第21話:同盟ギルド
「私にしか出来ない事?」
カナリアは自分を指差しながら、アーノルドに問いかける。
自分にしか出来ない事なんて言われても、日本のアニメとかを語ったりするくらいだろう。
しかも十五年くらい前の話だし、そんな話を偉そうに語ったら日本なら下手をすると老害扱いだ。
もちろん、アーノルドにはそもそもアニメという概念が無い。
アーノルドは真顔で、まっすぐにカナリアの目を見たままだ。
「実は、坑道の調査に関する話でね。少し長い話になるんだが……」
「あー、そっちね。それなら中で話そうよ」
アーノルドも男の子だし、ロボットとか恐竜アニメがいいのかなぁと、あやうく意味不明な話をする寸前だったカナリアは、なんとか体裁を保つ事が出来た。
坑道の調査とやらが何だかいまいち分からないが、とりあえず調査というからには依頼関連なんだろう。立ち話もなんなので、カナリアはアーノルドを中央の広間に招いた。
ここは普段は食事もするし、場合によってはこのように来客を迎える場所にもなる。今の拠点はどちらかというと居住メインなので、人が増えるとどうしても兼用の部屋が出てきてしまう。
「何というか……君のギルドは個性派が多いな」
「そうかな?」
「いや、別に全然構わないが」
広間に呼び出されたアーノルドは、揃っているメンツを見回して目を丸くした。
部屋の隅の方には精霊ドリアードの少女が、肩に鷹を乗せている。
ドリアードが何故かメイド服を着ているのも変だし、あの鷹も通常の鳥ではないだろう。
「人のギルドにケチを付けに来たのか? さっさと要件を話したらどうだ」
さらに、この国ではなかなか見られない異国の少女剣士クロガネがアーノルドに投げやりに言い放つ。クロガネは鋭い目つきのまま、腕組みをして壁に背を預けている。というわけで、現状、席に着いているのはカナリアとアーノルドという、お互いのギルド長のみである。
「じゃあ、さっそく本題に入ろう。先ほども言ったが、現在、冒険者ギルド……いや、王宮の兵士たちも調査隊として廃坑を調べているのだが、どうも想定より厄介な事になっているかもしれない」
「厄介な事?」
カナリアがオウム返しにそう言うと、アーノルドは軽く頷いてさらに喋る。
「長らく放置していた廃坑の奥から、得体の知れない魔力が感知された。もしかしたら、門が開いた可能性がある」
「門ねぇ……」
カナリアはお茶を一口飲みながら相槌を打った。
門――カナリアも学生時代に軽く耳にした事があるので、ある程度の知識はある。
地球でいうところの『磁場』の魔力版のようなもので、そこでは通常起こり得ない現象が発生する。魔力が強くなったり、逆にまったく使えなくなったり、体調に変調をきたしたりなどだ。
だが、それはごく軽い症状だ。本当に厄介なのは、その門が、ごく稀に異形を呼び寄せてしまう事がある。異形とは、この世界とはまったく違う法則性を持った生物の事だ。
ある意味、カナリアも異形の部類に入るだろう。
基本的に門はすぐ無くなるし、法則性が違うのだからほとんどの異形は定着する事はない。
極端な話、吸っている空気が、その生物にとって猛毒だったら門から出てきた瞬間アウトである。
だが、例外も存在する。
「つまり、その門から出てきた奴が、まだいるって事?」
「いるかどうかは分からない。あくまで奇妙な魔力を感知したというだけだ。奥に行けば行くほどその気配が強くなるらしく、先発隊はこれ以上は危険と感じて報告に戻った」
「ふーん」
そうかそうか。それは大変だなというのがカナリアの正直な感想である。
そんな怖い所にいくなんて、一流冒険者はハイリスクハイリターンだなあ。
「……というわけで、カナリアに協力を要請したい」
「ちょっと待った!」
なんで、というわけでなのか、カナリアにはさっぱり理解出来ない。
「な、なんで私なの!? そんな危険な場所に私がいけるわけないじゃん!」
「そうだね。今回の依頼は非常に危険なものである確率が高い。よって、国から直接派遣される兵士と、正規ギルド以外はこの依頼を受ける事は出来ない」
「そういう問題じゃないんだけど……」
微妙にアーノルドとカナリアで認識がずれている。アーノルドは参加資格の話をしているが、カナリアは参加資格があろうがなかろうが絶対に参加したくない。
「だから、『同盟ギルド』として参加して欲しい」
「ど、同盟ギルド?」
カナリアは狼狽しつつ、またオウム返しを繰り返す。
「正規ギルドの補助活動をするギルドの事だよ。正規ギルド員も常に全員揃えるわけじゃない。だから、正規ギルド長が認めれば、例外的にカナリアのギルドも参加する事が出来る」
アーノルドは柔和な笑みを浮かべながら説明した。シーニュが言っていたのはこの制度の事だ。正規ギルドメンバーとして活動出来なくても、補助という枠でならカナリアも参加可能なのだ。
ギルド長の承認に関しては、アーノルドは当然許可済みである。
「えぇ……そんなヤバい所に私が行っても役に立たないと思うよ?」
「そんな事は無いさ。陸竜の件があるだろう?」
「ウッ!?」
カナリアは息を詰まらせた。そういえば、陸竜を突っ込ませて金持ちの家をぶっ壊した事を忘れていた。もしかして、陸竜で壊した弁償の代わりに働けという事なのだろうか。
無論、アーノルドはそんなつもりではない。陸竜を倒せるほどの実力者が謙遜するなと激励しているだけだ。だが、カナリアからしてみれば微妙に脅迫っぽい。
下手に断って多額の賠償金とか取られたら、今後のハーレム計画に支障が出てしまう。いや、最悪、このギルド拠点(愛の巣)を引き払うことになるかもしれない。
打算による不安の表情を浮かべているカナリアに対し、アーノルドは緊張をほぐすように笑いかける。
「そんなに不安がらなくても大丈夫さ。同盟ギルドは依頼中は正規ギルドと同じ補助金や支援を得られるし、他にも多数参加する。一人で突撃する訳じゃないし、そもそも、調査の結果、何も出てこないかもしれない」
「でも……私、あんまり戦うの好きじゃないし」
「別に今回は討伐ではなく調査だよ。大体、このくらいの援助額は出る」
そう言って、アーノルドは懐から一枚の手紙を取り出した。正規ギルドに通達された調査依頼書だ。その紙には、おおまかな依頼内容や地図、それと援助金などが記されていた。
「なんとまあ!」
カナリアは目を見開いた。さすがに今回は国を挙げての依頼だからか、かなりの金額が記されていた。
「これって、参加するだけで貰えるの?」
「それは支度金だからね。調査の報酬はまた別に支給される」
補助金だけでもかなりの額なのに、さらに上乗せとな。
非常に魅力的ではあるが、カナリアはさすがにそっちには反応しない。
そんな意味不明な化け物がいるかもしれない最奥部に行くなんて絶対に嫌だ。
「どうだろう。僕としては、気心の知れた同盟の君がいると非常に心強いのだが」
「……参加するだけなら」
「ありがとう! 君ならきっとそう言ってくれると思った!」
アーノルドは破顔し、カナリアの手を握った。
完全に正規ギルド員として再雇用は出来ないが、こうしてカナリアと組めるのはアーノルドには非常に嬉しい事だった。もちろん、単純な戦力増強としてもありがたい。
カナリアにそんな性能は無いのだが、一応、そういう事になっている。
「この手紙に依頼内容が書いてあるから、これをもって君のギルドと『黄金の竜』は同盟となった。詳細はその手紙を読んで欲しい。三日後に調査が開始されるから、準備をしておいてもらいたい」
アーノルドはそう言って、カナリアに深く礼をして帰っていった。
クロガネにも一礼したが、クロガネの方はぷいとそっぽを向いた。
「カナリア殿も懐が広いな。一度自分を追放した男が泣きついて来たのに、わざわざ依頼を受けるとは」
「いやほら、同盟で参加するだけだから。おまけみたいなもんだし」
カナリアがそう言うと、クロガネは不敵に笑う。
「ふふ、そうだな。たしかに我々はおまけに過ぎないな」
「うん」
カナリアは本当にグリコのおまけくらいの感覚なのだが、クロガネはそうは取らなかった。
(我々のようなおまけに、正規ギルド連中が度肝を抜かれるのを見るのが楽しみだ)
クロガネの中では、カナリアは陸竜をソロで倒す実力を持つ魔導師という扱いになっている。正規ギルドといえど、そんな実力者はほとんどいない。
今回の依頼がどの程度危険かは完全に把握できていないが、ギルド長カナリアはこの苦難を乗り越えるだろう。
「この私もカナリア殿に負けずに奮闘せねばな」
クロガネは一人、決意を新たにした。同盟ギルドとはいえ、今回参加するなかで自分達は最低辺のギルドだ。そうした逆境にこそ、クロガネは燃え上がる性質を持っていた。
「適当に浅い階層をうろうろして、終わったら帰ろう……」
一方、カナリアは誰にも聞こえないよう小声でそう呟いた。
補助金を使って廃坑調査の準備を整えろとのことだが、カナリアはこの補助金を丸ごと備蓄するつもりだ。適当に食材とかだけ買って、後は既に調査が終わった部分で仕事をしているふりをする。
他のギルドが引き返す頃合いを見計らい、自分達も帰る。
そうするだけで大金が入ると考えたら、意外と悪くないかもしれない。
「強い敵とか居ても、他の強いギルドがなんとかしてくれるやろ……」
そうだ。何も戦う必要は無いんだ。これはいわばギルド依頼という名の、親睦を深めるピクニックだ。クロガネも入ったし、カカポとノリスと自分と一緒にちょっとした洞窟探検みたいな感じでいればいい。
「なんだ。楽勝じゃん!」
冷静になって考えれば考える程、今回の調査はメリットしか無いじゃないか。
早く三日後にならないかなと、カナリアはワクワクしはじめた。
◆ ◆ ◆
王国の端にある打ち棄てられた廃坑。長年の採掘と雨水などの浸食で、複雑なダンジョンのようになっている。かつて鉱石が多く取れたものの、現在は掘り尽くされ、獣しか寄りつかなくなった廃墟そのもの。
その最奥部に『闇』があった。本来、暗闇に住むコウモリや虫すら存在しない。恐ろしく静かな本当の黒。
「くすくす……」
その静寂の闇の中、鈴を転がすような、不釣り合いな可愛らしい少女の笑い声がかすかに響いた。