第15話:vs 陸竜 2
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「ウワーッ! 兵隊さーん!」
忍法家の様子を見に行ったらドラゴンに襲われたでござるの巻。
……などと現実逃避をしている場合ではない。
陸竜は完全に興奮状態で、鼻息荒くカナリアを凝視する。
「ちょ、ちょっと待って。話し合おう? ね? スモークチーズあげるから」
カナリアは愛想笑いを浮かべながらなんとか陸竜を宥めようとするが、残念ながら陸竜にそこまでの知性はない。
「ヴォオオオ!」
「うわっち!」
陸竜は丸太のように太い前足をなぎ払う。
カナリアは間一髪の所で後ろに飛んで回避するが、あやうく転ぶところだった。
こうなったらもう逃げるしかない。
「このぉ! 喰らえ! カナリアファイアー!」
カナリアは意識を集中し、バスケットボール大の火球を精製する。
カナリアは一応最低限の魔法を使いこなせるし、これで3体同時に倒した事がある。
畑を荒らすイノシシを。
火球は陸竜の顔面に直撃する。だが、ダメージは全く無さそうだ。
陸竜は振り回していた爪で、かゆそうにボリボリと火球の当たった部分を掻いた。
「……おこった?」
効くとは思っていなかったが、まさかここまでダメージが入らないとは思わなかった。カナリアは揉み手をしながら陸竜の様子を窺う。『怒ってないヨ♪』という反応がかえってくればいいのだが。
「ヴォオオオオオオオオッッ!!!」
「うわぁ! めっちゃ怒ってる!」
ちょっとした冗談だよHAHAHAという感じで流してくれればいいのに、陸竜は冗談の通じない性格らしい。というか、火球を顔面に投げられたら普通は怒る。
完全に無駄に挑発しただけだった。これはもう撤退あるのみ。
カナリアは超高速で踵を返し、開けている方へ全速力で駆けだす。
「たすけてー!」
「ヴォオオオオオオオ!!!」
カナリアの必死の叫び声は、陸竜の雄たけびにかき消されて誰にも届かなかった。
ものすごい土ぼこりを上げながら、カナリアを追いかけ、陸竜は走り去っていく。
陸竜は体が大きく素早さはそれほどでもないので、足が速いとは言えないカナリアでもすぐに捕まらないのが不幸中の幸いだ。
「あの子、たった一人で陸竜と戦う気か!?」
カナリアが陸竜に追いかけられて逃走していく姿を遠目から見ていた兵士達は、少女の行動に驚いていた。火球で挑発し、攻撃対象を自分に集中させ、この場を離れた。
それはつまり、他の皆の助けを借りず、かつ平民達の住む地域から陸竜を遠ざける事になる。
「無茶だ! 新人の魔法使い一人でどうにかなる相手じゃないぞ!」
「おそらく無茶は承知の上だろう。他の救援が入るまで、あの子は一人で足止めをする気だ」
先ほどマスターの店に報告に来た兵士がそう呟いた。
「俺たちはしょせん国の犬だ。上からの命令には逆らえない。でも、あの少女は確かソロギルドだったはずだ。国の庇護は得られないが、その代わりに自由がある」
店に行った時、あの精霊使いの少女は自分達のセリフを聞いていたはずだ。
その時、兵士は『上の命令には逆らえない』と呟いた。だからこそ平民が犠牲になるのを承知でこちら側に誘導したのだ。
だが、カナリアはまったく逆の行動を取った。自分達が誘導して来た道とは逆方向――つまり、貴族たちの住むエリアの方へ走り去っていった。兵士達の気持ちを汲み取り、同時に貧しい人々を守る行動に出たのだ。たった一人で。
「……情けない。私たちは国を守る兵士じゃないのか!」
負傷者の一人がよろよろと立ち上がる。他の兵士が止めようとするが、その兵士は、泥まみれの鎧を纏い、しっかりと自分の足で立ち上がった。
「みんな! 本当にこれでいいのか!? 兵隊でもない少女が一人で陸竜と戦っているんだぞ! 貴族だけじゃない! 平民も奴隷も、みなこの国の一員じゃないか! それを守れずして何が兵士だ!」
その兵士は一番深いダメージを受けていた。恐らく、立っているのがやっとなのだろう。
鎧はボロボロで土と泥にまみれ、剣は折れている。
だが、兵士達の中で、その者こそがもっとも気高き精神を持っている。
「お、おう! そうだな! 俺たちの使命は国を守る事だ。あんな子供一人に背負わせる訳にはいかねぇぜ!」
「隊長! 行きましょう! じきに他のギルドも救援には来ますが、俺たちだってまだ戦える!」
もはや兵士達は敗残兵ではない。消耗こそ激しいが、皆、先ほど以上の気迫に満ちている。
女子供が頑張っているのに、それを見捨てる者など誰もいない。
「お前達って奴は……わかった! 責任は俺が取る! あの精霊使いの少女の援護に回るぞ!」
「了解!」
先ほどマスターの店で「逃げろ」と叫んだ隊長は、今、突撃隊長となった。
後でお咎めはあるかもしれないが、今は兵士として守るべき大切な物がある。
孤軍奮闘しているであろうカナリアを追い、兵士達は足を引きずりながら陸竜の後を追う。
◆ ◆ ◆
「誰かー! 誰かたすけてー!」
その頃、カナリアは全速力で街を逃げ回っていた。
別に平民を助けたいとかそういう意志は一切ない。単に空いてる方向に向かって逃げていたら、たまたま貴族達の住まう高級エリアの方だっただけだ。
貴族達は先に避難を済ませており、カナリアの悲鳴が空しく響くだけだった。
「ヴォオオオオオ!」
そして、後ろからは陸竜が相変わらず地響きを立てながら追いかけてくる。
完全に興奮状態で、玉乗りを仕込める状態ではなさそうだ。
「おじゃまします!」
苦肉の策で、カナリアはドアが開いていた貴族の家の一つに飛び込んだ。
三階建ての大きなお屋敷で、カナリアのような平民がアポ無しで入ったら牢屋行きになってもおかしくは無いのだが、あの世行きよりは牢屋行きの方がマシだ。
カナリアは転がるようにドアの向こうに潜り込む。その直後、陸竜が首を突っ込みカナリアに食らいつこうとした。あと一秒遅かったら食い殺されていただろう。
「ヴゥゥ……! グォォォオオォ!!」
陸竜の体格では体が引っかかって首しか入らず、巨大な蛇がのたうち回るように顎をガチガチ鳴らしている。
「ひ、ひぃー! 誰かー!」
とりあえず逃げ込んだはいいものの、陸竜は諦める様子は無い。
入口で引っかかってくれているのはいいのだが、今度は完全に袋のネズミになってしまった。
貴族の住まう建物は材質も一級品だ。魔力などで強化も施されているので、陸竜でもそう簡単には壊せない。
「こうなったらもう、誰かが来るのをここで待つしか……」
ギルドの救援が来るとか兵士達も言ってたし、この建物にタンク職として頑張ってもらうしかない。
カナリアに出来る事は、隅っこの方で恐怖が去るのを待つ事のみだ。
――だが、それで回避出来る程、陸竜の力はやわでは無い。
みしり、という音がカナリアの耳に届く。
よく見ると、壁の部分に少しずつ亀裂が入っている。
陸竜の暴れ方に、建物が耐えきれなくなっているのだ。
「やばいやばいやばい! ど、どどどどうしよう!?」
カナリアは半狂乱になって辺りを見回す。すると、壁の横にかなり小さい明かり取り用の窓を発見した。相当しんどいが、今の小柄なカナリアならなんとか通れるかもしれない。
「とにかくここから出なきゃ下敷きになる! う、ウオオーッ!」
カナリアは裂帛の気合を籠め、全力逃走を図る。
陸竜が壁を破壊するのが先か、狭い窓を無理矢理抜けるのが先か、しょうもない争いだ!
その直後、めきっ、という致命的な音と共に、壁が崩れる音がした。
陸竜の破壊力のほうが、カナリアの逃走力より勝っていたようだ。
一方、狭い窓からなんとか出ようともがくカナリアは、窓に尻を突っ込んだ状態で泣いていた。
陸竜は犬のようにブルブルと体を震わせ、体に付いていた瓦礫を水滴のように飛ばす。
もはや観念し、ベランダに干してある布団みたいにぐったりと窓にぶら下がったカナリアに陸竜が牙を剥く。
その直後――異変が起こった。
「ヴォ?」
それに気付いた陸竜も動きが止まる。
家全体が地震のように揺れ、建物が崩れ始める!
無理に入口を破壊したせいで、全体のバランスが崩れたらしい。
「ヴォォオオオオオオ!?」
「ちょおおおおおおお!?」
陸竜とカナリアは同時に悲鳴を上げた。
三階建ての貴族の家は、凄まじい轟音と共に、陸竜とカナリアを巻きこんで完全に倒壊した。