第16話:vs 陸竜 3
「し、死ぬかと思った……」
陸竜の暴走により貴族の屋敷は完全に崩壊し、カナリアは陸竜もろとも下敷きになるところだった。
だが、壁が崩れた事と陸竜の突進の衝撃で、カナリアは壁尻状態からギリギリのところで抜けだす事が出来た。
カナリアは放り出されるような形で地面に尻もちをついていたが怪我は無い。
あと一メートルずれていたら、がれきの下でハーレム建設の夢は途絶えていただろう。
一方、陸竜の方はさすがに三階建て家プレスには耐えられなかったらしく、頭だけを出して完全に気を失っていた。むしろ気絶程度ですんでいる辺りが化け物っぷりを表現している。
「よかった……死んでないみたいだ」
カナリアは近くにあった枝でつんつん突いてみたのだが、陸竜は完全にノックダウンしていた。
別に陸竜の命を心配したわけではない。陸竜は国の所有物であり、財産だ。
暴走していたとはいえ、殺してしまった場合、賠償請求される危険がある。
「とはいえ、この家、どうしたもんか……」
陸竜に関してはまあいいとして、問題は家の方だ。
なりふり構わず飛び込み、結果として命は助かったからいいのだが、今はもうかつて家であった岩の塊と化している。
「…………家の一軒や二軒潰れてもバレへんやろ」
カナリアは自分を誤魔化すようにそう呟いた。
幸い、他の見物人は誰もいない。陸竜が暴れて家をぶっ壊したんだから自分は悪くない。
そもそも自分が飛び込みやすい位置に家が建っていたのが悪いのだ。うん。そうに違いない。
それに貴族は金持ちだから、家が一軒潰れても予備が五つや六つくらいはあるだろう。
なんて贅沢な奴らだ。許せん。
カナリアは勝手に弁解し、勝手に嫉妬の炎に包まれた。
「カナリア! 大丈夫か!?」
「げぇっ!? アーノルド!?」
一難去ってまた一難。アーノルドとフェザン、それにシーニュ率いる『黄金の竜』のメンバーが、ものすごい速度でこちらに駆けてくるのが見えた。
それどころか、さっき自分を置いて逃げたはずの兵士達までも一緒だ。
「これは……!? 陸竜が倒されている!?」
加勢に来たのだろうが、来るのが十分遅い。
アーノルドを先頭とする援軍達は、その光景に目を疑った。
目の前に広がるのは、粉砕された巨大な家。
暴れていた陸竜は既に横たわり、それを見下ろすように佇む少女はただ一人。
しかも、土埃で汚れ、服は破れているものの、大きな怪我は負っていない。
「遅い」
その少女は、特に息を切らしもせず、淡々とアーノルド達にそう言った。
若干不満げな響きが声に含まれているが、大型の魔獣を仕留めた興奮や恐怖の色がまるでない。
単に邪魔な物を片付けた。ただそれだけのように見えた。
「カナリア、もしかして君が一人でこの竜を倒したのか?」
アーノルドは信じられないといった感じで、カナリアに問う。
陸竜はアーノルド達でも油断ならない相手だ。
ましてカナリアは初級の攻撃魔法しか使えないはず。かといって、腕力も全然無い。
「陸竜が暴走していると報告が入って、冒険者が一人で止めていると聞いて慌てて駆け付けたんだが……まさかカナリアだったとは……」
「別にやりたくてやった訳じゃないよ。なりゆきでこうなっただけ」
カナリアはありのまま答えた。
別にこんなのと一戦交えたかった訳ではないし、そもそも適当に逃げてたら勝手に押しつぶされただけだ。
「でも驚いたな。君がこんな強力な攻撃魔法を使えるなんて。隠していたのかい?」
「攻撃魔法?」
「兵士の皆と合流し、こちらに向かっている途中、ものすごい轟音と土煙が上がったのが見えたんだ。並の力ではこんな事は出来ないだろう」
そりゃあ陸竜がフルパワーで暴れたんだから並の力では無いのだが、遠目から音と煙だけ見たら確かに攻撃したように見えたかもしれない。
「あー、それは……」
カナリアは状況を説明しようとし、口ごもった。
そのまんま正直に話してしまったら、カナリアが貴族の家に侵入して陸竜を突撃させ、破壊させた事がばれてしまう。損害賠償待ったなしになる可能性が非常に高い。
「私は何もやってない。気が付いたらこうなってた」
「何を言ってるんだ? そんなはずないだろう」
アーノルドはカナリアの肩を掴むが、カナリアは必死でポーカーフェイスを貫く。
ここで白状してしまえば、せっかくの美少女ハーレム計画に大きな支障が出る。
どれだけ苦しかろうが知らぬ存ぜぬで押し通す。
「私は魔法なんか使ってない。陸竜が勝手に暴れて、勝手に倒れただけ。じゃあ用事は終わったみたいだから。私は帰る。食堂にカカポ達も待たせてるから」
アーノルドの手を振り切り、カナリアは早足でその場を立ち去った。
これ以上ボロが出る前にマッハで逃げた。
後に残されたアーノルドと兵士達は、その後ろ姿をただただ呆然と見送った。
「カナリア……君は、冒険者としての栄光を求めていないんだね」
アーノルドはその凛とした後ろ姿に、心からの敬意を示した。
他のメンバーも、国の兵士達までもが同じ気持ちだった。
陸竜に生半可な魔法は通じないし、間違いなくカナリアの力で建物は倒壊したはずだ。その衝撃で建物が壊れてしまったのだろう。もともと国の所持している陸竜が暴走したのだから、そこは国側に責任がある。
だとすれば、冒険者として陸竜を止めた事を誇るべきなのだ。
実績にも大きく関わるし、ギルド内での評価も跳ね上がる。
だが、カナリアはそれをしなかった。『自分は何もしていない。陸竜が自爆した』と言い張る。
目撃者がいないのだから、これではカナリアの功績はゼロとなる。
なのに、カナリアはそういったアピールは一切しない。
街で竜が暴れ、国民が危機に陥っている。
だから危険を省みず飛び出し、見返りを一切求めず助ける。
それはまさに英雄の所業だ。
「あの子、一体何の魔法を使ったのかしら? 炎系でこんな建物が壊れるなら他も燃えてるだろうし、他の属性でも周りに被害は出てるはずなんだけど」
周りを見回しながら、シーニュは不思議そうに呟く。
「俺はあんまり魔法って詳しくねぇんだけど、そんなに難しい事なのか?」
「難しいなんてもんじゃないわよ。火はもちろんだけど、水系だって風系だって、陸竜クラスなら、あたりに飛び散って大惨事よ。なのに、建物はこの竜がいる場所だけ。相当制御するか、あるいは……」
フェザンの問いに対し、シーニュは真顔で考え込む。
「……無属性? いや、そんなはずないか」
無属性魔法。それは理論上存在しているが、誰も使えないとされる属性だ。
魔法として難しい訳ではない、単純に実用レベルにならないからだ。
基本的にこの世界の魔法というものは、世界に干渉する事で使う事が出来る。
呪文や触媒などの手順を踏む事で、大気中や自分の中にある魔力を使いやすい形に変換して放出する。
それが炎の塊となるか、氷の矢となるかは手順によって違う。
無属性とは、この世界に存在する魔力をそのままぶつける事だ。
当然、攻撃用に錬成されていないからまったく実用性は無い。
その代わり、使えればあらゆる種族に通じるともされているが、あくまで理論上だ。
仮に実戦で使う場合、他の魔法とは比較にならない膨大な知識と魔力量が必要となる。
いうなれば打ち鍛えられた刀ではなく、巨大な鉄鉱石のまま殴りつけるような方法なのだ。
「いずれにせよ、また僕達の手柄になってしまうか……あるいは、あえてそういう風に仕向けているのか」
アーノルドは呟く。カナリアがどういった魔法を使って陸竜を倒したのかは謎のままだが、とりあえずはっきりしている事が一つある。それは、先日の闇奴隷取引と同様に、陸竜を抑えた手柄はまた『黄金の竜』に譲られるということである。
本来ならカナリアの手柄になるのだが、本人は『知らない』と言い去ってしまった。
となると、それ以外に一番乗りで駆け付け、既に処理済みだった陸竜討伐の手柄を、黄金の竜がまるごと引き受ける事になる。
その後、陸竜はダメージを受けたせいか正気を取り戻し、瓦礫を撤去され、後から駆け付けたギルドのメンバーと兵士達によって大人しく運ばれていった。
これにて陸竜騒動は一件落着である。
「なあ、カナリアをこのまま放っておいていいのか?」
一通り処理が終わった後、フェザンがアーノルドに対し進言する。
カナリアが裏で自分達を助けるように動いているのは間違いない。それは『黄金の竜』のメンバー全員が認識していた。
「分かっているさ。ただ、どうも彼女はあまり目立ちたくは無いようだからね。もう一度誘っても来てくれるとは思えないが……」
アーノルドとて、このままカナリアを一人にしておくのには反対だ。
あの子は自己犠牲心が強すぎる。
そこが美点なのかもしれないが、それでも、正しい者が報われるようになって欲しい。
「あのさ、あたしにいい考えがあるんだけど」
アーノルドとフェザンが渋面を作っていると、シーニュが笑みを浮かべて近付いてきた。
「いい考え?」
「あのさ……ギルドのシステムで『あれ』を使えばいいんじゃないかな?」
「……『あれ』か。確かに、いいアイディアだ」
「でしょ! 早速打診してみましょ!」
シーニュの提案を受け、アーノルド達は表情を輝かせた。
冒険者ギルドにはある決まりがある。今回、それを適用できるかもしれない。
あまり表舞台に出たがらないカナリアも、その案なら飲むかもしれない。
いいアイディアを提案してくれたシーニュに対し、アーノルドは深く感謝した。
――だが、一つだけ突っ込まなければならない事がある。
「いい事思いついた!」と言い出す人間のアイディアは、大抵の場合、その相手にとって「いい事」にならない事を……。