第4話:探し物はなんですか
売ってねえよ。美少女奴隷。
「敗戦国で捕虜として売られたお姫様とかいませんか?」
「はっはっは、そりゃ面白い冗談だ。そんなもんいるわけないだろ」
カナリアは本気で聞いたのだが、奴隷商人は面白そうに笑っていた。
そう、美少女奴隷が売っていないのである。
アーノルド達と別の道を歩み始めて早一週間。とりあえずソロギルドとして登録はしたものの、カナリアはギルドから斡旋される仕事はまるでしていなかった。
しばらくは貯蓄があるし、そんな事より美少女奴隷を探す方が大事だった。
カナリアは美少女奴隷を探し、王都ミグラテール中の奴隷市場を探しまわった。
探して探して探しまくった!
だが、美少女奴隷は見つからなかった。
というのも、奴隷制はあるものの、一般的にイメージされる牢屋に押し込めて首輪と手かせ足かせをして、ムチでビシバシ! みたいな事はあまりやっていない。
もちろん奴隷という立場なので自由は制限されるが、そもそも奴隷は商品なので、あまり手荒に扱うと病気になったりでかえって手間が掛かるし、売り手も付かなくなる。
ミグラテールの国王が優秀なのか、奴隷という響きの割に売られている連中は割とのほほんとしている。
「日本のブラック企業の会社員より生き生きとした目をしている……」
実はカナリアはこれまで奴隷市場に立ち寄った事がほとんどなかったので、そんな事を思ってしまった。アーノルド達は貴族の割に、下の身分の者を見下さなかったし、むしろ奴隷制には反対のようだった。
カナリアとしては彼らに追放されると非常に困ってしまうので、そうだねプロテインだねという感じで適当に合わせていたので、いつの間にかアーノルド達は、カナリアも奴隷制に反対しているように思っていた。
無論、逆である。カナリアがアーノルド達から離れたのは、彼らの正義心によって邪悪な欲望が邪魔されるのを止めるためであり、同時に、正規ギルド認定を受けたメンバーに一人変態がいて、美少女奴隷を買って、あんなことやこんなことをしているという悪評を広めないためでもある。
とまあ、ここまではよかったのだが、肝心の美少女奴隷が全然売っていないのだ。
「男の奴隷なんていらないんだ……私に必要なのは女体なんだ……」
自らも女体を持っているはずなのだが、カナリアはそんな事はおかまいなしに、奴隷市場から離れた広場に座り込んで頭を抱えていた。
奴隷になる者は基本的に犯罪者なのだが、軽い罪だったり、反省の心があるものがほとんどだ。さすがに凶悪犯罪者を野放しにするわけにはいかない。いうなれば模範囚である。
ここでカナリアは致命的なミスに気付いた。
くどいようだが、カナリアが求めているのは美少女奴隷だ。純粋な心を持った汚れなき乙女である。おっぱいがでかいとなおいい。
さて、それでは、純粋な心を持った汚れなき乙女が、犯罪を犯すかという話である。
当然、心がきれいなんだからそんなことしない。よって奴隷にならない。以上である。
「な、なんてことだ……こんな単純なロジックを見落としていたなんて……」
ロジックなどという大層な物ではないが、カナリアの計画は出港前から暗礁に乗り上げつつあった。おかしい。アニメや漫画なら石を投げれば美少女奴隷に当たるのに。
「もう一つのルートもあるけど、これも駄目」
カナリアはひとりごちる。
奴隷になるルートはもう一つある。簡単に言うと食い詰めた田舎の末っ子などが売り飛ばされるパターンだ。奴隷と言うよりも丁稚奉公に近い感じだ。
こちらのルートの奴隷なら、純真な美少女が手に入るのでは。
そうしてカナリアはそのルートの探索を開始したのだが、これも駄目だった。
確かに中には磨けば光りそうな女の子の奴隷もいた。少なくとも、犯罪者上がりのマッチョ野郎奴隷よりは全然当たりが多かった。
「でも駄目なんだ……ジュウシマツでは駄目なんだ。オカメインコでなければ」
カナリアは前世の記憶を思い出していた。それは、かつて飼っていたペットの話だ。
子供の頃、カナリアはオカメインコが欲しかった。オカメインコはかわいい。
トサカがあって、声真似をして、人になつくしでかくてかわいい。すごくかわいい。
だが、オカメインコを飼う事は叶わなかった。子供にとってはあの鳥は高額なのだ。
だから安いジュウシマツを飼った。ジュウシマツはかわいい。すごくかわいい。
オカメインコに劣っているかと言われたら、決してそんな事はない。
「でも、妥協は駄目なんだ。これから長い間過ごすパートナーを適当に選んではいけない」
そう、決して前世のように妥協したりはしない。
ジュウシマツ奴隷ちゃんではなく、何としても理想のオカメインコ奴隷を手に入れねばならない。
「あ、そうだ。とりあえずペット飼おうかな」
そこでふと、カナリアはある考えに至った。
カナリアは動物は好きだ。そりゃあ美少女奴隷の方が好きだし飼いたいが、まあだいぶ好きな方だ。
まだ全ての奴隷市場を見回った訳ではないし、美少女奴隷探索はかなり時間が掛かりそうだ。
ならば、何か別の癒しを求めるのも悪くはない。
「うん。そうだ。小鳥を飼おう」
カナリアは広場の椅子から立ち上がり、外套に付いたほこりを払いながら、ペットの小鳥を探しに街へと出た。
高いよ。小鳥。
「なんでこんなバカみたいな値段なの……」
美少女奴隷と違い、ちょっと金持ちの住んでいるエリアの市場の方で小鳥は簡単に見つかった。様々な色が混じった美しい小鳥。地球のコキンチョウという鳥に近い感じだ。だが、その値段を見て、カナリアの目玉が飛び出した。
何故こんなに小鳥が高いのかというと、基本的に観賞用のペットは貴族が道楽で飼うので高いのだそうだ。特に、犬や豚と違い、番犬や食用にならない小鳥は完全に趣味のアイテムらしい。
「世界は何故、私を苦しめるのだろう」
カナリアは小鳥を飼うのを断念した。小鳥を飼った結果、本命の美少女奴隷を買う金がありませんでしたではシャレにならない。
「ん? 待てよ?」
そこでカナリアは再びいいアイディアを閃いた。金持ちエリアから離れ、今度は普段カナリア達が住んでいる平民がメインのストリートの方へ足を伸ばす。
「いらっしゃい。大ニワトリが必要かい?」
カナリアがやってきたのは肉屋だった。普段はあまり寄らないのだが、予想通り、黄色いヒヨコだが、サイズは既にニワトリくらいの大きさの毛玉が箱の中ですし詰めにされていた。
この巨大ヒヨコは『大ニワトリ』と呼ばれる種族で、文字通りダチョウくらいになるニワトリだ。安価で肉が多く獲れるので、庶民から貴族に至るまでよく食べられている。
この王都では、当たり前だが日本のスーパーのようにパック加工で売られたりはしていない。牛や豚サイズなら既に捌かれているが、このサイズだとその場で絞めてくれるのだ。
「一羽下さい。あ、でも自分で処理するんでそのままで」
もちろんカナリアは食べるために巨大ヒヨコを買いにきたわけではない。見た目は結構可愛いし、デカくなってもそれなりに愛嬌はあるので妥協したのだ。
美少女奴隷に妥協は許さないが、ペットなら妥協はいくらでもする。
「あいよ。で、どれにする?」
「ええと……」
箱の中でぎゅうぎゅう詰めになっている巨大ヒヨコたちは出してくれとピーピー騒いでいるが、箱から出た所でさらなる絶望が待ってるんだよなぁ……などと思いつつ、例外としてこの中からどれか一匹だけを救わねばならない。
「あ、なんか変なのが混じってる」
「ああそいつか? 適当に野生の奴を捕まえてきたら、何か混じってたんだよ。肉も固そうだしガリガリだし、そいつは処分しようかと思ってるんだが」
そのヒヨコは、一羽だけ浮いていた。
他の巨大ヒヨコ達が黄色いモフモフなのに対し、体の大きさは同じくらいなのに白い毛がボサボサに生えていた。ガリガリというより引きしまっている体格なのだが、確かに食用としては固くてまずそうだ。
顔つきも目つきが鋭くて、まるで猛禽みたいだ。
しかし、いかにも売れ残りの奴を買うのは、ペットを飼う上であまり上策では無い。家でいうと訳あり物件なので、飼ったとしても何かしらのデメリットはある。かわいそうだからと飼った結果、余計悲惨になる場合もあるのだ。
「すみません。そのブサイクな奴下さい」
だが、カナリアにそういう思考はあんまり無かった。こいつそのまんまだと絶対殺されるし、まあ間に合わせのペットだしいいだろという、実に安易な気持ちでその鳥を選んだ。みんなはやっちゃダメだよ。
「え? こいつでいいのか? さっきも言ったが、こいつ食いごたえないと思うんだが……」
「いいんです。私、そういうひと癖あるのをどうにかするのが得意ですから」
適当な相槌を打ち、カナリアはその変な謎ヒヨコを購入した。
売れ残りだったので、肉屋さんがタダ同然でくれたので、カナリアは内心めちゃくちゃ嬉しかった。
カナリアはバスケットボールサイズのその鳥を両手で抱きかかえながら、とりあえず今日は帰ることにした。あの狭苦しい箱から解放されたからか知らないが、謎ヒヨコは大人しくカナリアの腕の中に収まっていた。
「これから歩む道は険しい……私を支えてくれる事を祈るよ」
「ギャース!」
鳴き声もかわいくねえなコイツと思ったが、なんだかんだ言いつつカナリアは割と気に入った。
「そうだ、何か名前を付けてあげよう。可愛い系……ではないから強そうなのにしよう。ノリスとかどうかな?」
思いつかなかったので、カナリアは史上最強の男の名を適当に付けた。
「ギャース!」
喜んでいるのか怒っているのか分からないが、謎ヒヨコ……ノリスは返事するように一鳴きした。
――ロック鳥ノリス。ゾウすら片足で掴む天空の大鷲。飛行能力において竜や魔族すら凌駕する。幻想の大魔導姫率いる最初のギルドメンバーの誕生であるが、当のカナリアは、この時まるで気付いていなかった。