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第6話:どんな物にも価値はある

 王都ミグラテールは王城を中心とし、そこから円形に拡散していくような構造になっている。


 中心部に行くほど貴族たちをはじめとする身分の高い者の割合が増え、円の外側に向かうほど平民や移民が多くなる。


 そして、貴族たちの住むエリアの隅の方に、ケートスという痩せた初老の男が営む骨董品屋がある。

 品ぞろえは可も無く不可も無く。貴族たちが飾る絵画や甲冑、そして冒険者たちが扱う魔道具などを取り扱っている。


 石造りの一階建て。スペースはそれほど広くはない。


 店に並べてある商品は盗難防止のため、二級品をメインで並べており、それ以外に価値のある物は裏手の倉庫に鍵を掛けてしまってある。


 商品のリストを店に貼り出し、見たい商品があれば案内するか、もしくは店に持ってくるシステムになっている。


 この手の店は王都の至る所にあり、ケートスの店は中堅と言ったところ――表向きは。

 彼の本当の『商品』は、もっと深い闇の底にある。


「さてと、そろそろ店を開ける時間だな」


 ケートスは神経質そうに咳払いをすると、倉庫の鍵を開け、中に入り、再び厳重に鍵を閉める。

 骨董品には見向きもせず、石造りの床の一部を数回踏む。

 すると、頑丈なはずの重い石の床が、まるで自動ドアのように横にスライドした。


「大事な商品格納庫だからな、こいつを作るのに苦労したわい」


 ケートスはこの倉庫を加工し、魔力によって稼働する隠し通路を作っていた。

 ぽっかりと開いた穴の底に向かう階段があり、ケートスはランタンを片手に地下に向かう。


「さて、ご機嫌はどうかな? ドリアードのお嬢ちゃん」

「うぅ……」


 ケートスが石の階段を下った先には、暗闇に支配された空間があった。

 その地下牢のような場所の真ん中には、鉄の檻がある。その中で、何かがかすかに動く。

 ケートスがランタンでその檻を照らすと、中の生き物は怯えたように狭い檻の奥へ身を引いた。


「……おそとにでたい、ここはせまいし、くらいし、さむい」

「そりゃあまだ無理だねぇ。買い手が付くまではここで暮らして貰わなくては」

「おうちに、かえして」

「そりゃあもっと無理だねぇ。君が悪いんだよ。ドリアードは森に住むのに、君は平原でのうのうと寝ていたらしいじゃないか。森の外は危険なんだ。だから私のような悪い奴に捕まるんだよ」


 ケートスは嗜虐的(しぎゃくてき)な笑みを浮かべながら、すすり泣く少女の檻を軽く蹴った。

 檻の中に入っていたのは人間の少女に似ているが、微妙に違う。


 尖った耳を持ち、若草色の髪と、そして薄い緑色の肌。

 ドリアードと呼ばれる森の精霊の一種だ。


 ケートスは密漁者に依頼し、たまにこうした異種族を密売していた。ドリアードは森の奥に住む種族で捕獲が難しいのだが、この少女は平原でのんびりと日向ぼっこをしていたところを捕らえたのだという。


「しかし残念だ。君はとても可愛らしい。もっと大きければ高値で売れたんだろうが、あいにく私の顧客には変な性癖を持っている人間がいなくてね。となると、別ルートで売らねばならない。例えば、すり潰して魔力の粉にするとかね。大丈夫、どんな物にも利用価値はあるからね」

「わ、わたしのパパとママはすごくこわいんだよ! 怒ったらあなたなんかコテンパンなんだよ! 本当だよ!」


 ドリアードの少女は、精一杯の威嚇をした。だがケートスは鼻で笑うだけだ。

 子猫が毛を逆立てて何が怖いというのだ。


「おお、それは怖い。なら、そのパパとママに今から助けを呼んではどうかな? 悪い人間に捕まってるから助けてーってね」

「うぅ……」


 ケートスが意地悪くそう言い放つ。


 ドリアードに限らず、精霊は人間とは比較にならない膨大な魔力を持つ。だが、制限があるのだ。

 水、火、森……さまざまな精霊たちは、その場所と遠く離れた場所では本来の力を発揮出来ない。

 まして、このような幼体ではろくに力を使えない。


 さらに念のため、ケートスはこの少女を二週間ほど前からずっとこの地下室に押し込めていた。単純に隠していただけではなく、力を奪うためだ。


 森の精霊であるドリアードは、清らかな風と光、そして水によって活力を得る。

 このような場所に押し込めるのは、最大の屈辱であり、最も効果的に力をそぐ事が出来る。


「まあ仕方が無い事だよ。生きているとどうにもならない運命はあるものさ。まあ、君は運命を受け入れたまえ」


 ケートスはそれだけ言って、檻の外からドリアードの少女の頭にコップから水を掛けた。

 ドリアードは水だけで生きる事が出来るし、死なれても困る。

 だが、飲ませるのではなく、敢えて立場を分からせるためにこのような非道な行為を行う。


 そうして、商品の様子を確認し終わったケートスは、再び階段を昇り通路を隠すと、何食わぬ顔で開店準備を始めた。


「だれか……たすけて……」


 光一つ差し込まない寒々しい暗闇の中、ドリアードの少女は涙を流し、来るはずのない助けを求めた。仲間達は森から離れられない。自分がここに居ることだって分からないだろう。こんな場所に誰が助けに来るというのだ。そんな事が出来るのは、きっと神様に違いない。



◆ ◆ ◆



「ここが闇奴隷市場ね」


 同時刻、カナリアはケートスの骨董品屋の開店を、今か今かと待ちわびて近くで待機していた。闇市場というのも色々あるようなのだが、当然なかなか見つからない。


 だが、カナリアは王都中の奴隷市場をほぼ全て見回っていたので、そこから拾った断片的な情報で、とりあえず一つだけ、恐らくここだろう目星を付けた。


「フッ、あの時の苦労は無駄では無かったという事だ。人生に無駄な物など何もない」


 カナリアは何故か格好付けて笑うが、目的が美少女奴隷購入なのでいまいち締まらない。


「とはいえ、どうしたもんかなぁ」


 恐らくはこの店で裏取引があるはずなのだが、確証は得ていない。


 万が一、ここがごく普通の骨董品屋だった場合、カナリアが闇奴隷市場を探す脱法野郎だとバレてしまうだけだ。そうなるとシーニュにまた問い詰められるだろうし下手は打てない。


「……切り札を使うか」


 実は、カナリアは元ギルドメンバーにも言っていない『切り札』をいくつか持っている。そのうちの一つを今使うことにした。


 カナリアは、いつも携帯している水の入った小瓶を取り出し、ふたを開ける。


「出ておいで、ロー」

「あいあいさー!」


 カナリアが小瓶の水に話しかけると、瓶の水が喋り出し、水飴のような粘度になる。

 そして、その水飴は自分で瓶から這いだすと、徐々に人の姿になる。


「もー、マスター、あたしのこと全然呼んでくれないんだもん」

「ごめんごめん。でも、毎日水替えはしてるから」

「そうじゃなくて、出番が欲しかったの!」


 ローと呼ばれた飴細工のような生物は、透明な少女の姿になり、カナリアの手の平の上でぷりぷり怒っていた。


 これこそがカナリアの持っている切り札その1、『魔法生物』である。学生時代にカナリアが研究し、独自に作り上げたものである。


 カナリアの冒険者としての方向性が定まっていなかった頃、彼女は最初に魔法生物の研究を始めていた。理由は簡単。自分で戦わなくていいと思ったからだ。


 本当はゴーレムと呼ばれる巨大な戦闘人形を作りたかったのだが、カナリアの魔力では製造できなかった。それに材質によって強さも変わってくるので金が掛かる。


 そこでカナリアは水をベースに魔法生物を作り始めた。そこで出来上がったがローである。


 だが、カナリアの技術不足と魔力不足が相まって、ローは小人くらいの大きさの喋る水飴みたいなものにしかならなかった。ちなみに、女の子の姿をさせているのはカナリアの趣味だ。


 せっかく作ったし、いざとなったら水分補給くらいには役に立つだろうと思って一応携帯していた。


「ロー、あの店……いや、多分裏の倉庫だと思うけど、そこに入って探し物をしてきて欲しい」

「探すって、何を?」

「可愛い女の子がいないかどうか」


 カナリアは普段自宅で美少女奴隷を連呼しているが、水状態のローは休眠状態なのでその辺りの状況は把握していない。


「よく分かんないけど、りょうかーい」

「いい? 美少女を見つけたら速攻で戻ってきて。一刻を争うから」


 カナリアはじらされまくって最早限界だった。

 これ以上、美少女奴隷が手に入らなかったら発狂して暴れそうだった。


 そんなカナリアの内心が分からないまま、ローは手の平から飛び降りると、そのまま形を変えてアメーバのような姿になり、地面を這いずっていく。


 ローは形を自在に変えられるので、倉庫の隙間から忍びこむ事など朝飯前だ。


「えーっと……なんか普通の物しかないなぁ……あれ?」


 ローは倉庫内を見まわしながら、不意に異変に気付いた。


「この床、なんかくぼみがあるなぁ」


 ローは地面をぺたぺた歩き回っていると、不意に足がめり込むのを感じた。

 人間サイズなら気付かないが、ローの大きさだと充分に隙間と言えるくらいだ。


「うんうん、怪しいなぁ」


 ローはその窪みに体を滑り込ませ、暗闇の中の階段を下っていく。

 そして、ついにそれを発見した。


「あらま……これはひどい。ねえ、お嬢ちゃん、大丈夫?」

「ひっ!? だ、だれ!?」


 ローは、やせ衰え、怯えきったドリアードの少女になるべく優しく話しかけたが、暗闇の中で急に話しかけられた少女の方はすっかり狼狽していた。


「あたしはロー、なんていうか、マスターのお使いみたいな?」

「ま、マスター?」


 マスターという言葉に、ドリアードの少女は身をびくりと震わせた。

 自分を買い取る人間がついに現れたのだろうか。それはここから出られる事でもあるが、同時にすり潰されるという事でもある。


「あー、そんな心配しないでいいよ。あたしもよく分かんなかったけど、ここに来させられた理由が今分かったわ。マスターはきっとお嬢ちゃんを助けてくれるよ」

「え? なんで?」

「さあ、なんでかなぁ。多分、そうしたいからじゃないかな?」


 自分の創造主であるカナリアを、ローは崇拝している。


 もちろんローとて知恵ある生命体だ、もしもカナリアが自分を乱暴に扱っていたら決して盲信はしない。


「マスターはあたしにも優しいからね。ま、ちょっと待ってて。すぐ終わるだろうからさ」

「え、あ、ちょっと!?」


 困惑するドリアードの娘をよそに、ローは再び階段を昇って外へ出ていった。

 そして、そのまま主の元へ戻っていった。


「マスター、やっぱり居たよ。ドリアードの可愛い女の子」

「でかしたっ! あとで角砂糖をあげよう」

「わーい!」


 カナリアは拳をぎゅっと握る。主の役に立てた事にローもご満悦だ。

 そのままローは小瓶の中に戻り、再び液状の休眠モードに入った。


「ローを持っていて本当によかった。どんな物にも利用価値はある」


 実はローを作った時、戦闘能力が皆無なのでそのまま解体しようと思った事があった。だが、貧乏性のカナリアは、もしかしたら何かの役に立つかもと思い、一応キープしておいたのだ。


「準備は整った。待っていろ! 美少女奴隷!」


 手間取らせやがって。だが、苦労した分いいものが手に入る。

 熱い思いを胸に、カナリアは闇市場との交渉のため、何のためらいもなく足を踏み入れた。

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