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第17話:黒髪の来訪者

「ウッウッ……グオオオオオオ!!」


 陸竜騒動の翌日、カナリアは自室のベッドの上で身悶えていた。

 冒険者とはいえ、元々体を動かす事はそれほど好きでも得意でもないカナリアにとって、昨日の怪獣追いかけっこはキツいものがあった。


 おっさんになると筋肉痛が数日後に来て、「ああ、歳を取ったんだなぁ」としみじみと思ったものだが、こうして翌日に筋肉痛が来るとは若さって素晴らしい。いや、やっぱり痛いのは嫌なので微妙であった。


「おねえちゃん、だいじょうぶかな?」

『そっとしておいてやりなさい。主は陸竜と真っ向から戦ったのだ。消耗も激しいだろう』


 カナリアが筋肉痛で陸に打ち上げられたエビみたいになっているのを、カカポとノリスが部屋の外から心配そうに見守っていた。二人は後で大まかな報告を聞いただけなので、カナリアが陸竜とガチンコ勝負して制したように思い込んでいた。


「カカポ……私は多分今日は満足に動けないから、適当に家の事とかやっておいて……」

「わかった!」


 カカポも少しずつではあるが人間の生活に慣れてきたようで、簡単な家事程度ならお手伝いレベルで出来るくらいにはなった。無駄に金をかけたメイド服に、少しずつ中身が追いついてきているようだった。


「ギャース!」

「ノリスは適当にネズミでも狩って食べといて……」

「ギャース!!」


 ノリスは『任せて下さい』と答えたが、カナリアには相変わらず怪鳥の鳴き声にしか聞こえなかった。ノリスは迎え入れた時から大分成長し、今ではもう大鷲(オオワシ)くらいのサイズになっていた。


 飛翔速度も見た目と同様にぐんぐん伸び、今では勝手に獲物を狩ることすら出来た。

 というか、川で巨大な魚を文字通り鷲掴みにして毎日獲ってきてくれるので、今では家計を支える非常にありがたい存在になりつつある。


 また鳥なのにやたら賢く、まるで人の言葉が分かっているようだ。

 通常、鳥の飼育はなかなか大変なのだが、カナリアとしては半放置状態でも勝手に育ってくれて非常にありがたい。


「たのもー! たのもー!」


 今日はベッドで一日だらだらして過ごそう。そう思った矢先、家の玄関の方から大きな声が聞こえてきた。声は若い女性のもので、普段のカナリアならすっ飛んでいくところだが、あいにく今日はその元気が無い。


「ちっ、うっせーな」


 全身の筋肉がカナリアに不満を訴えるが、客の応対が出来るのが自分しかいない。仕方なくカナリアはベッドから身を起こそうとするが、それをカカポが押しとどめる。


「おねえちゃん、わたしが会ってくるよ」

「大丈夫?」

「うん。がんばる」


 カナリアとしては、変質者に大事なハーレム要因が奪われたら発狂してしまうので躊躇(ちゅうちょ)したが、せっかくカカポがやる気を出しているのを抑えるのも何だかかわいそうだ。


「ノリス、カカポに何かあったら守ってやってね」

「ギャース!」


 さすがに巨大猛禽類をセットにしておけば容易に手出しは出来ないだろう。そう考え、カナリアはカカポの上にノリスをセットし、お客さんの応対をさせる事にした。


 カカポはまだ子供で、ノリスを腕に乗せられる程の力は無い。

 なので、メイド服の両肩の上にノリスが肩車されるような、シュールな外見になるが仕方ない。


「じゃあ、行ってきます」

「何かあったら大声で叫ぶんだよ」

「うん」


 という会話をしながら、カカポは緊張した面持ちで玄関の方へ向かった。

 カナリア抜きで他の人間と会話するのにまだ慣れていないが、カカポもノリスも主のために頑張りたかったのだ。


『心配するな。我が付いているからな。今の我なら人間の悪漢程度なら蹴散らす程度は出来る』

「うん。でも、暴力はよくないから」


 カカポは唾をごくりと飲み、恐る恐る玄関のドアを開けた。

 すると、そこには少し背の高い少女が立っていた。


 体の割に大きな剣を背負い、カカポの見た事のない不思議な服を着ていた。

 そして、流れるような黒髪を後ろにポニーテールで束ねていた。

 少女の顔立ちは整っているが、結んだ口元はどこか古武士を思わせる。


 鋭い目つきにカカポはびくりと一歩引くが、女性は特に攻撃してくる様子は無い。


「おや? お主がこの家のメイドかな? 頭に鳥を乗せたメイドとは面妖であるが」

「わたし、カカポ。たぶんメイド。それでこっちは鳥のノリス」

「そうか。拙者はクロガネと申す。失礼だが、ここの主に会いたいのだが」


 クロガネと名乗った少女は、しゃちほこばった口調でそう答えた。

 とはいえ、肝心のカナリアは絶賛筋肉痛である。


「おねえちゃん、今ちょっと疲れてるから」

「そうか……また機会を改めて来させてもらおう。失礼する」


 クロガネは残念そうにそう呟き、踵を返す。


『カカポ、あの者は主に用があってきたようだ。ここで要件を聞いておいてはどうだ? 次に主が応対するときに手間が省けるだろう』

「う、うん」


 そのまま見送ろうかと考えていたカカポだが、意を決してクロガネの服の裾をきゅっと掴む。


「何か? 主は体調不良なのだろう?」

「えーと、えーと……」


 カカポは必死に考える。今までカナリアがやっていた他の人間に対する応対から、必死に客に対する対処法を練り上げていく。


「お、おちゃ、おちゃどうぞ!」

「茶? いや、そこまでしてもらわなくても……」

「いいから。おちゃ、それからお話聞かせて」


 確か、人間は話をするときに茶を入れていたはずだ、カカポはそれだけなんとか思い出すと、クロガネをキッチンのある部屋に呼び寄せた。


「おちゃ、いれかたが分からない……」


 さて、ここまでは良かったが、カカポは火を使った事が無いし、怖い。

 そもそも、お茶というものがいまいちよくわからない。

 仕方が無いので、カカポはコップに水を汲み、クロガネに差し出した。


「おちゃ、どうぞ」

「水だが……まあ、感謝する」


 クロガネは水の入ったコップを受け取ると、カカポがじっと眺める。

 飲んで飲んでオーラが伝わってきたので、クロガネはとりあえず水を一杯飲んだ。


「よかった……おいしい?」

「うん、まあ……水だな」

「水はおいしいよね」

「まあ……」


 どう対応していいか分からず、クロガネも曖昧に頷いた。


「じゃあ、またね」

「ちょっと待て! 拙者は水を貰いに来たのではないぞ! 先日の噂を聞き、是非一度お会いしたいとやってきたのだ!」


 危うく水だけ飲んで帰されそうになったので、クロガネは慌ててカカポに詰め寄る。


「うわさ? 何それ?」


 カカポが首を傾げると、クロガネは空になったコップを返しながら、カカポに視線を合わせるように屈みこみ、まっすぐに見つめながら、こう言った。


「この家の主……確かカナリアといったかな? 陸竜をソロで倒したと聞いたのだが」

「あー、そのことか!」

「知っているなら話は早い。その噂が本当か、確かめに来たのだが」


 カカポはぽんと手を打った。確かに、カナリアが帰ってきた後、人間達がやたら陸竜陸竜と騒いでいたのを覚えている。


「おねえちゃんは今寝てるから、わたしが教えてあげるよ」

「ほう? 一体どのように倒したのかな?」

「それはわかんない。でも、陸竜の所に行く時、たしか、『陸竜はおやつだよ』って言ってた気がする」


 カカポは口元に人差し指を当て、思い出しながらそう答えた。

 すると、クロガネの目が見開かれる。


「陸竜が……おやつだと!?」


 信じられなかった。あれは確かに純粋な竜ではないが、かなりの熟練でないと苦戦する相手だ。

 カナリアは、たった一人でそれをおやつ代わりに倒したという。


「……面白い。やはり拙者の目に狂いは無かったようだ」


 クロガネは、拙者の目が狂いまくっている事に気付かず、にやりと笑った。

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