駄目だね」
「ダメ?」
カナリアはまだ怯えるドリアードの少女を眺めながら顔をしかめた。
確かにこのドリアードはとてつもなく可愛らしい。どちらかというとえっちな事より、抱っこして寝たいタイプである。可愛い事山の如しである。
だが、長い間地下に入れられていたせいで、大分やつれている。さすがにこの状態で色々やるほどカナリアは鬼畜ではない。
「まずは綺麗にして栄養をとって……そうだ! まずお風呂に入ろう! うん! それがいい! イヤッホー!」
「お、おふろ?」
ドリアードの不思議そうに問いただすが、カナリアは答えず家の奥へすっ飛んでいった。この家は造りは古いが間取りはなかなか広く、奥の方には浴槽もある。
「魔法ってこういう時便利だよねぇ」
カナリアは浴槽前で意識を集中し、頭の大きさと同じくらいの水球を作る。それをそのまま浴槽に投げこみ、以下、同じ動作の繰り返しで水を張っていく。
一通り水が溜まれば、今度は同じ要領で火球を作り出し、水にぶち込んでちょうどいい温度まで温める。これがカナリアの魔法の使い方だ。
通常、冒険者が魔法を習得する場合、火や水といった属性に特化して攻撃技として鍛えていくのだが、カナリアがオールラウンドを目指したのは、色々出来た方が生活に便利なのが理由だった。
最初から危ない戦闘をする気が無いので、生活に役立つ魔法をたくさん使える方がいいという考えである。結果的に魔導師としては中途半端な感じになったが、これこそがカナリアの目指す姿なので問題はない。
「ま、他にも理由はあるんだけど」
カナリアは多数の属性の魔法をそこそこ使えるが、実は一つだけ非常に強力な属性を扱う事が出来る。だが、それを使った事は今まで一度も無い。
「でも、ついに使う時が……!」
それはカナリアの美少女とキャッキャウフフ生活に無くてはならない能力だが、まだその時ではない。あのドリアードの少女をピカピカに磨いてからでも遅くはない。
そうして十分ほどで風呂を沸かし、カナリアはドリアードの少女を引っ張って来た。ドリアードの少女は元から裸だったので、自分もすっぽんぽんになって一緒に湯船に入る。やったぜ。
「怪我とかはしてないみたいだね」
「……うん」
汚れたドリアードの少女の体を流しながら、カナリアは涙目になっていた。
ついに……ついに美少女とお風呂に入る事に成功したのだ。今日はドリアード記念日だ。
「おねえちゃん、どうして泣いてるの?」
「なんでもないよ」
「……ふぅん?」
カナリアが涙ぐんでいる事に気付いたドリアードの少女が尋ねるが、カナリアはスルーした。まさか幼女とお風呂に入った感動で泣いちゃったZEとは言えない。
「それにしても細いね。もっとたくさん食べて大きくならないとダメだよ」
「おねえちゃん……やさしいね」
「そう、お姉ちゃんは優しいのだ」
下心を抜きにすればまあまあ優しいカナリアが笑顔で答えると、ドリアードの少女は初めてくすりと笑う。元々顔立ちは整っているが、笑顔になるととても愛らしい。
(でも、今の状態だと大平原なんだよねぇ)
カナリアはドリアードの少女を丁寧に洗いつつ、どさくさに紛れて色々とおさわりチェックしていた。特に胸の部分は重要だ。カナリアとしてはボインボインなのが好みだが、残念ながらこの子の胸は森の精霊なのに大平原だ。
大森林とまではいかなくていいが、せめて大草原くらいにはなって欲しい。
「……カカポ」
「え?」
「わたしの名前。カカポっていうの」
「ああ、そうなの? 私はカナリア。改めてよろしくね」
「……うん」
多少警戒心を解いたのか、ドリアードの少女――カカポはカナリアにされるがままになっていた。元々水だけで生活できるドリアードにとって、入浴は食事も兼ねられる。
そのせいか、二人でお風呂から上がった時には、カカポは大分生気を取り戻していた。緑色の髪もしおれていた感じだったが、今は艶やかに輝いている。
そして、カナリアはここである重大な事に気が付いた。
「そういえば服が無かった。今度買いに行かなきゃ」
「フクって何?」
「何って……私がさっき着てた奴とかだけど」
「わたし、フクっていうの着た事ない」
「なんとォー!?」
カナリアは驚愕した。てっきり奴隷だから牢屋にそのまんまぶち込んでいたのかと思っていたが、ドリアードには服を着る習慣が無いのだろうか。
「もしかしてドリアードって裸族なの?」
「らぞく? よくわかんないけど、フクっぽい奴は大人は着る。でも子供は着させてもらえない」
「そっか……」
安心したようながっかりしたような複雑な気分だ。単純に裸ならいいという訳ではない。見えそうで見えないというのが大事なシチュエーションというのはある。
そんな事はさておき、さすがに全裸生活を送らせるのは問題なので、とりあえずカナリアは自分の着ているシャツを貸し出す事にした。
カカポが小柄なのもあって、ちょうどカナリアの上着がカカポのふとももくらいまでになる。
「わぁ、これがフクなんだ! 大人しか着られないと思ってたのに」
全裸にシャツ一枚という格好なのに、カカポはものすごくはしゃいでいた。
「それ間に合わせだから、今度ちゃんとしたのを買いに行こうね」
「ちゃんとしたのって?」
「その……め、メイド服とか」
カナリアはメイド属性持ちなので、美少女と暮らす事になったら絶対着せようと思っていた。既に発注する店も下調べしてあるが、肝心の着せ替え美少女がなかなか手に入らず頼めなかったのだ。
「……ありがとう」
「気にしないでいいよ。じゃ、次はごはんの準備しないとだから。ちょっと待ってて」
カナリアはもうノリノリだ。スキップしながら風呂場からカカポの手を引っ張って広間に連れていき、自分は厨房へと引き返す。もうしばらくしたら料理なども一緒にやってもらう予定だが、当面は自分が作る事になりそうだ。
カナリアが出ていった後、カカポは一人きりで広間の椅子に座っていたが、それから五分も経たないうちに不安に襲われた。
確かにあの人間は優しい。少なくともケートスとかいう男よりはずっと安心できる。だが、自分の住んでいる森と、この家はあまりにもかけ離れている。
パパやママは心配しているだろうか。仲間と離れ、自分はここで一生暮らさなくてはならないのだろうか。そんな恐ろしい考えが頭をよぎる。
「おうち……かえりたい……」
カカポはカナリアから借りたシャツのすそをぎゅっと掴み、絞り出すようにそう呟いた。カナリアという人間もまだはっきりとは理解出来ないし、これから自分がどうなるかも分からない。
『案ずるな精霊の子よ』
カカポが泣きだしそうになった瞬間、不意にそんな声がカカポの耳に届いた。落ち着いた男性の声だ。
『精霊の子よ、お主もさぞつらい目に遭ったのだろう。だが安心するがいい、我が主はそのような者達に救いの手を差し伸べる人格者だ。何も恐れる事は無い』
「だれ? どこ?」
『ここだ』
声の方向――天井のほうにカカポが顔を向けると、ちょうど天井の梁の部分に白い毛玉が留まっていた。よく見ると毛玉ではなく、もこもことした白い毛に覆われた鳥のようだった。
『自然に近い精霊には我の言葉が通じるようで何よりだ。我が主が人間である事が悔やまれる』
「あなたはだれ?」
『我が名はノリス。誇り高き空の王者ロック鳥』
そう言うとノリスは梁から飛び降り、翼を羽ばたかせた。
そして、そのまんまべちゃっと地面に落ちた。
『……の雛だ』
地面に大の字に落ちたノリスは。それでも威風堂々と言った感じでカカポに語りかけた。