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第5話:闇奴隷市場

「燃え尽きたよ……真っ白に……」


 街の中心部から大分離れ、古くて不便な位置にあるが、スペースだけは無駄に広い自宅兼ギルド拠点。

 そのど真ん中で、カナリアは一人、明日のジョーのラストシーンみたいになっていた。


「ギャース……」


 謎ヒヨコのノリスは、主の落ち込んでいる姿を不安そうに眺めていた。外見がいかついのと鳴き声に多少難ありだが、ノリスはなかなか賢く思ったより手間も掛からないので、癒し系ペットとしては割と機能していた。


 ノリスに対して愛着はある。だが、カナリアが本当に求めているのは美少女奴隷である。

 ソロ活動を初めて一ヶ月。ミグラテール王国中の全ての奴隷市場を見回った結果、収穫はゼロ。


「神様のバカ! こんなに頑張った事は二回人生をやって初めてなのに!」


 カナリアは神に理不尽な怒りをぶつけた。

 美少女奴隷を見つけるために足を棒にし、目を皿のようにして探しまくった。

 こんなに真剣に一つの事に全力を出したのは、前の人生でも、今度の人生でも初めてだった。


「でも私は諦めない!」


 それでもカナリアは希望を捨てていなかった。この世界には、自分が求めている美少女奴隷が絶対に存在するはずだ。そう信じていた。人間は、自分が心の底から求めている物のためなら頑張れるのだ。


 その力をもうちょっと社会のために使っていればいいのではと突っ込んではいけない。


 ミグラテール王国はかなりの大国であり、大国には大国である理由がある。

 単純に領土が広いとか、軍が強いだけではすぐ瓦解(がかい)してしまうが、それに加え、民のための治安や法律はきちんと守られている。


 そのせいで奴隷に至るまで正規ルートの物しか扱われていない。いい事なのだが、カナリアの夢にとっては割と困る。


 カナリアとしては元王女様の美少女奴隷とかを希望しているのだが、そんなものが流通しているはずがない。というのも、地球との最大の違いは、人間という種族がこの世界では決して強い存在ではないからだ。


 人間は武器も魔法も扱えるし、手先は器用で頭もいい。だが、その程度の小手先の力など、真の強者である優等種にはまるで通用しない。カナリアは目にした事が無いが、竜種と呼ばれる者や、魔族などは生命力も魔力も文字通り規格外らしい。


 そんな種族が跋扈(ばっこ)する世界で、人間同士の国で大戦争などしている場合では無い。そんな事をしていたら他の種族に弱った所を狙われて自爆してしまう。


 というわけで、人間達の国は多少の小競り合いはあるものの、一国を滅ぼすほどの戦いはめったに無い。つまり、敗戦国の貴族が売られたりもしない。


「どっか馬鹿な国が無いかなぁ……」


 もうその辺の愚王とかが、とち狂って負け戦を起こして貴族の少女を売る羽目にならないかな……などというろくでもない妄想にふける。


 カナリアは王道でも覇道でもなく、外道を爆走中だった。


 なんとしてもこの家を、いやらしさに満ち溢れたイヤラシックパークにしなければならない。カナリアの存在理由(レゾンデートル)はそこに集約していた。


「いやらしい……」

「何がいやらしいの?」

「うわぁっ!?」


 カナリアがロストしつつあるワールドについて考えていたら、不意打ちで声を掛けられたので、カナリアは椅子から転げ落ちた。


「……シーニュ? なんでここに?」

「呼んでも出てこなかったし、鍵が空いてたから入って来たのよ」

「ごめん。ちょっと考え事してたから」

「何、えっちな事?」

「ち、違うよ!」


 そうだよ。


 とはさすがに言えないので、カナリアは赤面しつつ身を起こす。


『黄金の龍』所属の若き魔術師シーニュ。若手ながら強力な魔法を使いこなす後衛アタッカーである。

 能力も優秀だが、その燃えるような赤い髪と意志の強そうな深紅の瞳。生命力に満ち溢れた言動はパーティーを元気づける。


 カナリアとは色々な意味で正反対な彼女だが、今は正規ギルドとしてバリバリ活動しているはずだ。なぜこんな所に来たのか、カナリアには理解出来なかった。


「私に何か用? 特に出来る事は無いけど」

「用があるって訳じゃないけど、来ちゃ駄目?」

「別にいいけど」

「よかった。はいこれお土産」


 そう言って、シーニュがカナリアに小さな布袋を突きつける。


「おお~、これはビスケットでわ~」


 思わずカナリアは変な声を出した。平民には甘い物などの嗜好品(しこうひん)は貴重品だ。シーニュが持ってきてくれたのは、美味しそうなお菓子だった。


「どうせ普段ろくなもの食べてないかと思って。あんた、他人の事は気にするけど、自分に対しては無頓着(むとんちゃく)だから。もっと自分を大切にしないと駄目よ」


 シーニュは冗談めかしながら軽くお説教をした。カナリアはギルドから追放されないため、常に周りにアンテナを張っていたので、結果的に自分をかえりみず他人を気遣う女の子みたいな認識をされている。


 その行動は全て自分のためなので、むしろカナリアは誰よりも自分を大切にしていたのだが。


「ありがとう。ところで、『黄金の竜』は順調?」

「順調も順調よ。まだ一ヶ月しか経ってないのに、もうメンバー十人になっちゃったのよ。今まで四人でやってきたから、メンバーの意思統一が大変で大変で」


 シーニュはそう言いながら、カナリアに用意されたもう一つの椅子に腰かけて溜め息を吐いた。新人が一気に増え、正規ギルドだと事務手続きという点でも色々と面倒なのだ。


「そっか、よかった……」


 カナリアは安堵の言葉を漏らす。もし自分が残っていたら、雑用として事務作業ばかりやらされていたかもしれない。カナリアは細かい作業が大の苦手なので、早いうちに逃げておいて本当によかった。


「うん、ありがとね」


 そんなカナリアを見て、シーニュの胸は締め付けられるようだった。


 確かにカナリアが抜けたことで全体のレベルは上がった。それ自体は喜ばしい。だが、自分たちが前に進んでいくのに、かつて誰よりも仲間を想っていたこの少女を置き去りにしていくのは正直つらい。


 だからシーニュは、出来る限りこのけなげな少女の手伝いをしてあげるつもりだった。


「あのさ、実は今日ここに来たのは、単に様子を見に来ただけじゃないのよ。ちょっと小耳にはさんだ情報があって、気になったから」

「小耳にはさんだ情報?」


 カナリアが聞き返すと、シーニュの表情が引き締まる。


「あんた、最近この王都中の奴隷市場を探索してるんだって?」

「えっ!?」


 なんで知ってるの。と聞きかけたが、考えてみれば当然だ。


 シーニュ達は様々な問題解決のために動く組織に属している。当然、街中の情報もたくさん入ってくる。


 となると、かつて同じギルドに属していたカナリアが、奴隷市場を徘徊していると知っていてもなんの疑問もない。むしろこの若さでそこまで奴隷にこだわる奴も珍しいから、かなり目立つだろう。


「あんた、私たちと一緒に居た頃は奴隷市場なんて見向きもしなかったじゃない。なのに、離れた途端に狂ったように市場を探すなんて変じゃない。何かあったの?」

「え、そ、それはその……」


 やばい。元ギルドメンバーの不祥事を未然に塞ぐため、シーニュは来たのかもしれない。カナリアはそう考えた。このままではカナリアの美少女奴隷計画に支障が出てしまう危険性がある。何とかして言い訳を考えなければ。


「……一人ぼっちは、寂しいから」


 結局、ろくな言い訳が思いつかず、苦し紛れに絞り出すようにそう言っただけだった。一応、美少女奴隷がいないのはさびしいので嘘は言っていない。ノリスは別枠。


「あ……そっか、そうだよね。その、私の方こそごめん」


 だが、シーニュには意外と効果てきめんだったようだ。自分達はどんどんメンバーを増やし、勢力を拡大している。そんな中、カナリアはただ一人、この広く古びた家に住んでいる。


 普段は貴族として、大きな屋敷と大量の使用人にかしづかれて暮らしているシーニュがそんな暮らしをしたら、途方も無い寂寥感(せきりょうかん)に襲われるだろう。


「あのさ、何だったら私の家の使用人を何人か出そうか? ガードマンになる強い男の衛兵も……」

「いらない」


 シーニュが全てを言い切る前に、カナリアはばっさり切り捨てた。

 男などこの場所に不要なのだ。存在を許してはならない。


「そ、そう。それなら仕方ないわね。でも、奴隷を買うにしても、ちゃんとした場所で買うのよ。中には闇市場みたいな怪しい場所もあるから」

「なんだって!?」


 カナリアが急に前のめりになったので、シーニュは目を丸くした。


「どうしたの急に? びっくりするじゃない」

「ご、ごめん。闇市場っていうのに興味が……じゃなくて、ほら、どんな物を扱ってるか知らないと、そこに迷いこんじゃうかもしれないから」

「あ、そういう事ね。確かに知っておいたほうがいいわね」


 そうしてシーニュはカナリアに闇の奴隷市場について説明した。奴隷市場は商品が奴隷というだけで、国から承認を受けなければ商売が出来ない。だが、そういった正規のルートでは取り扱えないものを奴隷として売っている場所もあるらしい。


「例えば、精霊とか妖精なんかね。ああいうのは神に近い存在だから、人間がおもちゃみたいに扱うなんて絶対にしちゃ駄目なのよ」


 神という存在はおとぎ話レベルでしかないが、精霊や妖精という種族は確かに存在する。そして、それらはより自然に近い存在であり、精霊や妖精は人間達に祝福と呪いを与えるとされる。


 人間は魔法を使えるとはいえ、精霊や妖精たちは生まれながらにして熟練の人間の魔法使いを凌駕(りょうが)する。持って生まれる魔力の容量が違うのだ。


 そして、精霊の祝福を受けたものはその力の一部を使えるようになるが、逆に呪いを受けたものは魔法を使えなくなることもあるという。特に、一族そのものを怒らせてしまった場合、関係のない人間にまで害が及ぶ場合がある。


 なので、そういった種族の取り扱いは禁止されているが、見目麗しい種族も多く、希少価値もあるので需要は高いのだという。


「何で教えてくれなかったの?」

「だって、カナリアも奴隷を嫌ってたじゃない。知らない方がいいかなって思って」


 それを先に教えてくれよ。とカナリアは心の中で叫んだ。そっちのルートだったら絶対に美少女奴隷がいるはずだ。こんな無駄な労力を割かないですんだのに。


「ありがとう。情報提供は無駄にしないから」

「そうね。でも、本当は奴隷なんか買わないほうが一番いいんだけどね。あのさ、ソロじゃなくて誰かと組んでみたらどう? カナリアは色々器用だし、きっと需要はあると思うんだけど」

「……考えてみる」


 もちろん考えていないが、そう言わないと多分納得しないので適当に流した。

 シーニュが気遣ってくれるのはありがたいが、カナリアには美少女奴隷と暮らす事だけが全てなのだ。


「じゃ、お邪魔したわね。繰り返すけど、闇市にはくれぐれも注意してね。カナリアもたまにはうちの方に遊びに来なさいよ」


 そう言い残し、シーニュはウインクをひとつして帰っていた。

 シーニュが居なくなると、カナリアはビスケットをモリモリ食い、もしかしたら食べるかなと思ってノリスにあげたら、嬉しそうに食べていたのでほっこりした。


「よし、希望が見えてきた」


 一通りまったりとした時間を過ごした後、カナリアは、心に一条の希望の光が差すのを感じた。

 闇奴隷市場。なんてダーティーな響きなんだ。そこになら絶対に美少女奴隷がいるはずだ。


「人間じゃなくてもいい……そう、人型の美少女なら」


 カナリアは節操がないので、可愛くて人間の女の子っぽければ割と何でもよかった。精霊や妖精を怒らせると魔力を奪われるとのことだが、その程度で折れる程カナリアの美少女奴隷へのあこがれは脆くはない。


「魔力など全てくれてやるわ!」


 例え無力なパン屋の娘になろうとも、まったく惜しくない。精霊や妖精は人間よりもずっと長生きな種族も多いので、カナリアがババアになろうと美少女のままというのもポイントが高い。


 そう考えたら、呪われて魔力を全て失ったとしてもお釣りがくる。


「よーし! 早速、闇市を探すぞ!」


 カナリアは拳を天に向けて突きあげ、この王都のどこかにある闇奴隷市場を絶対に見つけ出すと固く決意した。



 ◆ ◆ ◆



「……やっぱり妙ね」


 その頃、『黄金の竜』の拠点である建物に戻る途中、シーニュは口元に手を当て、考え込みながら街を歩いていた。カナリアが奴隷市場を歩き回っているという情報を聞いた時、最初は信じられなかった。


 それからシーニュは独自で調べてみたのだが、確かにカナリアが奴隷市場を訪れていたのは本当だった。


 しかし、ここで奇妙な事に気付いた。カナリアは奴隷市場をしらみ潰しに歩き回っているが、一人も奴隷を買っていないのだ。


 人間を奴隷扱いし、物のように扱う事にシーニュは嫌悪感を抱いている。だが、見た感じ、奴隷の中には優秀そうな者も多かった。カナリアは女の子の一人暮らしだから、求めているのは恐らくは力仕事の出来る男だと思うのだが、それにしては買う気はまるでないようだ。


「どうにも行動がちぐはぐね……あの子、一人で危ない事をしないといいけど」


 シーニュはそう呟きながら、この事をギルド長であるアーノルドにも伝える事にした。まだ何も起こっていないし、何も無ければそれでよいのだが、いざとなれば『黄金の竜』を動かすことになるかもしれない。


「ま、問題は無いでしょ。街の治安を守るのも正規ギルドの役割だからね」


 そう言って、シーニュはにやりと笑った。 

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