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第7話:闇の中の取引

「いらっしゃいませ」


 骨董商ケートスは、開店とほぼ同時に入ってきた少女に恭しく挨拶をした。


 見た感じ金持ちそうには見えないが、見かけで判断しないのはこの世界の常識である。

 日本と違い、この世界では魔力という概念があるからだ。


 日本で中年男性と幼女がバトルした場合、とりあえず腕力で中年男性が勝利するだろう。その後、おっさんは警察に捕まって幼女の判定勝ちとなるが。


 一方、カナリアの今生きている世界では、中年男性と魔力幼女がバトルした場合、幼女が軽く魔力の塊をぶつけると中年男性は汚い花火になって死ぬ。


 どっちにしてもおっさんが幼女に勝てない点はさておき、外見で人を侮る事は己の死に直結する。少なくとも、ケートスは商売柄そのくらいの判断はする男だった。


「何かご入用ですか? 骨董品などもありますが、冒険者の方でしたら中古の魔道具などもありますが」

「違う。ここに並んでいない物を買いに来た」

「となると、倉庫の方にあるものですかな? 今リストを持ってきますので」

「違う。精霊を買いたい」

「……精霊ですか。そういった商品はあいにくうちでは扱っておりませんよ」


 ケートスは一瞬眉をぴくりと動かしたが、すぐに平静を装った。裏取引に手を出している以上、安易な取引に応じたら最終的に損をするのはケートスの方だ。


「嘘を吐かないで欲しい。私は別にあなたが闇取引をしていても誰かに告げ口はしない。単に私の目的の物を売ってるなら欲しい。それだけ」

「ですから、私の店は骨董品屋でして、そのような物は……」

「森の精霊ドリアード、まだ若い個体を地下室に隠している。当たってる?」

「…………」


 これにはケートスも狼狽(ろうばい)を隠せなかった。確かに闇で違法奴隷を取引している噂くらいは掴まれてもおかしくはないが、ここまでピンポイントに言い当てられるとは思わなかった。


 どうやってかは分からないが、この少女は自分が闇に手を染めている事に確信を持っている。下手にしらを切り続けると、後々どうなるか分からない。


(目的の物を売っているから欲しい。そういう輩も魔術師にはいるからな)


 ケートスは脳内で目まぐるしく損得勘定する。精霊は魔力の塊だ。魔道具の素材にしてもいいし、魔力を絞り取る事だって可能だ。精霊の呪いを受ける危険はあるが、他人に騙して作業をやらせたりして回避するえげつない抜け道もある。


「お嬢さんの目的とは何ですかね」


 とりあえずケートスはそこから探る事にした。正義感に溢れて奴隷解放などのために動いているのなら、突っぱねざるを得ない。逆に、己の欲望に忠実な人間なら、今後もよい顧客になる可能性もある。


「それは……その、ま、魔法の研究に必要だから」


 カナリアは思いっきり嘘を吐いた。さすがに美少女とキャッキャウフフして暮らしたいだけとは言い出しづらかったからだ。だが、この返答はケートスにとっては効果的だった。


「なるほど……つまり、あなたはあくまで己のために精霊が欲しいと、そうお考えで」

「まあ、そんなところ」


 カナリアは笑って誤魔化した。すると、ケートスは椅子から立ち上がり、入口に『準備中』の札を再び掛けた。それから顎で倉庫へ続く裏の扉の方を指す。


「では付いてきなさい。お目当ての物を見せてあげましょう」


 ケートスがそういうと、カナリアはにやり邪悪に笑う。

 その時ケートスは確信した。こいつになら売っても問題ないだろうと。


 ケートスはカナリアを引き連れ、あたりを慎重に確認し、地下の秘密通路へカナリアを誘導する。カンテラの明かりを頼りにじめじめした地下室を下っていくと、そこにはドリアードの少女が泣きはらした表情で座り込んでいた。


「ワーオ」

「まあ、見ての通りまだ幼いので大した価値はありませんがね」

「いや、そんな事は無い。最高だ」

「……そうですかね?」


 ケートスの顔からは営業スマイルは消え去り、無表情で『商品』を眺めていた。一方、カナリアは興味深くドリアードの少女を見る。


「本当にこれを買いますか? 精霊の取引は違法なのはご存知ですよね。買ったらすぐに素材にするか、どこか見えない場所に監禁しておくのがよいと思いますが、ここまで幼いと騒いでバレる可能性も」


 ケートスからしたら精霊の中でも二級品くらいだが、カナリアの奴隷行脚(どれいあんぎゃ)の中ではこの少女はずば抜けて美しかった。人間の見た目で5、6歳くらいだが、それにしても飛びぬけて可愛らしい。


 薄緑色の肌も、人外でも可愛ければ全然オーケーなカナリアにはばっちこいだ。

 欲を言えば巨乳が良かったが、外見上は何の問題も無い。

 素材うんたらの部分に関しては、もう完全に耳に入ってなかった。


「この子を買う。金なら用意して来た」


 そう言って、カナリアはこれまで溜めこんで来た金の入った袋をケートスに突きつける。ケートスは暗がりの中で袋を覗きこみ、必要な金額には足りている事を確かめた。


「ほお、なるほど……確かに受け取りました。これは闇取引ですから、あくまでも他言無用でお願いしますよ。私はもちろん、あなたにも罪が課せられますからね。万が一見つかったら、森で保護したとか、適当に言い訳を考えておく事をお勧めしますがね」

「分かってる。この場所の事は絶対に口にしない」


 カナリアとしてもようやく見つけた理想の奴隷取引場だ。絶対に他言しないと心に決めている。

 カナリアは檻の目の前に座りこむと、怯えるドリアードの少女に目線を合わせ、優しく微笑んだ。


「もう大丈夫だよ。私のところにくれば毎日ハッピーだよ」

「おねえちゃん、だれ?」

「私はカナリア、ただのしがないお姉ちゃんだよ」


 お姉ちゃん(迫真)は、己の下劣な欲望が溢れださないよう、理性を総動員してドリアードの少女を怖がらせないよう努力する。さすがのカナリアも奴隷を買ったその日に襲い掛かるような真似はしない。


 ペットを迎え入れる時は、しばらくは環境に慣らし、それから徐々にスキンシップをしていくのが基本だ。カナリアの求めているスキンシップは少々アダルティかつハードなので、ここは慎重にいくべきだ。


(長かった……ついに、美少女奴隷を手に入れる事が出来た)


 カナリアの頬を涙が伝った。この世に生まれて十数年。ようやくイヤラシックパーク建設の第一歩を踏み出せたのだ。どうして感涙せずにいられようか。しないはずがない。


「おねえちゃん、なんで泣いてるの?」

「な、何でもない!」


 ドリアードの少女が不思議そうに首を傾げると、カナリアは慌ててローブの裾で顔を拭った。


(もしかして、このおねえちゃん、わたしを心配してくれたのかな?)


 ドリアードの少女は、ふとそんな事を思った。

 人間は怖いものだと思っていたけれど、目の前の少女は檻に入れられた自分に優しく笑いかけた後、同情するかのように涙を流してくれた。少なくとも、今まで見た人間はこんな事はしなかった。


「あ……」


 そこでドリアードはある事に気付いた。カナリアの腰には、水の入った小瓶があった。先ほど自分の様子を見に来た魔法生物である事は、魔力に敏感なドリアードには一瞬で分かった。


 だとしたら、この銀髪の少女が自分を助けてくれる『マスター』なのだろう。なら、この少女に付いていくほうがいい。少なくとも、この酷薄な男と地下に居るよりはずっとましなはずだ。


 ケートスが檻の鍵を開け、ドリアードを引きずり出そうとするが、逆にドリアードの方からカナリアの方に駆け寄り、背中に回ってギュッと抱きついた。


「おや? 随分素直じゃないか。私にはこんなに従順では無かったのですがね。あなた、精霊使いとしての才能があるかもしれませんな」

「私は精霊だろうが人間だろうがどうでもいい」


 カナリアはぶっきらぼうにそう言い放った。見た目が可愛ければ何でもオッケーなのである。


「では、帰宅するまで見つからないよう、この木箱にその精霊を入れて運んで下さい。なお、他言無用はもちろんの事、あいにく闇取引なので契約書などは一切残せませんのであしからず」


 ケートスの取引は違法そのものなので、契約書などは一切交わさない。

 痕跡は可能な限り消し、アフターサービスもない。


「了解。痛い思いはさせないからね」

「……うん」


 ドリアードの少女は、想定していたよりずっと素直に木箱にすっぽりと収まった。木箱には車輪が付いていて、そのまま押していけば買い物かごのようにしか見えない。


(やった! すごく可愛い上に大人しくて従順な美少女奴隷ゲットだぜ!)


 などと思いつつ、カナリアは出来る限り平静を装った。

 ロリなのが多少不満だが、少なくとも今までで最高品質なのは間違いない。

 信じていれば夢は叶う。カナリアは己の意思を貫いた事は間違いではなかったと強く思った。


「ところで、一つ尋ねたいんだけど」

「なんでしょうか? ああ、取引は一括で行うので、今後こちらから干渉する事も無いのでご安心を」

「そうじゃなくて、この場所は定期的にこういう子を仕入れてるの?」

「……ほお、まだ足りないという事ですか」


 ケートスは邪悪な笑みを浮かべた。この少女、見た目は大人しそうだがなかなかに腹黒だ。それに、良く分からないが、どこか年齢とは不相応な雰囲気がある。


「定期的というほどではありませんが、それなりに仕入れてはいますよ。その子はハズレの部類です」

「なるほど。じゃあ、今回で終わりでは無いという事ね」

「もちろん表立って情報は出しませんがね。一度取引していただき、その後、情報を漏らさなかった方には多少の割引も致しますよ」


 ケートスは完全にカナリアを商売相手と見なしたようだった。魔法の力を強めるため、精霊を無理矢理欲する低ランクの冒険者。それがケートスがカナリアに下した評価だった。


 こういう馬鹿な女はいい金蔓(かねづる)になる。力を欲するあまり、最終的に精霊の怒りを買い、国の怒りを買い破滅しようが、ケートスには関係ない事だ。


 見た目で実力を判断は出来ないが、貴族ならこんな貧乏くさい格好はしないだろう。社会的立場は自分の方が上だ。いざとなれば知らぬ存ぜぬと言い張って自分は逃げればいい。


「イッヒッヒ、お代官様……お主もワルよのぅ」

「オダイカンサマ? なんの事だか分かりませんが、まあ、悪事をしている自覚はありますがね」


 カナリアが時代劇っぽく邪悪に笑うと、ケートスも釣られるように同じように下卑た笑みを浮かべる。カナリアとしてはこの調子で美少女をモリモリ仕入れてくれるなら、悪代官ケートス様に忠誠を誓うつもりだった。


「じゃあ私は今日は帰る。あまり長居をすると怪しまれるから」

「それがよいでしょうな。倉庫の裏から路地裏に出られる道があるので、比較的人目に付かず表通りに出られるようになっています。では、ご利用ありがとうございました」


 ケートスが笑みを浮かべたまま会釈すると、カナリアも軽く首を縦に振る。

 ドリアードが入っている木箱は想像以上に軽く、カナリアは背負いながら階段を昇り、それから地面を転がして帰路に付く。


「あの……わたし、どうなるの?」

「大丈夫。すごくいい所に連れて行ってあげるから」


 木箱の蓋を開け、ドリアードが不安そうにカナリアを見るが、カナリアはそれだけ言って蓋を閉じた。そして、後ろで様子を(うかが)っているケートスの方を振り向いた。


「それじゃ、今度来る時は黄金色のお菓子を用意して来ますから。期待して待ってて下さい」


 カナリアはドリアードの少女に見られないように、また時代劇の悪役みたいな台詞を言い放った。黄金色のお菓子……すなわち裏金の事なのだが、当然ケートスには意味が分からない。


「気味の悪いガキだ。ま、こちらとしては金になればなんでもいいがね」


 カナリアが去った後、ケートスはそう呟いた。


 なぜこの場所で闇取引が行われている事を知ったのか、あんな子供の精霊を最高だといった理由も分からない。だが、必要以上にお互い足を踏み入れないのがこの世界で生きぬくコツだ。


 そして再びケートスは『本業』を再開する。準備中の札を戻し、街の骨董品屋に戻る。


「ちょっといいかしら」

「いらっしゃいませ。何かご入用ですかな?」


 ケートスは再び営業モードに入り、店に入ってきた客に愛想笑いを述べる。


「あいにくだけど、商品を買いに来たって訳じゃないのよね」


 先頭に立っている少女がそう言った。店に来たのは三人。燃えるような赤毛の少女、焦げ茶色の髪の大柄な青年、そして――。


「おお! アーノルド公爵殿下ではありませんか! このようなむさくるしい店に来ていただけるとは!」


 最後に入ってきた青年は、かの名門貴族アーノルドだ。先ほど来た小汚い少女と違い、彼がこの店に訪れると表の看板に箔が付くので、ケートスは飛び上がるほど喜んだ。


「店主、少々聞きたい事があるのだが」


 ケートスの喜びを遮るように、アーノルドは突き離すようにそう言った。

 そして、その次に信じられない台詞を口にした。


「この店に、小柄な銀髪の少女が現れなかったか? そして、何か珍しい物を探したりしなかったかな?」


 アーノルドの台詞に、ケートスは目を見開いた。

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