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第18話:クロガネの道

 王都ミグラテールから少し離れた森の中、四人の冒険者と五体の魔獣――フォレストウルフと呼ばれる狼たちが戦闘を繰り広げている――否、この表現には二つの間違いがある。


 間違いの一つは、四人の冒険者と五体の魔獣の戦いではなく戦っているのは黒髪の少女一人。そしてもう一つは、戦いにすらなっていないという点だ。


「はっ!」


 裂帛(れっぱく)の気合を籠めた掛け声と同時に、白刃が(きら)めく。同時に、フォレストウルフの首が宙を舞う。既に三体の獣は絶命しており、これで残り一体。


 最後の一体は、首を斬られた仲間の仇打ちのように、無防備になった少女の背中に飛びかかる。だが、少女は恐るべき速さで体を捻り、返す刀で背後からの強襲を返りうちにした。


 上半身を捻った勢いで繰り出された一撃は、最後のフォレストウルフの腹を裂いた。そこで完全に決着がついた。黒髪の少女は息一つ切らしておらず、辺りには亡骸(なきがら)となった魔獣が五体。


「すげぇ……魔獣を一人で瞬殺しやがった……」


 冒険者の男の中の一人が、震える声でそう呟いた。

 もともとこのギルドは三名で、近隣の村を荒らす魔獣討伐を請け負ったのだが、相手がフォレストウルフ五体だと知るや、荷が重いと思って戦闘員を一人臨時で募集した。


 あいにく、他のメンバーは見つからず。その中で、つい最近王都に流れ着いた異国の少女剣士のみが残っていた。彼女の名はクロガネ。雰囲気は古武士のようだが、細身でとても戦闘向きには見えない。だが、他にいないのだから仕方なくメンバーに加えた。いざとなれば囮くらいにはなるだろうとの算段でだ。


 結果は見ての通りである。苦戦を強いられると思っていたのだが、クロガネは他の三人が準備している間にさっさと一人で森に入りこみ、三分足らずで全てを終わらせた。


「これで依頼は達成だな。では、拙者これにて」


 返り血を手拭いで清めると、クロガネは三名に背を向け、さっさと街へと歩み始める。呆然とそれを見送る三名だったが、一人がはっと表情を変え、慌てて追いすがる。


「ま、待ってくれ! あんた、俺達のギルドに入ってくれないか? あんたがいれば正規ギルド認定だって夢じゃねぇ!」

「…………報酬金は四等分で構わない。後で冒険者ギルドに受け取りに行く。ではさらば」


 クロガネは振り向きもせず、そのまま三人を置き去りにして去っていった。

 三名はしばらく無言だったが、とりあえず依頼が簡単に達成できたことを喜ぶ事で微妙な空気をごまかした。


「どこもかしこも正規ギルド、正規ギルドと、つまらないな……」


 王都で使っている安宿に戻り、公衆浴場で身を清めながら、クロガネは溜め息を一つ吐いた。生活するためにこれまでフリーで参加可能な依頼の助っ人をしてきたが、その度に毎回同じ事を言われるので、クロガネはいい加減うんざりしていた。


「皆、富と名誉ばかりを求めている。『求道者』はこの国にもいないのか」


 クロガネは悔しそうに歯ぎしりした。クロガネは異国から修行の旅を続ける若き女剣士だ。祖国でも優れた腕前を評価されたが、クロガネにとって表面的な評価などなんの価値も無い。


 彼女はただ『道』を探していた。自分が生きていく上で誇りとなり、生涯をかけて歩む道を探し続けている。そのために祖国を飛び出し、様々な国を転々とした。


 だが、どこの国も人間の本質は変わらなかった。皆、社会的な名誉や金銭、あるいはその両方を求めて躍起(やっき)になっている。ひどい所では、正規ギルド認定を受けているが本人達は一切働かず、下位のギルド員に働かせ名誉だけを奪っていくクズなどもいた。


 自分の目指す道などこの世には存在しないかもしれない、うんざりし始めた頃、この王都でクロガネは一つ注目するギルドがあった。『黄金の竜』と呼ばれるギルドで、ギルド長のアーノルドを始め、新鋭ながら清廉な雰囲気と、確かな実力を持ち注目を浴びているギルドだ。


 冒険者ギルドに聞けば、公開されている情報ならば教えてくれるので、クロガネは黄金の竜の履歴を調べた。すると、妙な事に気が付いた。


「……一人追放されている?」


 正規ギルドで欠員が出ると、補てんのためにその情報が掲示される。黄金の竜が正規ギルド認定を受けた当日に、カナリアという少女が追放されている。確かに、情報だけ見るとカナリアは他の三名に比べかなり劣っているし、一人だけ平民という事だ。


「……能力が低く、平民だからといって同期を切り捨てるのか」


 クロガネの中で黄金の竜の評価が一気に下がった。このギルドも有象無象の権力者の集まりに過ぎない。クロガネは、もう少し路銀を稼いだら、大人しく故郷に帰る事にした。


 そんな中、ある日突然、奇妙なニュースが舞い込んだ。暴走する陸竜を黄金の竜が食い止めたというのだ。陸竜を新人ギルドが食い止めた事で、黄金の竜の評価は一気に上がった。だが、本来なら浮かれるべきギルド長アーノルドの表情は重苦しかったので、クロガネはつい気になって聞いてみたのだ。


「飛ぶ鳥落とす勢いの黄金の竜のギルド長が、随分としょぼくれているな」

「……君は?」

「失礼。拙者はクロガネと申す。三人で陸竜を倒すとは正直驚いた」


 現場に駆け付けたのは黄金の竜の中核三名。新人三名で暴走する陸竜を止めたとはなかなかやれることではない。クロガネですら一人なら足止め程度しか出来ないだろう。


「三人じゃないよ。一人さ」

「一人!?」


 力なく笑うアーノルドに対し、クロガネは驚愕した。あの陸竜を一人で止めるなど、恐らくは正規ギルドの中の熟練でもなければ出来ないだろう。それをこの男がたった一人で止めたという。

 クロガネの驚きっぷりに気付いたのか、アーノルドは首を振る。


「止めたのは僕じゃない。カナリアさ」

「カナリア……? ああ、貴殿のギルドから追放されたあの少女か」

「僕はギルドにカナリアが止めたと伝えたんだが、信じて貰えなかった。お陰で黄金の竜が彼女の功績を奪う事になった。これでは竜ではなくハゲタカだな」


 アーノルドの表情は本当に申し訳無さそうで、嘘を言っているようには見えなかった。


「なぜ彼女は自己申告しなかった? 自分の名誉を稼ぐ絶好のチャンスだろう?」

「何も言ってくれなかったよ。ただ、『自分が倒したわけではない』と言って、そのまま現場を去ってしまった」

「……ほう」


 クロガネの心の中に、久しく浮かばなかった輝きが現れる。


「その少女、なかなかに興味深い。一度会ってみたいのだが、拠点を教えてもらってもいいか?」



 ……という会話をしたのが三日ほど前だ。先日行った時は陸竜との戦闘の消耗で会えなかったが、さすがにもう大丈夫だろう。クロガネは正午ぴったりにカナリアの拠点に再び訪れた。


「たのもー! たのもー!」


 クロガネが入口で前と同じ挨拶をする。またカカポが出てきたら面倒だなと思っていたが、今度はちゃんと家主であるカナリアが現れたので一安心した。といっても、カナリアに張り付くように横に立ってはいたが。


「あ! このまえ来たひとだ! えーと……クリマロ?」

「……クロガネだ。それより、貴殿がカナリア嬢か?」

「ええまあ、そうですが」


 クロガネは目を細め、品定めするようにカナリアを見る。

 華奢で小柄で地味な少女だ。一応服装は冒険者らしさを感じるが、街娘と同じ格好をして街中に放り込めばすぐに溶け込むような、覇気というものがまるで感じられない。


「こんな所で話もあれなんで、どうぞどうぞ」

「失礼する」


 一応ソロとはいえギルド長なのに、なんか妙に腰が低い。黄金の竜が自分を体よく追い払うためにわざとこちらに寄こしたのではないかと、クロガネは勘ぐる。


(しかし、アーノルド殿もカカポも嘘を吐くようには見えんしな……)


 とりあえず本人から話を聞くのが手っ取り早い。

 カナリアがお茶を用意し、前にカカポに誘われた中央の間のテーブルで対面する。


「ええと、うちに何か用?」

「単刀直入に聞こう。カナリア殿が陸竜をソロで撃破したというのは本当か?」

「ぶっ!?」


 カナリアは飲みかけていたお茶を吹き出しそうになってむせる。

 その様子を、クロガネは獲物を見定めるように鋭い視線で見つめ続ける。


「し、してないしてない!」

「嘘だな。何故嘘を吐く? カナリア殿にとっては大量の報酬が得られるチャンスだろう? それこそ、正規ギルド認定だって受けられたかもしれない」


 そりゃあカナリアだって、ガチで戦って被害無く倒していたら報酬金をがっぽり貰っていただろう。だが、貴族の家に勝手に逃げ込んで、建物をぶっ壊した弁償代などの請求が怖くて逃げたのだ。


 とはいえ、そんな事を伝えたらいつクロガネの口からバレるか分からない。ここは適当に誤魔化すしかない。


「それはその……うちは正規ギルド認定とか興味無いし」

「正規ギルド認定に……興味が無い!?」


 予想外の返答にクロガネは逆に驚く。今まで出会ったほとんどのギルドは正規ギルド認定を目指していた。冒険者の立場は不安定だし、国からの庇護を受けられ、かつ功績によってはそのまま貴族入りだって出来るかもしれない立場に食い込めるのだ。狙わない方が不思議だ。


 だというのに、この少女はそれに興味が無いという。

 何故だ。クロガネは前のめりになってカナリアに問いただす。


「では一体何を目的にしているのだ? 理念を教えていただきたい」

「理念って言われましても」


 カナリアの行動原理。それは、美少女に囲まれてキャッキャウフフして安楽に暮らす事である。そのために仕方なく働いているのであって、それ以上の考えなんか何にもない。


 ……と言いたいのだが、なんかクロガネは真面目そうだし、やたら重厚な刀をぶら下げている。日本と違って割と暴力的な事が日常茶飯事なこの世界では、切り捨てご免という事も考えられる。

 美少女とキャッキャして暮らしたいなんてそのまま伝えたら、逆上して刀を振り回すかもしれない。


「その、なんというか……柔らかくて温かいものに包まれながら、みんなが幸せに暮らせる世界に住めたらいいなっていうか。その中心に私がいたら嬉しいというか」


 カナリアはしどろもどろになりながら、ものすごいオブラートに包んで美少女ハーレム計画を伝えた。


「皆が幸せに暮らせる世界……」


 クロガネの表情が変わる。やばい。キレたか!?

 カナリアはいつでも逃げ出せるよう、少しだけ腰を浮かすが、クロガネは何かを考え込んでいるようだった。


(柔らかく温かい世界で過ごすため、自分が中心になろうと活動している……? つまり、世界の安寧のためにあえて苦難の道を歩む……だから、正規ギルドなどという名誉など無用という事か)


 クロガネは完全に曲解していた。だが、その曲解はクロガネにとって、まさに探し求めた『道』であった。世間的な名誉や権威に固執せず、安寧のために戦う。それはまさに『英雄』だ。


「すまなかった」

「え? 何が?」


 クロガネは、カナリアを冴えない少女だと思っていた間違いを心底恥じ、テーブルに頭を付けて深々と謝罪した。確かにカナリアは冴えない少女ではなく、冴えない少女の皮を被った少女もどきではあるが。


 何だかよく分からんが謝罪されたので、カナリアが頭を上げるように言うと、クロガネは再び元の背筋を伸ばした姿勢で座り直す。


「一つ提案があるのだが」

「……何?」

「拙者をこのギルドに入れて貰えないだろうか? 多少ではあるが、剣の心得はある。カナリア殿の『道』を、拙者にも歩ませていただきたい」

「は?」


 道ってなんだよと思いながら、カナリアは気の抜けた返事をした。

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