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第8話:叡智の少女

「この店に、小柄な銀髪の少女が現れなかったか? そして、何か珍しい物を探したりしなかったかな?」


 アーノルドの台詞に、ケートスは目を見開いた。

 彼の言っているのは、自分がカナリアと違法奴隷取引をした事に違いない。

 何故それを知っているのか分からないが、ここは知らぬ存ぜぬで行くしかない。


「小柄な銀髪の少女と言ってもたくさんいますから、そういうお客様も来られたことはありますよ」


 嘘は言っていないが本当でもない。煙に巻いたような言葉をケートスは並べるが、三人の若者の表情は険しくなる一方だ。


「あーもう! まだるっこしいわね! ハッキリ言うけど、あんたが精霊をカナリアに売ったっていうのはとっくにバレてんの! あたしたち、朝からあの子をずっと追跡してたから」


 アーノルドとしては交渉から入りたかったのだが、痺れを切らしたシーニュがケートスに言い放つ。ケートスは驚愕するが、なんとか表情に出さないよう取りつくろう。


「それは誤解でしょう。確かにカナリアという少女が来た事は認めますが、何をもって違法取引などと……」

「本当に往生際が悪いおっさんだな。お前が倉庫にカナリアを連れて行って、木箱を抱えて出てくとこまでばっちり見てんだよ。で、カナリアが一瞬木箱を開けたとき、薄緑色の女の子がちらっと見えたんだよ。俺は薄緑色の人間ってのを見た事が無いんだがなぁ」


 シーニュに相乗りするように、フェザンが追い打ちをかける。

 当てずっぽうではなく、本当にケートスは監視されていたらしい。だが、その気配にまったく気付かなかった。


「僕達は新米揃いだが、正規ギルドに属する者の集まりだ。魔獣に気付かれないよう巣に侵入する事に比べたら、街の人間の警戒の合間を突いて侵入するくらい造作も無いんだ。不法侵入した事は詫びよう」


 ケートスの考えを見透かしたようにそう言ったのはアーノルドだ。

 ここまで来ると、ケートスにはもう平静を装う余裕が無くなっていた。


「し、しかし証拠が無いではありませんか。その茶髪の方がおっしゃるように……」

「俺はフェザンだ。こっちのうるさいのはシーニュ。アーノルドは知ってるからいいよな」

「し、失礼しました。フェザンさんはたまたま見間違えたのかもしれませんよ。うちでは薬草なども取り扱っておりますし、緑の薬草などもたくさんあります」

「へぇ、薬草ってのは喋るのかい。俺はカナリアが植物を安心させるために話しかけるのを聞いたのか」

「そ、それも幻聴かもしれませんよ」


 苦しい言い訳だが、ケートスは罪を認めるわけにはいかない。精霊の違法取引は重罪だ。見つかれば間違いなく牢屋行き。今まで積み上げてきた物すべてを失う。


 一体なぜ、カナリアという少女をこの三人が監視していたのかは分からない。

 分からないが、もしかしたらあの少女もこの三人の仲間なのだろうか。


 ――その時、ケートスの頭にある考えが浮かんだ。


「つかぬ事をお聞きしますが、あのカナリアという少女と、あなた方はどういったお関係で?」

「元々、あの子は僕たちのギルドメンバーだったんだ。最近事情があって抜けて、今はソロで活動している」

「そうですか。では、あなた方とは未だに親交を深めていると」

「そうよ。あたし、前にあの子の家にお菓子持っていったし。その時に闇取引の話をしちゃったから、それからこっそり調べてたのよ。で、あんたの所に当たったってわけ」


 アーノルドとシーニュの返答を聞き、ケートスはにやりと笑う。


「なるほどなるほど……となると、あなた方も黙っていたほうがよいのでは?」

「……おっさん、何言ってんだ?」


 フェザンが首を傾げるが、ケートスは先ほどとは違い、だいぶ余裕のある表情に戻っていた。


「私が違法な取引をしているとしましょう。ですが、あなた方と親交のある元ギルドメンバーが違法取引に手を出しているとなれば、あなた方もそういった集団と見なされるでしょう。何より、大切なカナリアさんが私と一緒に牢屋に入る姿は見たくないでしょう?」


 ケートスはカナリアを人質に取る事を考えた。あの少女がギルドの依頼で調査しているのであれば、メンバーが不祥事を起こせば依頼はパーになる。最悪、正規ギルド認定すら消えるだろう。


 つまり、自分の身が可愛ければ、お互い見なかった事にしようという訳だ。


「……ぷっ! あはははははっ!」


 しばしの沈黙の後、シーニュが吹き出し、それから他の二人も大笑いした。


「何がおかしいっ!」


 それまで狡猾(こうかつ)な店主を演じていたケートスは、顔を真っ赤にして机を叩いた。もはや温厚な骨董屋の面影はどこにもない。


「あんた本当に馬鹿ね。それでよく違法奴隷取引なんて危ない橋を渡ろうとしたわね」

「き、貴様らだってただではすまんのだぞ!」

「あいにくだが、違法取引の現場差し押さえの依頼は一件も入っていないんだ」

「……な、何だと!?」


 冷徹に言い切るアーノルドの台詞に、ケートスは凍りついた。


 ケートスはカナリアが組織から依頼を受け、違法の奴隷取引場を探す、この三人の下請け調査員のような役割であると思っていた。だが、そうではなく完全に個人で動いていたのだという。


 そうなると当然、足を棒にして王都中を歩き回っても報酬はゼロだ。つまり、あの少女もこの三人も、本当に善意のみで動いていたという事になる。打算で生き続けてきたケートスには想像がつかない。


「だ、だが、カナリアが精霊を買ったのは事実! どちらにせよあの少女は違法な取引に手を出したのだ!」

「おっ、ついに白状したなおっさん」


 フェザンがからかうように言うが、ケートスの焦りと怒りは積み上がるばかりだ。これ以上言い逃れ出来ない以上、カナリアという少女にも不幸が訪れると脅迫するしかない。


「……で、カナリアが有罪の証拠は?」

「証拠だと?」

「そう、証拠よ。カナリアが精霊奴隷を買ったんなら契約書があるでしょ? 普通、大きな買い物だったら契約書は残すわよね? あるんなら出しなさいよ。ほら早く」

「そ、それは……!」


 シーニュが満面の笑みを(たた)えて言う台詞に、ケートスは喉を詰まらせた。闇取引では痕跡を残さないため、一切の契約書を交わさないと説明したばかりだ。それが逆に、カナリアがこの取引に絡んでいないという証拠を作ってしまった。


「カナリアの元にドリアードの少女が居るはずだ! それが動かぬ証拠だ!」

「確かにあの子の家には、今ドリアードの少女が居るのは間違いないだろう。だが、もしかしたら森で保護したのかもしれないな」

「ぐっ!?」


 アーノルドが少し意地悪い言い回しをした。これは、ケートス自身がカナリアにしたアドバイスだ。完全に逆手に取られている。


(まさか……あのカナリアという女、全てを考えてこの行動を!? おかしい! あの邪悪な笑い方は絶対に演技では無いはず……だが、しかし!)


 ケートスにはもうどこまでが本当で、どこまでが演技なのか分からなくなっていた。


 今まで数多くの顧客を相手にしてきたケートスは、カナリアも間違いなく邪悪な考えを持った人間だと長年の勘で判断した。だが、そうではなかった。だからこそ、この三人が自分を糾弾(きゅうだん)しているのだ。


 ケートスはあれだけの演技が出来る人間を見た事が無い。

 もしも舞台に立てば名女優間違いなしだろう。


「あの子があんたに払った金額以外にも、今まで裏取引で溜めこんでる分があるんでしょ? 店の売り上げに比べて大量に謎の巨額が出てきたら、あんたはそれをどこから引っ張ってきたのか、役人に喋らないといけない。あんたに関しては証拠が無いのが仇になったわね」


 シーニュの言葉に、ケートスはがっくりと床にへたり込んだ。

 闇取引の契約書は交わさないようにしていたが、溜めこんだ金があるとこの三人から国に報告されたら喋らざるを得ないだろう。


 もちろん、取引内にカナリアの払った額も混ざっているので、巻き添えにする事も出来る。


 だが、どこからどこまでが誰の取引分か証明する事が困難だ。契約書が無いのだから名前を上げても言いがかりにしかならない。


「……罪を認めよう」


 ケートスは顔を青ざめさせながら、それだけ言った。

 完敗だった。あとはもう自分から罪を認め、少しでも罪を軽くするくらいしか出来ない。


「最初っからそう言えばいいのによ。しっかし、カナリアもお人よしだよなぁ。報酬も無いのに違法奴隷の取り締まりなんかやってよぉ」

「まったくだ。カナリアは依頼ではなく独自で動いていたから、不正取引の現場取り締まりの功績は『黄金の竜』のものになってしまうな」

「黄金の……竜?」


 フェザンとアーノルドの会話に、漏らすようにケートスの声が混じる。それを聞いたシーニュが得意げに笑う。


「そう! あたしたちは期待のルーキー『黄金の竜』よ。といっても、まだ出来たてだから、あんたが知らないのも無理はないわね」

「はは……そうか、私はあの少女にまんまと絡め取られたのか……」

「……何言ってんのよ?」

「何でもない。あのカナリアという少女の頭の回転の速さに、少々驚いただけだ……」


 諦観の混じった口調でケートスは小さく呟いた。


 全ては偶然で、カナリアが己の欲望で奴隷を買っていった結果、たまたま正規ギルドに現場を目撃されたという可能性も考えていた。


 だが、それは違うとケートスは確信する。つい先ほど会話したカナリアの意味不明な言葉が、今にして理解出来た。


『それじゃ、今度来る時は黄金色のお菓子を用意して来ますから。期待して待ってて下さい』


 黄金色のお菓子とは何なのだろうと流していたが、この三人の所属するギルドは『黄金の竜』だという。あれはカナリアなりの悪に対する皮肉だったのだ。


 さえないひよっ子だとばかり思っていたが、その姿の奥には恐るべき叡智を蓄えている。人を外見で判断してはならない、そう言い聞かせていた自分すらあざむく恐るべき魔導師。


「末恐ろしい娘だ……」


 ケートスはもはや抗う気力すら失い、完全に呆然自失となっていた。


 その後、アーノルドの計らいで役人に報告がなされ、ケートスはそのままお縄に付き連行されていった。不正に溜めこんでいた金の出所を問いただされれば、芋づる式に闇奴隷取引の罪に辿り着くだろう。


 こうして、精霊を奴隷として扱う悪の巣窟の一つを潰す事に成功した。

 同時に、カナリアの美少女奴隷仕入れルートも一つ潰れた。


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